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「くっ、この俺がここまで押されるだと!?」
セトはまだ落ち込んでいた。
よほどファラオのセカンドだったという勘違いと誤解がショックだったようだ。面倒くさい男である。
床ドンを続けるセトにと後ろから叱責が響いた。
「立て、立つんだ息子よ!!」
「父上!」
ドーンという擬音が似合う立ち姿の男、アクナディン。
ゆっくりとセトが振り返ると発生源不明の風でマントが翻った。
「ファラオと結婚するのはお前の指命!私はファラオから『お父様』と呼ばれるために今日まで耐えてきたのだぞ!夢が叶えば父は死ぬ…お願いだ…セト。」
「ファラオを…妃に…」
くだらない野望に振り回されるファラオの身にもなってほしいものである。
今は特に妃やその手の言葉に敏感なアテムに聞かれたら、確実に怒って結婚もクソもないだろう。だがこのバカ親子は盛り上がるばかりだ。
挙げ句の果てにには妄想を始め、鼻血まで流しだした。これは危ない。
「ファラオ、いやアテムが妃になればアンナことやコンナことも!?」
鼻血の変態神官、ここに誕生である。
ゾークも裸足で逃げ出す邪悪な変態っぷりである。
何を妄想したかは各自でお願い致します。
「さぁ行けセト!この勢いのままファラオを倒せ!」
押し倒せという意味です。
この身勝手な叫びにマハード側も反応を示した。
「マハード!セトが動きだしたわ。」
「君に殴られていて反応が遅れたよ…」
マハードの胸ぐらを掴んだ状態でアイシスが叫んだ。マハードの顔はこれでもかというほど腫れている。怒った女性はこわいものだ。上にはスピリアまで飛んでいるという四面楚歌である。
「ぐふっ、マナ!今日の修行はなしにしてやるから、セトの足止めを!なんなら息も止めてよし!」
「本当ですか!」
物騒なことを言われているにもかかわらず目を輝かせたマナは、杖を構え目を閉じ呪文を唱える。契約したカーを呼び出す呪文だ。
「いけっブラックマジシャンガール!」
杖を振り上げ名を呼ぶと、マナにソックリな魔術師が飛び出した。
「あの変態をやっつけなさい!」
大変失礼な発言をしながら、容赦なくセトにけしかける。
「甘いわ小娘!行くぞキサラ!白き竜を召か」
「お待ちくださいセト様。」
予想だにしない、キサラの静止の声にセトも静止した。
「ど、どうしたキサラ。」
「私が勝ったならば、ファラオの目の覆いは私が取ってもよろしいでしょうか。」
ニッコリと、それはそれは楽しそうに。しかし有無はいわせぬキサラの綺麗な笑みがそこにあった。
これにはセトも驚きが隠せない。
「キサラ!?まさかお前まで…許さん、許さんぞぉぉぉぉぉぉ!」
「ならば仕方ないですね。」
スッと目を閉じたかと思えば、光を放つ。髪が広がり翼になったかと思えば、白き竜の姿に戻り玉座の前に立ちはだかった。
『例えセト様と言えど容赦はしません!』
まさかのセトの腹心の裏切りと、全てを破壊せんばかりの怒号に皆が戦慄いた。
この竜、本気と書いてマジである。
「白き竜が暴走した!」
「やっぱり俺達は争奪戦に参加すべきじゃなかったな。」
白き竜のブレスにより吹き飛ぶ神官、マジシャンたちの魔法で上がる火柱。その爆音にも負けないアテムへのセクハラ発言の横行。
蚊帳の外な兵達は、しみじみと目の前に繰り広げられる地獄絵図を見ながら囁きあっていた。
そんな阿鼻叫喚の中アテムは背後から前触れなく影が現れた抱きついた。
「なーにやってんだよ王様。」
「この声、バクラか?また勝手に入ってきたのか!?」
「ご名答。今日は一段と警備が薄かったが…なるほどなぁ。」
チラリと下を見ると、マハードのブラックマジシャンが盛大に吹き飛んだ。
予想以上の戦渦と阿鼻叫喚から慌てて目を反らすと、改めてアテムを見る。そこで目を覆う布に気がついた。
「何で目に変なもんつけてんだ。とっちまえよ。」
「あっ!」
乱暴ではあるが、布を奪う動作に無駄はない。
ちなみにシモンは度重なるストレスにより失神している。
盗賊王の登場と、アテムを奪われる危機に何か電波でも受信したのかのように、戦は止まった。
そして玉座を見上げ一同は見た。アテムの綺麗な紅い輝きが見えているではないか。
しばし驚き瞬くアテムの紅い目。慣れてきたのかキョロキョロと周りを見回すが、それを阻止するかのようにバクラが前に立ちふさがる。
「やっぱ王様の目は綺麗だねぇ。」
タラシ台詞のせいか、はたまた薬が効いたのか。みるみる赤くなるアテムの頬。そして俯いた瞬間だった。
『クリクリ〜♪』
アテムのカーであるクリボーが、呼ばれてもいないのに現れアテムに抱きついた。いい雰囲気を邪魔されてバクラの顔は見るからに不機嫌になる。
「オラ、邪魔すんなよ毛玉。今いい雰囲気だろーが。空気読め。」
それはバクラにも言えたことである。
乱入してアテムの目隠しを取ったばかりか、惚れ薬の対象となったことで神官が鬼の形相で見てるのに気付くべきだ。
引き剥がそうとすれば、クリボーが怒って引っ掻いてくる。普段は温厚なのだが、今日は積極的である。
「バクラ!クリボーに手をだせば俺が許さないぜ!!」
今にも喧嘩を始めそうな1人と1匹の間にアテムが分け入る。アテムはバクラを睨らみつけてクリボーを守るように抱き締めた。
しかし、惚れ薬で始めに見たのはバクラのはず。なのに牙を剥くなどどういうわけだろうか。
「クリボー、大丈夫か?」
『クリクリ!』
「もしお前に何かあったら…」
『クリ?クリクリ!』
主人に構ってもらえたことが嬉しくて、クリボーは元気に鳴きアテムにすりよる。
「ふふっ、くすぐったいぜ…」
「王様!?何で顔赤く染めてるんだ!?何でクリボーをそんな熱い眼差しで見てるんだ!?」
パニックを起こし騒ぎ回ぐバクラと、「ファラオの初恋が奪われた」とわけのわからないパニックを起こす神官たち。
そんなことはお構いなしにファラオはクリボーとらぶらぶしているという異端すぎる光景に、兵士一同は一歩引いた。
そこに冷静になったアイシスの咳払いが響いた。
「ファラオ。目隠しをされてから何を考えていましたか?」
「最近クリボーに構ってやれてないな、と。」
外の喧騒について考えていないのは、流石というか皆が哀れと言うか。
「その時、クリボーの姿も思い浮かべましたか?」
「ああ。」
ファラオのきょとんとした返答に、アイシスは満足そうに微笑み皆を振り返った。
「薬は成功だったようです。ちゃんと"最初に見たもの"に惚れています。」
「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
玉座に響き渡る謎の絶叫は、周囲の魔物までもを震え上がらせた。
声が止んだ頃には、風化した神官たちが王の間に佇んでいたという。
あはれなり。
+END
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マナアテ、キサアテ書きたいです。
修正15.8.3
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