雨、時々恋模様2
※人間遊矢×猫ユート
あの人にこの気持ちを伝えたい。
「―――」
名前を呼びたくても呼べない声はか細い猫の声となって消える。どこに住んでいるかはわからないが、また会いたい。
1人で鳴いたところで誰も助けてくれない。わかっていても今日も1人、月に泣くしかなかった。
*
「は?ユートお前、人間を好きになったってマジかよ!」
静かにしろ、と言ったのにこの常識知らずの家猫は素っ頓狂な声を上げる。必殺の猫パンチで口を抑えると、鈍い声がした。
「そんなんじゃない。」
「なあなあ、相手は誰だ??瑠璃か?」
「違う」
「じゃあ誰だ?」
興味津々に聞いてくるユーゴはデリカシーがないというか気が利くというか。探す手だては多い方がいい。隠すものでもないし、と答えてやる。「名前も知らない男だ」と。さすがのユーゴも驚いて固まってしまった。
「男?」
「ああ」
「好きだって?」
「ああ」
「知らない奴?」
「ああ」
「俺、たまにお前がわからなくなるわ……」
呆れてはいるが、軽蔑ではない。真剣に考えてくれるユーゴが好きだった。しばらく唸っていたと思えば、耳がピンと立ち上がった。
「そうだ。ユーリは?」
「ユーリ?」
「アイツ、普通の猫じゃないんだろ?いい方法しってるかもしれないぜ」
ユーリは紫の毛で赤い目をした、リボンがトレードマークの野良猫だ。毛の色に加え、尻尾が2本ある変わり者。人に懐こうとせず、他人を見下したような態度の、大人びたオーラをまとう不思議な猫だ。
たまたま通りかかったところでユーゴが話しかけたのが縁の始まり。飼い主のリンのために家から出ないユーゴの数少ない遊び相手となっていた。
「どこにいるのか知っているのか?」
「うっ……」
「しかしいい考えかもしれない」
「だろ!?」
提案を採用されて、嬉しそうなユーゴだがどうしたものか。どこにいるかわからない相手を探すとなると、骨が折れる。
1人唸っていると、頭上から笑い声が聞こえてきた。
「なにを困っているのかな?」
ねっとりとした独特な声に、肩を跳ねさせては悲鳴を上げたのはユーゴだ。全身の毛を逆立てながら声を主を見上げると、そこには1匹の猫がいた。
「噂をすれば、だな」
「ユーリてめえ!びっくりするだろうが!」
「驚く方が悪いよ」
「うるせえ!いきなり声が聞こえたら、誰でもだろ!!」
軽快な動きでベランダに降り立つ。決して高い場所ではないが、無駄も恐れもない動きに感心してしまった。
「なに、ボクの話?」
「そうだよ!」
「へえ」
猫がニヤニヤと笑う様はなんとも不気味でしかない。それでも様になっているこの猫は、いつしか見た不思議の国から逃げ出したからだろうか。
「人間を"好き"になったらどうすればいい」
「君たちは人間が"好き"だから、飼い猫なんて酔狂なことをしてるんだろう」
「どうだろう。こんな気持ちは知らない」
「まあ、そうだろうね」
気持ちを教えてくれたのは、何を隠そうこの変わり者なのだから。
楽しそうに尻尾を振ったと思えば、ニヤケ顔を崩さぬままにユートを見つめていた。
「方法はないわけじゃない」
「本当か!」
「君は、大切なものを失う覚悟はあるかい?」
ユーリの含みのある言葉に押し黙るしかなかった。
「君の"好き"は、ボクの考えてる好きじゃないかもしれない。一時の気の迷いかもしれない。それでも心が変わらないなら、君を人間にしてあげる」
当たり前のように、とんでもないことを言っていないだろうか。聞き返そうとするユーゴを尻目に、一つの単語に耳がいち早く反応した。
「人間に?」
「うん」
「どどどうやって!」
「ネコマタの力はなめない方がいい」
「意味分かんねえ!」
「君たちには理解できないよ」
手すりへ鳥のように降り立つと、ユーリの姿が消える。落ちたのかと蒼白になったのもつかの間、目の前には紫色の少年が座っていた。風と一緒にリボンが揺れる。目を細めると、赤い目が愉しそうに光った。
「君にはきっと素質がある。紫は至高の色だ、神に選ばれた色だ」
猫にもわかる言葉を発する人間なんて初めてだ。威嚇する2匹だったが涼しく笑う少年は不気味で、神々しさすら感じる。
「じゃ。心が決まったらボクの元においで。君があの少年と出逢ったところで待っているよ」
一方的に言葉を投げつけて少年は今度こそベランダから消えてしまった。猫に化かされるなんて聞いたこともない。ベランダまで近付いたが少年もユーリもいない。
混乱してベランダをうろうろするユーゴに、ユートは1人思案する。
(アイツは、ユーリはあの人を知っている……?)
まさか人間になれるなんて思ってもみなかった。
間違いない。あの妖しい目とリボンを見間違えるわけがない。あの少年はユーリだ、猫が人間になったのだ。まだ混乱して化け猫を探すユーゴを尻目に先ほどの言葉を思い出す。
『君は、大切なものを失う覚悟はあるかい?』
その言葉は何を意味するのだろう。
わからないが、急いた心は既に決まっていた。
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16.5.29
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