ゆぎお | ナノ



戦場でしか咲けない花1


※女体化





遊矢は、ユートの憧れだった。
誰にでも優しく、誰もを笑顔に出来る彼。いつも笑顔の中心にある彼。
遊矢に近づきたい。何度か望んだ気持ちは、友情だと思っていた。

しかし、その気持ちが恋だと自覚するのには時間がかからなかった。

ユートは男勝りである。しかしこれでも女なのだ。列記として女で、遊矢は勿論男。友情が淡い恋心に変わるなんて、珍しいことでもない。
『実は女でした。貴方が好きです。』
…そう言えばどんな顔をするだろう?迷惑がるだろうか、それとも信じてもらえないだろうか。

今までは、男のような見た目と性格を疎ましいと思ったことはなかった。逆に次元戦争では、女として見られない分有利であったと言える。しかし今になり、この体と心が疎ましい。
男とも女とも言い切れず、好きとも嫌いとも踏み切れない。告白はしたいが、戦いに専念しなければならない。
ちぐはぐで、不安定な体と心。それでも、心は素直だった。


*


ポツポツと、控えめだった雨模様は怒涛の嵐へと変わっていく。土すら小さな沼になっている公園を、派手な色の服を着た少年が鞄を帽子代わりに駆けていた。
公道を避けているのは、公園の真横を通り過ぎる車を避けている為。先ほどもトラックが跳ねた泥水で憂鬱になったばかりである。まるでバケツにいれたコーヒー牛乳をひっくり返したような惨事に少年、遊矢はため息をついた。

「全く、いきなり降ってくるんだもんな…」

なんとか滑り込んだ公園の、待ち合わせ場所として有名な大きな木の下で遊矢は1人ごちた。黒い空を見上げるが、雨がやむ気配は一向にない。しばらくはここから動けないだろう。柚木や塾長には責められるだろうが、塾は諦めるしかなさそうだ。
やることもなく、周りを見回すと横にもう人の影がある。他に避難してきた人がいるのだろう、好奇心で顔をのぞき込もうとして驚いた。雨に濡れた汐らしい髪に、煩わしそうに伏せられた目。独特の黒いマントを身につけているのは、1人しかいない。
ユートである。まさか知人だとは思わず、遊矢は目を瞬かせた。

「あれ、ユートも雨宿り?濡れてるけど大丈夫?」

返事はない。
機嫌が悪いのだろうか。と再び顔色を伺うと、腕を抱いているのが見える。少し体が震えているのは寒いからだ。遊矢は目をむき思わず手を伸ばした。

「震えてるじゃないか。寒いのか?」

優しく言葉をかけたはずなのに、手はユートに届くことはなく避けられてしまった。背を向けられ、なんだか心の距離すら感じてしまう。隠れるように丸くなる体に、遊矢ははたはた困り果てるばかりである。

「ブラジャー…透けて見えちゃう…」
「え?」

何を言ったのかは蚊の鳴くような声だったためわからない。赤くなった耳が見え、思わず遊矢まで赤くなる。
雨に打たれ、潮らしく垂れ下がった髪。それに泣き腫らしたように赤い目。見てはいけないような気がした。目をそらして下へと泳がせると、マントを強く握りしめすぎて痛々しいと感じる。
遊矢は無意識に手を伸ばした。しかし近付くほどに拒絶するように抱き寄せられる肩に、手を引くしかなかった。
しばらく続いた沈黙。居心地の悪さを感じた遊矢だが、口を開いてくれたのはユートだった。

「遊矢は、想い人はいるのか…?」
「突然だな…。」
「いるのか。」
「勝手に決めつけるなよっ!い、いるけど…」

赤くなり反らされる目から、ユートは目をそらせなかった。見惚れていたのもある。しかしショックで硬直していたのが一番の理由だ。
遊矢が好きなのは誰なのだろう。
都合よく「お前が、ユートが好きだ」と答えてはくれやしないだろうかとも考えてしまう。しかしそう簡単に世界は出来ていない。

「そ、そうか…」

やっと絞り出せた言葉は震えていなかっただろうか。震えを止めたくては、強く抱きしめたマントは冷たかった。

「そういうユートはどうなんだよっ!あ、瑠璃が好きなんだろー?」
「瑠璃は大切な親友だ。」
「そっか。」

からかいもなにもない、純粋で優しい表情にユートは赤くなる。
それだけでも、遊矢はユートのことを"男友達"としてしか見ていないことがわかる。きっと、遊矢の好きな人はいつも一緒にいる、瑠璃に似た柚子だ。それしか考えられない。
告白をする前から失恋をした、とユートは俯きマントを抱きしめる。しかしすぐ諦めに似た脱力感に手が緩んだのがマズかった。
マントから覗くユートのお気に入りの緑のシャツ。濡れて柔肌に張り付き、体のラインと黒いブラジャーの紐が―――。

「ユートそれ……えっ!ぶ、ブラジャー!?」

「あ…っ!」

凹凸のない体に、下着を見られてしまったことへの恥ずかしさでユートは真っ赤になる。小さく自己主張を始めた胸を隠すように再びマントを体に巻きつける。
見られた。
状況を理解出来ずに赤くなり目を見開く遊矢と、これ以上一緒にいる勇気はなかった。

豪雨も気にせず飛び出すユートの背に、遊矢の焦った静止の声がかかる。しかしなりふり構っていられなかった。
隠れ家の倉庫にまで滑り込むと、今度こそ脱力感に襲われ体の力が抜けて座り込んだ。

「遊矢…」

見られた。知られた。もう元には戻れない。涙も浮かぶが、泣いている場合でもない。心なしか痛む頭を抱えて、ユートは怯えるように丸くなり眠りに落ちた。

***

残された遊矢は唖然と立ち尽くしていた。

「ユートは、女の、子?」

今までユートのことはそっくりさんとしか、男友達としか思っていなかった。あまり面識はなかったが、クールながらも優しさを秘めていたことは印象は残っている。
しかしよくよく考えてみると、出会っときには驚いたのだ。柚子が言う特徴から、がたいのいい男を想像していたが、体つきが丸くて声が高かったし、それに唇も瑞々しく、柔らかそうで思わず触れたいと…

「い、いやいやいや!これじゃあ変態じゃないか…。」

慌てて頭を振るが、浮かんでしまった煩悩は消えない。先程の赤い顔、元気のない髪、水に濡れて肌に張り付いたシャツ。全てに心を揺さぶられ心臓が高鳴った。

「ユート…」

逃げたのは下着を見られた事への恥辱か、それとも純粋に嫌われてしまったのか。走り去った方向を見つめ、遊矢は表情に影を落とす。

**


ユートとのことで遊矢のがおかしくなってから、3日経った頃だ。
いつものように、ユートはいきなり現れた。柚子がユートを見かけたのは偶然以外の何者でもなかった。
いというよりは座り込んでいた。裏路地の少し明るい、大通りから少し気をつければ見えるような場所だ。ギョッとしたのは言うまでもない。
今日もまた、瑠璃という少女を探しているのだろうか。声をかけようと手を振り上げて異変に気がついた。休んでいるにしては前屈みであり、通行人が怪訝な顔を向けている。遠目ではまだ判断は出来ないが、明らかに不調なユートに柚子は首を傾げた。

「ユート…?」

近づいて控えめに名前を呼ぶが、返事はない。返ってきたのは荒い息だ。

「はぁ、はぁ……」

「すごい熱!大丈夫?」

柚子が声を上げると、それを合図にユートの体は柚子へと崩れ落ちた。
足を止める野次馬たちにも目もくれず、柚子は自分の額とユートのものを合わせ眉を寄せた。気恥ずかしくなったユートが肩を押すが、有無を言わせない目で睨まれてはどうしようもない。

「ここじゃあ目立つから、私の塾に行くわよ。」

「だい、じょうぶ…だ、」

「そんなわけないじゃない!」

強い口調で柚子に叱咤され、ユートは目を見開いた。

「もしかしてこの前の雨に打たれたりした?」

「少し、」

「そのせいかもしれないわね。」

とりあえずは日陰に引き込みテキパキと汗をハンカチで体を拭いていく。柚子には頭が下がるばかり。しかしなぜここまで心配してくれるのかはわからない。
困惑した目で見つめていると、柚子と目があった。安心させるように微笑む彼女に、ユートは思わず目を伏せた。

「きょうは私の家に来たらいいわ。それとも泊まるところはある?」

目線を逸らしたのは否定の証。怒られることを怖がるように唇を引き結ぶユートに、柚子は変わらず微笑んだ。

「緊張しなくていいわよ。大丈夫。ちゃんと知ってるから。貴女は女の子ってこと。」

「それを何故…!?」

「だって、貴女が遊矢を見る目が恋する乙女の目だもん。」

穴があったら入りたいとはこのことだ。
体温が上がり頭もクラクラしてきた。しかし柚子は小さく笑うだけ。柚子も遊矢のことが好きなはずなのに。そう考えたら胸が痛くなった。

「…ごめん。」

「何でユートが謝るの?」

笑う柚子にまた胸が痛くなる。眉を下げて手を伸ばした時、通りに蓋をするように人が滑り込んできた。

「おーい柚子…っ、ユート!?」

遊矢の声にユートは思わず肩を震わせた。顔を逸らしたが、遊矢の視線が首元に突き刺さる。柚子は少しムッとしながら振り返り青い顔の遊矢を見た。

「遊矢、どうしたの?」

「えっあー…なんだか、呼ばれてるような気がして。」

虫の知らせと言うのだろう。それよりも汗をかきぐったりするユートから目が離せない。

「それよりユートは…?」

「熱みたい。今から塾まで連れて行くから手伝って。」

ユートに目を向けると目をそらされ、遊矢は怯えたように肩を震わせた。まるで親に怒られる子供のように。
自分のせいだ。
その罪悪感だけが遊矢を支配する。我慢出来ずに目をそらした時だった。汗を拭く柚子越しに、ユートの潤んだ瞳とかち合ったのは。

「柚子、オレはいい。遊矢との約束があるのだろう…」

「病人が優先よ!」

「オレは1人でも大丈夫だから、」

柚子は強く言うがユートも負けていない。今度は食い下がり首を縦に振ろうとしない。
そこへ横から腕が伸び、ユートの腕を掴んだ。遊矢である。

「今日は母さんもいないし、泊まって行けばいいよ。」
「駄目よ。塾でいいじゃない」
「俺の家のほうが近いし」

笑顔だが、有無を言わせないオーラ。押し黙る柚子を尻目に、遊矢はユートだけを見つめる。せめてもの抵抗だと顔を逸らすと、そのまま抱き上げられてしまった。抵抗をしようとしたが力が入らない。睨みつけようと顔を上げると遊矢の笑顔があった。
赤くなる顔は、熱のせいだけではない。
抱き上げられる、ということに憧れてはいた。しかし遊矢は言った。「友達だ」と。
そうではない、そうではないんだ。
脱力感に大人しく目を瞑る姿を、遊矢はしっかり抱え直して不安な顔をする柚子に振り返る。

「ごめん。今日はユートの看病をするよ。」

申し訳ないと笑うが、ユートを離す気は更々ないらしい。それに柚子は顔を歪ませる。

「私も行くわ!」

「ユートが風邪を引いたのは、俺の責任だから…」

「2人きりに出来ないから!」

怒鳴るように強く言う柚子に遊矢は頷くしか出来なかった。
すっかりまいってしまい、浅い呼吸を繰り返すユートに2人の表情に焦りの色が浮かぶ。意識があるのかも疑わしい、遊矢に体を預けて苦しそうに眉を顰めているユート。
落とさないようにとしっかり抱え直すと、2人は急ぎ駆け出した。



修正16.6.25



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