ゆぎお | ナノ



戦場でしか咲けない花2



遊矢の家についたのは、すっかり昼を過ぎた頃だった。
遊矢の言うとおり家には誰もおらず、遊矢もぶっきらぼうに「ただいま」と言うだけで早足でリビングへと向かう。
ユートは未だに目をつむり、荒い息をつく。いくら人目を集めても起きなかったということは、余程気が参っているのだ。普段どんな生活をしているかも知らない。が、疲労ばかりが募るものなのだろう。ユートの深い眠りを見ていればわかる。

「うん、うん。お父さんごめんね。夕方には帰るから。」

柚子が家に電話をしている声を聞きながら、ボウルに水をくみタオルを湿らせる。ボウルを使っているのは、場所は母しか知らないからだ。
看病をされたことはあれども、したことなんてない。慣れない手つきでかけてあったタオルを濡らし、熱い額を冷やし続ける。

「ユート…」

ユートの目はまだ覚めない。時計の針と柚子の話が進展している様から、時間だけが過ぎているとわかる。
あの時出会わなければユートは熱に苦しむことにはなかったのではないか。そう考えると気と動きが重くなる。
すっかり沈んでしまった心はユートの苦しげな表情を見るだけで苦しくなってくる。周りの声も聞こえなくなり、視界が潤んできた。その時だった。ユートのうなり声が耳についたのは。

「ん、ここは…」

柚子の迅速な判断と、遊矢の甲斐甲斐しい世話が実を結んだのだろう。まだ熱いが、顔色はよくなってはきている。
目覚めたユートは見慣れない部屋に戸惑っていたが、遊矢に気付くと見るからに体の力が抜けた。しかし我に返ったように身をこわばらせると、怯えたように目線を逸らし始めた。

「ここは俺の家。今日は休んでいけよ。」

「迷惑をかけてすまなかった。オレはもう帰る。」

ふらりと立ち上がるユートを勿論放っておけるわけがない。足元は覚束ないし、右へ左へと千鳥足だ。バランスを崩したのを慌てて支えなければ、確実に転んでいただろう。

「ダメだ。治るまでここにいろよ。」

衝撃に耐えるために強く瞑った目。恐る恐る開こうとした目に強く言ってやれば、再び固く閉じてしまった。
マズい。強く言い過ぎた。そう後悔した時には再び開いたユートの目。薄く開いた目からは、涙が溢れて零れ落ちる。赤く染まった頬に薄く開かれた口と熱い吐息に、思わず顔が赤くなる。

「遊矢は、オレのことをどう思う…?」

「急にどうしたんだ?仲間だろ?」

「…変、か?」

恐る恐る訪ねてくるユートに、遊矢も気が気でない。なぜこんなことを言うのか。遊矢にはわからなかった。きっと心が弱っているせいだ、そうに違いない。他意などあるわけないのだから。

「な、なにが?」

「目を見ていないだろう。」

目を見ていない自覚はしていた。肩を震わせた遊矢を、ユートも眉を下げて見つめていた。遊矢は責任感を感じている、それは彼の態度からわかった。手を伸ばそうとしたが、ユートは自分の体の異常に気づき腕を下ろした。甘い音色決して故意ではない。ただ無意識に甘えたような声を出していたのだ。

「はぁ、熱い…服が張り付いて気持ち悪い……。」

「えっ」

体を委ねるように目を閉じたユートに、遊矢は生唾を飲み込んだ。決して下心はない、しかし手を伸ばす勇気はなかった。それ以上は動けなかった。ここから先に踏み込んでしまっては、引き返せない気がしたから。

「ゆ、柚子を呼んでくるっ!」

逃げようと体を捻った遊矢は、鼻をすする声に腕も重くなる。もしやと思い目線をユートに戻してぎょっとした。潤んだ目で裾を掴むユートがいるではないか。
ユートが泣いている、それだけでも大問題であるのに。どうして甘えて縋り、心を乱すのか。

「やっぱり…男が女の体をしているようで、変か…?」

「なんでそうなるんだよっ!」

「オレは男勝りで可愛げなんてない。」

「そんなことない!そんなこと、ないよ…。」

弱々しくなる語尾と、恥ずかしさで下へと下がる顔。赤いのは夕日のせいじゃない。目の前の闇夜に輝く月のせいだ、そうに違いない。
恨めしいと睨み上げようしたが、落ち込み切ない表情をするユートに息をのみそれどころではなかった。

「無理はしなくていい。この前も、今日も見苦しいものを見せた。」

「そんなこと言うなよ!」

感情のまま肩を掴むと、ユートの瞳に怯えが映る。慌てて体を引くが、ユートの目には涙の膜が見えた。
柔らかく、弱々しい肩。
女の子、ユートは女の子なのだ。
慌てて肩を離しておどおどとユートを見つめると、可哀想なほどに萎縮したユートが見えた。こんなに弱々しいユートは見たことがない。目が離せなかった。鼻を鳴らしながらも上目遣いのユートに胸が高鳴ってしまう。
不謹慎なのはわかっている。だがこの思い始め止められなかった。

「ユート…」

頬に手を伸ばそうとしたところだった。柚子が慌てた様子で戻ってきて、2人の間に分けはいるように立ちはだかった。

「ごめん、お待たせ!って…何かあったの?」

「いや、別に…」

慌てて顔を逸らしあう2人など、怪しさ以外ない。柚子も訝しげに交互を見つめると、ユートへ向き直った。

「ごめん。私帰らないと…夕御飯を作らないといけないの。」

荷物をまとめる柚子に、喜んでしまった自分を否定するように遊矢は首を振る。いつからこんな冷たい人間になってしまったのか。柚子がいなくなれば、ユートと2人きりになれるだなんて。
その心に気がついてか、柚子はユートをまっすぐ見つめて手を差し出した。

「ユート、私の家に行きましょ。」

その誘いに、遊矢が手を伸ばそうとしてすぐに引っ込めた。何かを吹っ切るように頭を振ると、俯きユートを見ないように勤める。
ユートには残ってほしい。でもそんなのは遊矢の我が儘に過ぎない。それに男と女、1つ屋根の下という状況も許されるものではないのだ。遊矢は唇を噛み締めた。
しかし聞こえてきたのは、予想外の言葉だった。

「…すまない。…しばらく寝かせてくれ…。」


その言葉の意図をくみ取り、柚子が少なからず傷ついた顔をした。しかし何も言わずに手を握りしめると、にっこりと笑った。

「そ、そう…。遊矢!絶対余計なことしちゃダメよ!」

「余計なことってなんだよ!」

大声で誤魔化すが、顔が赤くなるのは止められない。寂しそうに笑う柚子には罪悪感が沸いたが、目を閉じたユートは相変わらず苦しそうな呼吸を繰り返す。
この意味は、ユートが遊矢を選んだこと。2人きりになりたいということ。柚子から、遊矢を奪ってしまうかもしれないということ。

「じゃあ、私帰るね。」

「あ…。送っていくよ。」

「いいわ。まだ明るいし、こんな状態のユートを1人にしたら可哀想よ。」

悲しいことに、柚子の言い分は最もである。「なら玄関まで」と食い下がったが、「傍に居てあげて」と軽くあしらわれてしまった。リビングから出て行く最後の言葉は「ユートに無理させちゃダメよ。」
まるで全て見透かしているかのような言葉に、遊矢は唖然と真っ赤になるしかなかった。
玄関が閉じ人影が消えたことを確認し、遊矢はユートへと近付いた。苦しそうに息はつくが、赤みは引いている。眠っていても苦しいのだろう。濡らしたタオルを代えようとしたら、ユートの黒真珠の瞳が顔をだした。

「柚子は、もう帰ったのか?」

「うん。」

「そうか」という短い返事に、そっぽを向いてしまうユート。頬は赤くなり、宙を見つめている。額に手を当てるが、一向に熱が引く様子もない。
また手ぬぐいを冷やそうと手を伸ばし、遊矢が思い出したように呟いた。

「あの、さ。…2人きりでよかったのか?」

今更ながら、この事実に緊張してしまう。
年頃の男と女、2人きり、日も暮れて女は動けない。
間違いが起きてもおかしくはない。それでもユートは残ってくれた。
返事はない。が真っ直ぐ、しかし恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見上げてくる瞳。遊矢も赤くなるしかなかった。

「ユートとは…一緒に雨宿りもしたな。デュエルもした。友達と思ってた。」

伸ばされる手にユートは抵抗はしなかった。ただ目を閉じて、遊矢の熱い手を受け入れ小さく微笑んだ。その暖かい体温に安心しきった表情。ユートの無防備さに遊矢は心ときめくのを感じた。

「でもユートは女の子で、こんなにも弱々しくて、…可愛いなんて。思わなかった。」

ゆっくりと頬をなでる手に、ユートはゆっくりと目を開いた。長い睫が揺れ、遊矢の心拍数も上がっていく。

「あの日から、ずっと気になってた。ユートのこと、ずっと……ごめん。女の子ってわかった途端に、って思うよな……ごめん。」

目元を指で撫でると気持ちがよさそうに声を上げる。甘えるように遊矢を見つめる上目遣いの黒い目が細くなったと思えば、重たそうに腕が伸ばされた。

「遊矢がオレを、いや私を見てくれただけでもいい。嬉しい。」

へらりと笑ったユートは、それはもう綺麗だった。心底嬉しそうな、恋する少女の笑顔に遊矢が真っ赤になる番だ。思わずへたり込んでしまったが、視線はユートから離れることはなかった。
楽しそうに微笑んでいたユートから、徐々に笑顔が失われて視線が下をさ迷ってしまった。何事がと思えば小さな呟きが聞こえる。

「遊矢は、柚子が好き、なんだろう…?」

「それは、その…」

「わかっている。いきなり現れた私が、遊矢の心まで引けるとは思えない。」

確かに柚子は好きだ。しかし目の前の彼を、いや彼女を女だと認識してしまった。元気が取り柄で、いつも傍にいて支えてくれた柚子。儚く、誰も傷つけまいと1人で戦う戦士のユート。どちらかを選ぶなんて遊矢には出来ない。頭を抱えて座り込めば、ユートが重い体を持ち上げ遊矢へと視線を落とす。

「遊矢…すまない。体だけ、拭いてくれないか…?」

「え、あ、か、体……?」

「熱いんだ…」

突然のことに、ただでさえ混乱している頭が真っ白になる。体を拭く、ということは服を脱ぐということ。服を脱ぐといえことは、裸になるということ。
女の子の裸、ユートの裸。
白い鎖骨の見える襟元から目をそらすと、遊矢は首をブンブンと横に振る。

「いや、でもっ…ユート、恥ずかしいだろ!?」

見たくないわけはない。むしろ健全な男子中学生は興味の出るお年頃だ、性に関して敏感である。しかし、それでも良心と理性が歯止めをかけて必死で煩悩に抵抗する。
しかしその理性を揺るがすユートの笑顔。恥ずかしそうに頬を染めながら、遊矢に微笑みかけた。

「遊矢になら、見られても…いいよ。」

好き、好きです。貴方が好きなんです。
ユートの心の声が聞こえてくる。
ああ、彼女は本気なんだ。本気で榊遊矢を好きになってくれたんだ。それなのに、真っ直ぐ応えてあげられない自分に腹が立つ。しかし、すぐに答えが出るはずはない。もやもやした感情を抱えたまま、遊矢は意を決して唾を飲み込んだ。



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