恋に遠慮はいらない
昼休みの学校の廊下は賑やかである。購買へパンを買いに行く者、友人の教室へと向かう者、話に花を咲かせて廊下に溜まる者、部活へと駆け出す者。
城之内は丁度購買へ行くところで、前から駆けてきた剣道部と竹刀をヒラリとかわす。「気をつけろよ!」と注意をすれば、手と背中で返事が返ってくる。急いでいる様子だし、怒る気もない。「まったく…」と呟き、ポケットに手を入れ再び歩き出すと後ろから呼ぶ者がいる。
「城乃内君!」
呼ばれて振り返れば独特の髪型。
いや、それを差し引いても間違えるはずのない友の姿。
「何だ遊戯?」
遠くから背中を見つけて駆けてきたのだろう。運動の得意ではない遊戯の息は上がっており、既にへばっていた。しばらく息を整えて、城之内を見上げる遊戯。
「あのさ。今日の放課後、暇?」
「どうかしたのか?」
城之内の問いに、遊戯は少し考える仕草。そしてにっこりと笑うと。
「んー、ちょっとね。」
とはぐらしてきた。悪戯に、幼い笑顔を見せる遊戯とぶれたもう一人の顔を誤魔化すように、遊戯へと飛びついた。
「何だよ遊戯ぃ!勿体ぶらずに言ってみろ!」
小さな体を腕を回して捕獲し、頭をガシガシと撫でると「痛い痛い!」と笑う。
苛めているようにも見えるかもしれないが、列記としたふざけ合いだ。周りもいつもの光景に気にとめる者はいない。
「で、なんだよ。」
「えっとね、今日暇?」
どうあってもこの場で白状する気はないらしい。しかし遊戯が強情なのは城乃内も知っている。これ以上はあえて聞かなかった。
「今日は丁度開いてるし、大丈夫だな。」
「じゃあ後で家に行ってもいい?」
「親父もいねえし、いいぜ。」
「それならよかった!」と微笑えむ遊戯は可愛いと思う。もう1人の遊戯は正反対で格好いいのだが、世の中不思議である。
「じゃ!僕パン買ってくるね!」
「おう。先に屋上にいるからな!」
手を降りながら走っていく遊戯の背中を見つめていたが、転けそうになったのにはヒヤヒヤした。やはりもう1人の遊戯とは正反対だな、と思う。
「そう言えば、最近もう1人の遊戯と会ってねえなぁ。」
城之内は"もう1人の遊戯"、もといユウギの恋人だったりする。この前告白したら赤くなって頷いてくれたが、それ以来顔を見せてもらえくなってしまった。やはり告白がまずかったのでは、と思い遊戯に聞いても「違う違う!気にしないで」と笑顔で返されただけ。
そうは言われても心配に決まってる。しかし遊戯も頑固で真相を話さない。だから会いたい気持ちを必死で心の中だけで止めているのだが。
(まぁ、そこまで気にしないでおくか。ホントに大変なことだったら、遊戯も慌ててるだろうし)
自分自身に言い聞かせるようにして、溜め息を軽くつき、購買部へと急いだ。
**
放課後。
チャイムが鳴ると同時に一斉に生徒が校庭へと駆け出していく。部活へ行く者、帰路へとつくもの、友人の教室へ向かう者。様々な者がいる。中でも城之内と遊戯は帰路へとつくものだ。つきあう前までは仲間たちと一緒に帰っていたのだが、皆が気を使って最近は2人きりで帰路につく。実は誰にも話していないのに、態度でバレてしまったのは秘密である。
「じゃあ僕はこっちだから。」
「んじゃまた後でな。それと…今ユウギは…」
「ん。ああ、授業が終わったら部屋に籠もっちゃった。呼んでも出てこないんだ。」
「そっか。」
何か理由があるのだろう、と城之内はそれ以上追求はしなかった。そんな城之内の心中を知ってか知らずが、遊戯は母親のような見守る笑みを浮かべた。
「帰ったらすぐ行くから。」
「おう?」
一体その言葉と笑顔に何の意味があるのだろうか。その時の城之内には、全く理解出来なかった。
帰って20分くらいだっただろうか。城之内の家のチャイムの音が響き、慌てて扉を開けて遊戯を出迎えた。
「きたな。」
「ゴメン、ちょっと遅くなっちゃった。」
「いいってことよ!それより早く入れ。」
「うん。お邪魔します。」
遊戯を招き入れてそして飲み物を出して、机を挟んで座るところでやっと落ち着いた。
改めてだが、遊戯を見ていて思い知らされた。遊戯とユウギは容姿は似ていても、全然違うことを。
ユウギのことは可愛いとは思うが、同じ顔の遊戯は"友人"の枠からは外れない。可愛いというよりは、失礼ながら小さい子供、いや弟を見ている感覚になってしまう。
(ああ、やっぱりユウギじゃないとダメなんだな)
全然会えない寂しさを自覚してしまい、拳を握り締める。女々しいが、会えないだけでこんなにも心が弱くなるなんて思いもしなかった。
俯く城之内の気持ちを見透かすように遊戯はニコリと笑った。
「ちょっと待ってて。」
そう言うと目を静かに閉じ、暫くしてフッとオーラが変った。これはユウギが出てきた時の合図。"ユウギに会える"それだけで緊張で背筋が伸びてしまう。まるでお見合いのような感覚に陥り、服装を正していると目が開かれた。
瞬く赤い吊り目が、目の前の恋人を映す。寝起きのようなユウギの虚ろな目が光りを宿した時に顔が一気に赤くなり、次に驚きで目が丸くなった。
「あ、相棒!?話が違うぜ!」
何もない横を向いて叫んでるということは、そこにはユウギにしか見えない遊戯がいるのだろう。2人が特別なのはわかっている。それでも堂々と内緒話をされているようで、いつも妬けてしまうのは秘密である。
「遊戯からは何も聞いてなかったのか?」
「相棒は『デッキ組むから交代してくれ』って言ったのに…なんで城之内君が…。」
どうやら城之内と遊戯の会話を聞いていなかったようだ。丁度部屋に籠もってしまった、と言っていた時だったし仕方ないだろう。右往左往をしながら真っ赤になるユウギを見て、不謹慎ながらも城之内はガッツポーズをとってしまった。
(遊戯、ありがとうな!)
心の中で全力で感謝し、再びユウギを見つめて微笑んだ。
「何だよ〜俺に会いたくなかったのか?」
「そ、そう言う訳じゃないぜ。ただ…」
「ただ?」
「……告白されて、顔が合わせづらかったんだぜ。」
赤くなって俯くユウギが可愛くて、思わず微笑んでいた。それを笑われたと、恨めしそうに睨む上目遣いもまた一興。だらしなく顔を緩めていると、思い切り拗ねられてしまった。
「だから出てこなかったんだな?」
素直に頷くところがまた可愛くていとおしい。
頭を撫でようとすると、突然隣を見て声を上げた。「相棒?」と。城之内には見えないが、遊戯が顔を出したのだろう。ユウギは少し嬉しそうである。
「あ、相棒!話が違―――」
『今日は『城乃内君のところに泊まる』って言ってきたからね。』
「あ、相棒!?お泊まりなんて聞いていないぜ!」
慌てるユウギの言葉に、城之内も目を剥くしかなかった。必死に遊戯の名前を呼ぶ姿は、もう置いていかれてしまった子供のよう。やはりというか、遊戯はもうパズルの奥深くへと潜ってしまい、うんともすんとも言わなくなってしまった。最後に一言だけ残して。
いきなり俯いて固まってしまったユウギを不振に思いながら、城之内は顔を覗き込んだ。
「…お泊まりってどういうことだ?」
問いてみるとが、ユウギは固まって動かない。顔の前で必死に首を横に振るユウギがいるだけだ。その顔は真っ赤で、明らかに慌てた表情で言うのがまた可愛いが拗ねられても困る、と口にしないでおいた。
「俺には言えないことなのか?」
遊戯にやったみたいに頭をガシガシと撫でると、照れ臭そうはにかみ慌てて頭を振る。
「ユウギ。」
「相棒が…『僕は今日は早く寝るからね。心おきなく城乃内君に甘えときなよ。』って…。」
ユウギが遊戯に気を使っているのは半身にはお見通しである。改めて気持ちを口にされると恥ずかしいが、今日はせっかくだし好意に甘えることにした。
「じ、城乃内君…」
「っユウギ!?」
初めて、ユウギから城之内への口付けてに、双方は真っ赤である。
恋人同士だし、甘えたくなかったなんて言ったら嘘になる。しかしいつもは遊戯の体と時間を借りてしまうことに罪悪感を覚えて遠慮していた。それでも遊戯がいいと言ってくれるのなら2人に甘えることにしよう。
何も言わずにもたれ掛かったユウギの肩を、優しく無骨な手が包んでくれた。
+END
++++
元リクエスト品
10.2.1
修正17.3.7
[ 1147/1295 ][←] [TOP] [→]