裏ろじの秘密
神出鬼没な恋人に振り回されるのはいつものことである。
別段どうしてほしい、という希望はない。それでも素直になってくれてもいいのではないだろうか。
ツンデレの彼に期待はしていない。それでも今日も懲りずに当たって抱きつく作戦である。
「くーろさきっ」
勢いよく飛びついてきた小さな体は、背中を目指す。背中は、眉を寄せながらも受け止め、そのまま背負い投げの体勢にはいる。
せっかく背中をとれたのに、投げられるなんてごめんだ。素早く受け身を取ると、大きな背中に貼り付いた。
「酷いじゃないか〜!僕が何をしたっていうの」
「自分のしたことも覚えていないのか」
ご機嫌は急転直下。
睨みつけてくる黒咲だが、素良は気にした様子もなくしがみつく。このまま背中を叩きつけられるかと思ったが、そうではない。
代わりに首根っこを掴まれると、早足で駆け出した。
迷子の子猫を連れた野良犬は、路地裏へと駆けていく。乱暴に廃屋のベッドの上におろされたと思えば、容赦なく締め付けられた。
「どうしたの?」
返事は返ってこない。ただ頭を擦り付けられて腹が痛い。
毛に沿って頭を撫でようとすれば、鋭い金の目に睨まれた。野犬はなかなか懐かなものである。
「くーろさき」
返事はなく、腕の力だけが強くなる。大人な子供に溜め息一つ。安心させるよいに頭を撫でると囁いた。
「隼」
途端に動きと拘束が止み、素良はにんまりと笑う。大きな子供を抱きしめると、耳元へ唇を寄せて愛撫する。
「隼。寂しかった?」
「自惚れるな」
「僕は寂しかったな」
「ざまあみろ」
「ねえ、キスしたい」
大人な子供は背伸びをする。余裕の笑みに悔しくなり脛を蹴るが、小さな体はビクともしない。
返事はない。ただ胸に押し付けられる感覚が痛い。
「僕が、会いに来なかったから拗ねてたんでしょ」
「調子に乗るな」
「図星」
「うるさい」
「ね。キスしたい」
折れないのはお互い様。
威嚇をする犬の腹を無理矢理撫でてみたが、徐々険が消えていく。
「隼。好きだよ」
「うるさい」
「隼も寂しかったって言ってよ」
「調子に乗るなと言っている」
「隼」
名前を呼ぶ度に頬には朱が差し、目が鋭くなる。照れ隠しをしているのは一目瞭然。素直になれない性格なのも重々承知でお互い様である。
「隼」
熱っぽい声が鼓膜を揺する。真っ赤になる黒咲を尻目に、額へ、頬へと唇を落としていく。このまま唇にしたいのはやまやまだが、舌を噛まれるのが目に見えている。
次は首へ、と顔をおろそうとすれば突然頬を掴まれた。
犯人は勿論黒咲。
乱暴に唇を合わせられ、思わずむせかえりそうになった。
長くはないフレンチキスに、喜び半分、怒り半分、後は自分からしたかったという後悔と。咳き込めば睨みつけられ、理不尽さに唇を尖らせる。
「やりたいなら、言ってくれたらいいのに……」
「言いたくないから不意打ちしたまでだ」
「僕にも心の準備があるの」
「いつもの仕返しだ」
拗ねてそっぽを向く黒咲に、溜め息をつきながらも笑みを漏らす。
「なにがおかしい」
「可愛いところもあるんだなってさ」
「殴られたいか」
「照れなくてもいいよ」
「不快だ」
それでも巻きつく腕は離れない。
素直な体と天の邪鬼な唇。
天の邪鬼を閉じ込めてしまえば、可愛い黒咲だけが残るのだろうか?無理矢理唇を塞いでやれば、頬に真っ直ぐな右ストレートが食い込んだ。
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16.6.20
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