ゆぎお | ナノ



水面に映るは人魚の微笑み3


※人魚パロ
※人間遊矢×人魚ユート
※現代×ファンタジー



朝起きたら遊矢の隣に少年が寝ていた。
知らない相手ではない。見慣れた相手ではあるから、犯罪を犯したわけではないようだ。よかった。しかし問題なのは、ただ”部屋に寝ていた”わけではなく、”隣に寝ていた”という事実。目を白黒させて、目の前の寝顔を凝視する遊矢に、スズメが一斉に騒ぎ出した。「これはまぎれもない現実だ。目を覚ませ」と言うように。
少し揺れたカーテンの隙間から差し込んでくる朝日がやけに眩しい。明るい色、特に黄色が基調部屋…タンポポ畑に、アヤメが一輪咲いたかのような錯覚。異端ではあるが、美しく映える様は花と例えるのが正しいだろう。寝ぼけていたが、そろそろ頭も目覚めてきたので冷静になろうと思う。
自分と向かい合うようにベッドで眠っていたのは、ユートだ。最初はあまり口も聞いてくれなかったが、最近は少しずついろんなことを話してくれるになった。海のこと、友達のこと、人魚のこと。

海は暗く冷たい世界ではあるが、彼らにとっては住み心地のいい場所だそうだ。珊瑚が宝石のように輝き、海の生き物たちが泳ぎ回る。人間の世界のようなしがらみはなく、生きたいように生きる、そんな自由な世界らしい。ユートも友人である隼という人物と、隼の妹たちと共に海藻などを食べて穏やかに暮らしていたらしい。
しかし最近は人間のせいで汚れてしまい、人魚たちの間にも人間を憎むものが生まれ始めたそうだ。それを機に人間を襲うものが生まれた。友人である隼がその1人。理由は彼の大切な妹が浚われたことだった。感情に任せ、通りかかる船を見境なしに鎮める様には誰もが恐怖した、と思ったが逆であった。人間たちの欲望により捕まり、売られ、殺され、嬲られ。たくさん殺されていった仲間たちの恨みと憎しみを体現したかのような隼の暴動には、あろうことか仲間は歓喜し囃し立てた。
そんな親友を止めたい。その一心でせめてもの償いと人間を助けていたユートだったが、先日怪我を負い海岸に打ち上げられて遊矢に拾われた。そこまで話してくれたのが7日目の夜だった。

そして8日目の朝という現実に戻ろうと思う。最初はあんなに警戒していた人魚のユートが、隣で穏やかに眠っているのである。驚かない方がおかしい。まず、なんでここにいるのか、なぜ向い合せなのか、お腹が空いたのだろうか、もしかして自分がいつもより遅く起きてしまったのだろうか。慌てて時計を確認するが、短針はマイペースに7時へと向かう途中である、時間はいつもより早いくらいだ。さまざまな思考がぐるぐると回り、1つに融合されてまとまった。

「ユート、足!」

視線は一点、足に止まった。人魚独特の魚の尾ではなく、人間と同じ白く細い足。興奮していたために大声になってしまい、それが起点となりユートのまつ毛がフルリと揺れた。

「ん…?」

幼いうなり声が聞こえ、ゆっくりと目が開かれる。眠そうに目をこする彼を眺めているうちに、もう1つの事実に気が付き遊矢は文字通り飛び上がった。

「服っ!服は!?」

「服…とは身を守る鱗のこと、か…?」

どうやら寝ぼけているようだ。身を起こして頓珍漢なことを言い首を傾げるユートを見つめているうちに、イケナイことをしている気になってしまう。慌てて目線をそらすと布団を頭から被せてやれば、わずらわしそうに頭を振るのが布越しに伝わってきた。直後にきゅるるるる、と小さな虫の音。間違いなくユートの腹の虫だ。

「…お腹すいた…」

「やっぱりお腹が減ってたんだ…ごめん。今準備するけど何が食べたい?」

慌ててベッドから降りるといつもの上着を肩からかけてキッチンへと足を向ける。しかし伸びてきた腕によりその動きは止められてしまう。まだ寝ぼけている灰色の目が、朝日を横から浴びてわずらわしそうに身震いする。
時が確実に止まった。
真っ直ぐ見つめられるだけで体が動けなくなる。まるで金縛りにあったような感覚に陥り、冷や汗も流れてきた。

ユートから聞いた、人魚のこと。人魚は「歌声で人間を惹きつける」と言われているようだが、人間を惑わすのは能力というよりも、男女例外なく美しい容姿をしているために人間を寄せ付けやすい体質であるらしい。雌型の人魚はわざと歌声で人間を呼ぶことがある、というところで茶を濁されてしまい”呼び寄せる理由”までは教えてもらえなかった。
人魚とは一体なんなのか。何を食べて生きているのか。どのような暮らしをしているのか。人間に対して好意的なのか。最初はただ海洋学を嗜むものの端くれとして”人魚”について知りたかった。しかし遊矢の興味は目の前にいる”ユート”に移っていた。
早く海へ帰りたくない?
やっぱり人間は嫌い?
ボロボロになりながら人間を助けてくれるのは何故?
ここに来ていつも何を考えてるの?
本当に俺の準備してるご飯は口に合うの?
俺のこと、どう思ってるの?

ユートと話していて読み取れた特性は、仲間思いで優しくて、責任感を強い性格。そのために様々なことをまるで自分が悪いことのように背負い込み、1人で無茶をしてしまう。それでも自分が傷つくことに関しては無関心で、言葉も少なく強情なところがある。「放っておけない」そう遊矢は感じていた。
話している時も魅入ってしまったのは1度や2度の話ではない。それに咄嗟に宙を見つめ、思い馳せるような表情をしているのは見逃さなかった。きっと故郷である海を思い、仲間たちの安否を思い馳せているのだろう、そのたびに「海に帰りたい?今から送ろうか?」と手を広げて見せた。最初はまだ弱っていることもあり何のアクションも見せなかったが、最近は拗ねたように風呂へと隠れてしまう。
何故故郷に帰ることを拒絶するのかはわからなかったが、食事などの問題があったのかもしれない。初めて会った時など、肋骨がくっきり浮かぶほどやせ細っていたのだから。今考えると、よくあの状態で泳げたのか不思議でしかない。
なんとか正常なくらいまでには体の肉はついてきたが、まだお腹が空いているのだろう。しかし3日目までは警戒はされながらも、ちゃんと肉を食べてくれた。最近はお腹が空くと浴槽から出てきて、座り込んでいるくらいだ。まるで水族館の飼育委員のようだが、口にしたら鋭い牙で噛みつかれてしまった。今は微笑むだけで、噛まれた右腕を摩りながら心の中にしまっている。
段々ユートに魅せられ、惹かれているのは人魚の力のせいだ、きっとそうだ。初めてであったあの海岸で目があった時すでに心は奪われていたのだろう。ファーストキスの相手も彼なのだから。

話を戻そう。
寝ぼけた目で腕を掴むユートの目には、明らかな空腹と情欲に似た怪しい光が見える。まずい、まずい、いろんな意味でまずい。慌てて体を引こうとはするが、体が動かない。

「お腹すいた…」

急に強い力で腕を引かれ、再びベッドへと戻されてしまう。なんとかベッドに腕を付き耐えたが目の前には寝ぼけたままのユートがいる。引き込まれそうな灰色の目に、一瞬赤い光が見えた。

「え?」

先ほどより強く腕を引かれ完全にバランスが崩れてしまった。その勢いのままに倒れこんだ遊矢の体を受け止めたのは、ユートの唇だった。キスをするというよりも、ぶつけるという感覚。歯と歯がぶつかり鈍い痛みが歯茎を伝わってきた。何かを探るように、咀嚼するように唇が動き唇に痛みが走る。初めて海岸であった時と同じだ。そのまま歯を立てられて痛みと共に血が流れ出す。「やはり血を吸っている」初めは焦ったが、どういうわけか遊矢の心は穏やかになっていった。

(「肉が好き」「お腹が空いた」からのこの行動…もしかしたら……)

応えるように無言で頭を抱き寄せた直後だった。いきなり胸を勢いよく押され、突き飛ばされてしまった。遊矢は尻への痛みよりも、いきなり突き飛ばされた事に驚くしかない。目を瞬かせながら、目の前のユートを凝視すると、本人も何が起こったのか理解できていないようで口元を抑えて目を見開いていた。何故ユートが驚くのか、遊矢にはそれがわからない。ただ時計の音を聞きながら黙って見ているしかなかった。

「すまない、俺は今…」

至極落ち込んだ表情でユートが呟くように言う。やはり、まだ隠していたことがあったのだろう。目をそらそうとするユートに遊矢は笑顔で手を伸ばす。目の高さを合わせて頭をゆっくり撫でてやれば、びくりと体を震わせながらもゆっくりとした動作で遊矢へと振り返り、おどおどした目で見上げてくる。

「もしかして、肉というよりは血が好物?」

慌てて視線を外した、ということは図星だったらしい。ユートは慌てて手を振りはらい、シーツの中へと潜ってしまった。血を吸われるのは怖い、だが遊矢は始終笑顔を崩さない。無理に作り笑いをしているのではない。ちゃんと秘密を教えてくれたことを純粋に喜んでいるのだ。

「そりゃあ元気も出ないか。俺のでよかったらどうぞ。」

快く体を差し出す遊矢に、ユートが少しだけ顔を出す。罪悪感に駆られた子供のような顔だが、ユートの目は期待に輝いている。そのまま様子を見ながらものそのそとやどかりのように這い出してきて、笑いが込み上げてきてしまった。しかしすぐには行動に移さず、ずっと遊矢を見つめて苦い顔をするだけ。

「肉のほうがいい。」

「でも、寝ぼけて俺に噛みついただろ。」

唇から滴る血を目で追っているのはわかった。気になってはいるが我慢しているのだろう。我慢しなくていいのに、と指で拭って目の前に差し出してやると魅せられたようにしゃぶりつかれた。ちゅるちゅる、と血だけを啜る音がする。時折犬歯が指に当たるのを感じ、肉食の生き物だと改めて自覚させられる。必死で舐めとり、なくなればゆっくりと口を離した。少し唾液が伝っていたのにドキリとする。そしてまた我に返ったように体を跳ねさせて、再び布団の中へと隠れる。可愛い、と思うのは不謹慎だろうか。いや間違ってはいまい。布団が芋虫のようにもぞもぞと動き、また目だけを覗かせる姿を可愛いと言わないものはいないだろう。

「肉を食べる、血を飲む。…そんな生き物が怖くはないのか?」

「ちょっとは怖い、かな。でも、ユートなら怖くない。」

そのまま手を差し伸べ、中から出てくるように誘えばおずおずと這い出してきた。それでもまだ目は静かに訴えかけてくる。「ごめんなさい」と。

「ユートが優しいのは、俺もわかってるつもり。」

安心させるように許すように笑う遊矢に、折れたのはユートだった。まるで慣れない猫のように上半身まで這い出すとじっとこちらを見上げてくる。出てくるように促すが、そういえばユートは何も着ていなかったことを思い出す。真っ赤になりながら咄嗟に枕を頭に乗せると、渋い顔をされた。遊矢も必死だったのだ、許してほしい。

「じ、じゃあ他のおかずも準備してくるから、落ち着いてから来てくれよ!しばらく時間がかかるからさ。」

ユートに着せるために箪笥から自分のシャツとズボン引きずりだし、ベッドへと粗雑に投げる。枕を退けたユートの顔に、投げたシャツが当たり「ぶっ」とくぐもった声が上がった。箪笥も開け放したままに部屋を後にすると、ドタン、と重いものが落ちる音がした。慌てて部屋を後にすると、ベッドから落ちたユートがいた。首からは落ちていないから、怪我はなさそうではあるが腰でなんとか重心を支えているというなんとも間の抜けた格好で頭を摩っていた。しかし笑っている場合ではない。慌てて体をベッドに引き上げると、仰向けにひっくり返してやる。

「どうしたんだよ…」

「足が、動かない。」

「足が?」

「鰭が足になるなんて、今日初めて知った。」

「え?」

素足をぺしぺしと叩きながら、ユートは至極不満そうだった。
人魚が陸に上がってくるなど、確かに聞いたことも想像もしたこともない。童話の人魚姫ではあっても、現実までそんなおとぎ話が通用すると思えない。今まで海で生活してきた彼らにとって、足なんて使い方もわからない日本の岩か珊瑚にしか見えないだろう。思い返せば先ほどから足は固まったように動かなかった。

「じゃあどうして尻尾がなくなって、足が生えたんだ?」

「わからない。この部屋に来て、起きた時にはこうなっていた。」

…ということは尻尾を引きずってこの部屋に来たということだ。リビングに顔を出してみると、なるほど。何か地面を這ったような、蛞蝓の通った後のような水の乾いた後が見える。乾けば何も問題はなさそうだ、それに頑張ってここまで来てくれたというのもなんだか照れくさくて責めるに責められない。静かに扉を閉じユートへと向き直った。

「よかったら運んでほしい。」

「わかったよ。じゃあ先に服を着ようか。」

「何故?」

「俺が目のやり場に困るから!」

未だに理解できないというユートの頭からシャツをかぶせてやると、動物のように頭を振り首が穴へと通っていく。手を出すところを教えてズボンの履き方だけを教えて部屋から出、着替えが終わるのを待つこと30分あまり。何度かドア越しにアドバイスをすることで着替えは完了した。なんだか自分の服を人が着ているというのは落ち着かない。なんだかドキドキしてしまう。

「この匂い…遊矢か。遊矢がすぐそばにいるようで落ち着かないな。」

どうやら人魚は、いやユートは鼻がいいらしい。毎日洗濯はしているが、それでも匂いを敏感に感じとったらしい。鼻を鳴らしながら来ている服を嗅ぎ回る姿に少し悶えてしまった。

(ああ、やっぱり可愛いかもしれない)

何度も何度も匂いを追って、ベッドの上を犬のようにくるくると回る姿に癒されていたために、視線がこちらで止まっていたことに気が付かなかった。何事か、と思って見つめ返してみたが鼻をスンスンと動かすだけで何も言わない。匂いを嗅いでいるのか、と思えばゆっくりとベッドから這い降りようとする。慌てて手を差し伸べておろしてやれば、首筋に鼻が当たりびくっとした。

「やはり、残り香より遊矢がいい。」

そのまま抱き着いてきたユートに思想と体が完全に停止した。
否定してきた、この気持ち。
同性だからか、異種族だからかはわからない。それを理由にしていたのは確かである。
いくら否定しようとも、ずっと「認めてしまえ」ともう1人の自分が囁いていたのもわかっている。
そんな遊矢の心中も知らずに、ユートは鼻を首筋に埋めて嗅ぎ回っている。ふと、動脈近くで動きが変わった。目の色を変えてそこを嗅ぎ続けていたが、慌てて顔を離して首を振る。

(噛みついてはいけない)
(認めてはいけない)

それぞれの思いが交差する中、遊矢の腹が小さくなったことで2人は我に返ることができた。

「あ、あはははははは…。とりあえずご飯にしようか。」

「…ああ。」

おんぶにしようかと思ったが、ユートが前から貼りついて離れない。気恥ずかしいながらもそのまま抱き抱えると、リビングへと向かった。扉を感情をぶつけるように無理矢理開けたことで、額にぶつかった。これで目は覚めたが、ユートには笑われてしまうわで散々である。でもユートの笑顔が見えたから良しとしよう、と結論づけてしまったのは重症である証であろう。

+END

++++
なれそめ編

15.10.18




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