ゆぎお | ナノ



二色の瞳2



※続きました
※「二色の瞳」の続きです


「へぇ、これが例の人間か」
古びた古城の暗い謁見の間の奥、王座と思われる場所からその男は尊大に言い放った。
朽ち果てた壁や柱、閉鎖された部屋には蜘蛛の巣すら見える。しかし鈍くも金に光る玉座に立膝をつきながらも深く座りこむ男の、赤い目の光だけは鋭く細く輝いていた。血のような赤いマントと紫色の礼服を着こなした男は、感情の読めない薄ら笑いを浮かべている。正面を警戒しながらも、横に居るユーゴにも警戒は怠らない。目の前の男からも味方とは思えない、横に立つ男も人懐っこくはあるが味方ではない。広い場所でも逃げ場はない、と本能が察してしまい足まで震えてきた。
「ああ、怖がらなくていいよ。何もしないさ、今はね。何も」
意味深な薄ら笑いを崩さずに玉座に座る男はぞんざいに手を振り遊矢をあしらう素振りを見せる。興味がある、というよりは観察されている赤い目からは得体のしれない輝きが見える。口に端から覗く犬歯も相まって恐怖で足が竦んでしまう。「大丈夫か?」と横から労いの言葉をかけてくるが、そのたびに尻から生えた不自然な尻尾がゆらゆらと揺れて肩が跳ねてしまう。
「こ、ここはどこなんだよ! お前たちはっ」
「うすうす察しているだろう? ここは村の外れにある古城。僕らの根城だよ」
「化け物が住むっていう……」
怯えながらも探りを入れる遊矢は、無謀というか恐れ知らずというか。横にいるユーゴすら目の前の男の機嫌を窺い緊張し始めた。二人の怯えを知ってか知らずか、きょとんとしながらも顎に手を当てている。
「そういやそんなこと言われてたね。失礼しちゃうよ」
「じゃあやっぱり」
「そう。僕たちは人間じゃない。君たちの言葉で言ったら……吸血鬼、というやつかな」
 先ほどよりもいっそう楽しそうな笑みを浮かべながらも男はわざとらしく犬歯を光らせた。
吸血鬼、噂では聞いていたが本当に実在するとは思わなかった。確かに見た目は遊矢と同じくらいの十代の少年である。しかし威圧感と怪しく光る目が何とも言えない不気味さと威厳を醸し出している。古びた玉座に座る姿も様になっており、思わず頭を下げてしまいそうになる。
目の前に座る少年の姿をした者は、間違いなく夜を支配する王だ。
「おいおいユーリ。コイツ怖がってるだろ。やめてやれよ」
ユーゴが気を使ってフォローをいれるがユーリはマイペースさを崩さない。適当に手をひらひらと動かしてユーゴをいなすと、億劫な表情で遊矢をまっすぐ見つめてくる。
「聞いてきたのは彼じゃないか。さ。僕たちのことは教えたんだ、次は君の番」
「俺は…遊矢。榊遊矢。この近くの村に居た人間だよ」
「ふーん、人間か。変だね、ただの“人間”なら昨夜のうちに殺されているはず」
物騒なことを平然と言い放ち、ユーリはゆっくりと立ち上がった。コツリコツリとブーツが堅い石の上を叩く音だけが響く。窓を避けて差し込んでくる細い光を舞うように体を揺らして避ける様は、思わず美しいと思ってしまった。
「昨日の狼は、俺を殺すために!?」
「うん。そう。彼女を落ち着けるために君を生贄にした」
 悪気もなくにっこりと微笑むユーリは悪魔にも天使にも見えた。
顔を蒼白とさせる遊矢に「大丈夫? 顔色が悪いよ」とわざとらしく労ってくる姿に吐き気すら覚えた。昨日の恐怖と今おかれた状況へと焦燥感に口を抑えて蹲ると、ユーゴが慌てて背中をさすってくれた。純粋な優しさで気遣ってくれたのは表情を見ればわかる。それでも気が立ってしまった生き物にとっては恐怖を煽る要因にしかならなかった。怯えた赤い目がユーゴの手を勢いよく跳ねのけると、ユーゴも怯えた表情で尻尾を床に垂らした。
「ご、ごめん。悪い」
「っい、いや……俺こそ、ごめん」
急に謝ってきたユーゴに罪悪感がわき謝ると、驚いた顔をして遊矢を見つめ返してくる。飛び出した三角の獣の耳がぴくぴくと動いて可愛らしく思えた。そこでやっと我に返った。
いつの間に、尻尾と耳が生えているんだと。人間にも、吸血鬼にも生えているとは思えない犬の耳と尻尾が。
「お前、この耳と尻尾…」
「ああ、ユーゴは狼男だよ。聞いてないの?」
「コイツが怯えてたし、聞かれなかったし」
「うん、聞かれなかったらいう必要もないね」
勝手に二人で会話を完結させて、ユーリは遊矢の目の前で足を止めた。ユーゴの尻尾を目で追っている遊矢の顎を掴むと、乱暴に自分の方へと向ける。小さく音がしたが気にするそぶりもない。道具を扱うようなぞんざいな扱いは吸血鬼から人間への感情そのものだ。人間が虫や他の生き物を見る目と大差はない。冷たく、見下したものだった。
「どうして君は無事なんだい」
質問?詰問?いや、これは命令だ。無理矢理答えを引き出そうとする命令が、真っすぐと遊矢に突き刺さる。赤い目は一層怪しい輝きを増して遊矢を冷ややかに映しだす。
「何故君はここにいるんだ」
指の力が強まり、尖った爪が頬へと突き刺さる。思わず顔を歪めようとも気遣うような素振りもない。虫けらを見る目で見降ろされて、体の芯まで冷え切るのがわかる。
「や、めろ……」
命の危機となっても、抵抗できる状況ではなくても抗わずにはいられなかった。震える腕を握りしめて精いっぱい目を細めて睨みつけるよ、ユーリもが驚いて目を丸くした。ゆっくりと近づいてきたユーリの顔に思わず目を瞑ろうとすると、右目を無理矢理開かされた。赤く輝く赤い瞳。強い光を帯びた目に、ユーリはふうん、と感嘆の声を漏らした。
「へぇ。そういうことか」
一人で納得したと思えば遊矢を荒々しく開放して、吸血鬼は玉座へと戻っていく。尻もちをついた遊矢はただただ唖然とするだけ。手を貸してくれたユーゴにも気づかずに遠のいていく後ろ姿をぼんやりと見つめていた。
「君は僕たちが飼うことにするよ」
「飼う!?」
「もしかしたら、君……ええっと、遊矢だっけ。君は僕たちと同じかもしれない」
「同じだって! 俺が吸血鬼たちの仲間だっていうのか!?」
「仮説にすぎないけどね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
玉座に深く座りなおすと、爪を見つめてユーリは質問を軽く受け流して深く息を吐く。「もしそうじゃなかったら殺すだけだよ」と簡単に言う姿に一度麻痺をした恐怖心が呼び起されてしまう。
もしも、ユーリの言う通りに吸血鬼の仲間だとしたら、もう村には帰れない。これはチャンスかもしれない。昔の記憶を呼び起こす、自分のことを知るチャンスに。
「部屋は自由に使ってもらっていいよ。いっぱいあるから」
爪を眺めながら適当に言い放つが、もう気にならない。「ありがとう」と礼を言えば「でも許可もなく僕の部屋に入ったら殺すよ」と物騒なことを言うのは理不尽だ。誰がどこにいるかもわからないのに、どうすればいいのだろうか。
「ここには俺とアイツ、ユーリとユートしかいねーよ。ユーリの部屋は…………まぁ、悪趣味だから扉からわかるだろ」
「ユーゴ、うるさいよ。お座り」
「だから俺は犬じゃねえ! 狼だ!」
喉から唸り声をあげて耳と尻尾を張る姿は、誇り高い狼というよりも犬そのものだ、とは口が裂けても言えなかった。
「ええっと、ユートって、さっきの女の子?」
「そ。狼の姿も人に似た姿も見たろ?」
「あの子も狼おと……女?」
「いや、アイツはハーフ。狼の血と吸血鬼の血が混ざってる」
「そこ。うるさい。話すなら外でやって。僕眠いんだから」
不機嫌になり目を光らせたユーリにすくみ上ったユーゴは、慌てて座り込んだ遊矢を荷物のように担ぎ上げて扉へとタックルをした。何故そこまで急ぐのか、何故彼に対して怯えを見せるのかは遊矢にもわからなかった。ただ一つわかったのは、この城から出られないこと。人間は遊矢以外いないこと。一番強い力を持っているのが吸血鬼のユーリであること。「あーあー、アイツはキレるとこえーんだよな」と愚痴りながらも暗い廊下をまっすぐに走るユーゴにされるがままに担がれていると、角から少女が現れた。ぶつかりそうになりユーゴが慌てて足を止めるが間に合わない。ぶつかる、と衝撃に備えて目を瞑るが何も起こらない。代わりに聞こえてきたのがユーゴの潰れたような声。恐る恐る少女を振り返ると、片手でユーゴの顔を抑えている少女、ユートがいた。自転車くらいの速さであっただろうユーゴを片手で止める怪力は、今朝も経験済みだ。危うく頭がザクロのようになるところだったのを思い出してゾッとする。
「廊下は走るな、と言っただろう」
「痛い痛い! 悪かったって! 急に出てくるとは思わなかったんだ!」
ぎちぎちと音が鳴り、ユーゴの悲鳴も大きくなってきた。止めようとしてもがけば、ユートも遊矢の存在に気が付いて眉間に皺を寄せた。
 「今朝の人間か」
「そう。今日から一緒に暮らすことになったから」
「あいつの命令か」
「そ。ユーリのいつもの気まぐれだ」
“ユーリの命令”と聞きユートが深い深いため息を吐いた。廊下へと落っこちた遊矢をマジマジと見つめて、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
「昨夜はすまない。ユートだ」
「あ、こ、こっちこそ……俺は遊矢。よろしく」
「……よろしく」
目を逸らしながらも差し伸べた手は動かない。その小さな手は弱弱しく少女のものだ。それでも力は大男顔負けの怪力で、ユートは軽く引っ張ったつもりなのに、もう少しで本人にぶつかりそうになってしまった。
「ユーリは怒らせないようにしろ」
「え?」
「あいつは気まぐれで何をするかわからない。気を付けろ」
「う、うん。ありがとう」
「まあその気まぐれで被害を食うのは俺だったんだけどよ……お前が来たら安心だな!」
ケラケラと笑いながらも遊矢の背なかを叩くユーゴの力も、思っていた通りに強かった。まるで布団たたきで叩かれるような衝撃に思わずむせ返ると、手を止めてくれた。
急に人里を離れて人外たちの中で生活を始めることになったが、不思議と不安はなかった。恐怖心で感情が麻痺してしまったのが、それとも本当に彼らの仲間で馴染んでしまったのかは遊矢自身にもわからない。ただ、人懐っこいユーゴと今も心配そうに見上げてくるユートの顔を見ていたら不思議と安堵できた、それだけの理由があれば十分だろう。
朝はまだ暮れない、夜はまだまだ長く先である。
++++
16.3.28




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