ゆぎお | ナノ



踊る人形劇場

「瑠璃を浚ったのは僕じゃない。」

行儀悪く、ゴミのはみ出すポリバケツに座り、ぶらつかせた足はボンボンと軽快なリズムを刻む。何度目かわからない素良の独り言に、「またか」と黒咲は目を閉じながらも眉をしかめた。

「僕たちは、ただプロフェッサーから命を受けて行動している。私情でやっているわけでも、プロフェッサーも私怨でやってるわけじゃないとだけはわかる。」

黒咲は何も言わなかった。ただただ、狭い袋小路の壁に腕を組みもたれ掛かるだけだ。
光は遥か遠い。
繁華街も点ほどにしか見えない。上は筒抜けではあるが、スラム街を彷彿とさせる、煩雑とした鉄骨や荒れたコンクリートが見えるだけ。
闇。そう、ここは社会の闇だ、裏側だ。

「この世界を壊すのに関しても僕は不本意だ。遊矢の、柚子のいる世界を壊したくない。」

「なら俺たちの世界ならどうなってもよかったということか。」

「違う。そうじゃないよ。」

黒咲がここで初めて発した言葉は重く、怨恨がひしひしと伝わってくるものだった。
それを慌てた様子もなく、首を横に振りながら諌める素良。目を開くと、年相応の少年には似つかわしい大人びた顔が真っ直ぐ黒咲を射抜く。

「ね。僕と一緒に、逃げよう?」

突然のことに黒咲が驚くのも無理はない。目を口を開きいていると「"これ"は嘘じゃないよ」と素良は悪戯に笑う。

「逃げよう。何も知らない場所に。誰にも知られない、遠いところに。」

差し出された手を掴めば、救われるのだろうか。この戦いから逃げることが、死の恐怖から逃れることが出来るのだろうか。
さっきまで動いていたはずのものが、止まる恐怖。
命が、平和が、町が、感情が。
その恐怖は嫌でも味わった。同時に知らされた。"今の幸せ"は無限ではないことを、永遠はないことも。
無意識に救いを求めていたのかもしれない。しかしこの手を取るわけにはいかなかった。慌てて手を引き寄せると音がするほどに握りしめた。

「俺以外の、誰が瑠璃を助けるというんだ。」

その手をとれば、何か変わったかもしれない、救われたかもしれない。しかし純粋で小さな少年の手は、今の黒咲には重すぎた。

「うん。君ならそういうと思ったよ。」

楽しそうに笑う素良は子供そのものだ。自分の思い通りに事が運び喜ぶ子供の顔だ。
黒咲は、この選択を間違ったとは思わない。しかしどうも素良の掌で踊らされているような気がして虫酸が走る。
ポリバケツから身軽に飛び降り、その場で片足でくるくると。踊るように黒咲へと向き直った。

「惜しいね。もしプロフェッサーがいなければ、僕は君を浚うのに。」

「それはアカデミアを滅ぼした後にも、貴様が生きていたら言え。」

「くだらん。もう行くぞ」それだけ言い残して、黒咲は素良とすれ違う。それ以上は何も言わない、振り返りもしない。素良も何も言わずにその背中を見送った。笑顔で、その背が光に呑まれるまで。

「あーあ。フーラれちゃった。」

からからと笑いながら、愉しそうに素良はポリバケツに座り込む。甘いものがなくなった、とポケットからトレードマークである棒つきの飴を取り出すと、口に放り込む。

(逃げるなんてできやしない
でも、"この気持ち"は嘘なんかじゃないよ)

プロフェッサー、いや神様。もしも、もしもこんな時代じゃなかったら、僕たちの関係は変わっていたのでしょうか。

もっと仲良くなれた?
一緒に遊べた?
仲間になれた?
隣を歩けた?

いや、次元を超えることができただろうか?
見つけることができただろうか?
興味を持つことがあっただろうか?
こんなに好きになっただろうか?

(ま、"もしも"なんて考えるだけ無駄だけど)

今を後悔する気なんてない。しかしお伽噺のように、夢は見る分なら面白い。
もしも、もしも。ifのお話。1人で踊るのにはもう飽きた。

+end

++++
一緒に舞台で踊るパートナーがほしい

15.11.15

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