ゆぎお | ナノ



水面に映るは人魚の微笑み2


※人魚パロ
※人間遊矢×人魚ユート
※現代×ファンタジー




目が覚めたら無機質な天井が見えた。
重い瞳を持ち上げ目を瞬かせるが状況は変わらない。白い天井に高い窓。鉄格子はないがまるで監獄のようだ、と魚の尾で水面を打ち、眉を寄せる。そこで自分が水の中にいることに気が付いた。水の感覚に慣れすぎて気が付かなかったらしい。機嫌よく尾を動かすと体を伸ばそうとして、浴槽に体をぶつけてしかめ面になる。

(そうだ、俺は人間捕まったのか)

昨日のことで覚えているのは、人間の顔と赤い海。海難事故を起こした親友を止めるために海へと出たはいいが、人間を引き上げているうちに腰を打ち、思わぬ重傷を負ってしまった。こんなヘマをするのは我ながら珍しいと思う。食事をしていないことによる激しい空腹感と、栄養失調で思ったように体が動かなかった。それが原因だとわかっている。
しかし、食事をしたくない。生きた人間を食べることは自分にはどうしてもできなかった。ただ誰かに言われたわけでもなく、勝手に自分に枷たルールだ。「そんなくだらないルールは守る必要ない。自分の体を大事にしろ」と親友に怒鳴られた、そういうわけにはいかない。
しかしどうしたことだろう。気を失う前に感じていた空腹感もなければ腰の傷の痛みもない。怪我をしていたはずの腰に手を当てれば、絆創膏の得体のしれない感覚に体を跳ねさせた。
人間の使う道具を知らないのは仕方のないことだ。驚くのは無理もない。それよりも驚くべきは、人間が異形の存在である”人魚”を助けたという事実。そして、長い間満足のいく食事をしていなかったにもかかわらず、空腹が和らいでいるということ。

(もしかして、無意識に人間を食べてしまったのか…!?)

慌てて口を触るがわかるわけはない。顔を青くしてパニックのまま周囲を見回せば、扉の前に添えるように置いてあるものを見つけた。どうやら食物らしい。果実、魚、肉、海藻、菓子、穀物、…見覚えのあるものから見たことのないものまで、さまざまな食べ物が色とりどりの皿に置かれていた。まるでサンゴ礁のようだ。ぼんやりと考えながら浴槽から這い出すと、ゆっくりと食物へと近づいた。

(人間の、匂い)

もしかしなくとも、人間の準備したものらしい。犬のように鼻をスンスンと鳴らしながら食物に近づき、血のように赤いリンゴを取った。齧ると、柔らかい肉の間から、甘い果汁があふれ出して空腹に飢えた口内を満たす。甘さは感じる、それに食べられないわけではない。しかし舌には合わない。やはりこちらのほうがいいと、と海藻を手に取ったが海の新鮮なものと違い、パサパサしている。しかし食べないよりはいい、それにあの人間がせっかく選んでくれたのなら、食べないのは失礼というものだ。
風呂に張られた水に浸しながら海藻を咀嚼してはいるが、目は一点から離れない。肉だ。

(これは……動物、か?)

さほど高くはない、近場のスーパーにあるような安い豚肉だったが人魚にはそれがわかるわけがない。
肉は人間しかみたことがない。食事のために狩りをする対象も勿論人間だ。カモメや水鳥も見たことはあるが、動きが速く人魚の相手を惑わし誘う”歌声”も通用しない。必然的に口にできるのは、簡単に狩りができ出会う可能性が高い人間に絞られる。

人魚の主な食物は人間の肉だ。

雑食で海藻も食べるが、ただの栄養素の一つだ。たくさん食べたところで体力がつくわけでも、満足のいく満腹感を得られるわけでもない。
本能的に体は満腹感を欲していた。ごくりと唾を飲みこみ、人魚は赤い肉を手に取りかぶりついた。油や味がいつもとは違う。わかってはいたが、これは人間の肉ではない。しかし満腹感を得られるというのは助かる。思わず夢中に齧っていたために、廊下から足音が近づいていることには気が付かなかった。脱衣所の扉を恐る恐る開ける音。まるでお化け屋敷に入るような動作は、少なからず人魚に対する警戒を表している。そして浴槽のドアノブがかちゃり、と音を立て人魚は我に返って咄嗟に浴槽へと飛び込んだ。食物をまき散らしてしまった上に、狭く浅い浴槽に頭を打ったが気にならない。目だけを浴槽の淵から覗かせ、鋭く細めた黒曜の目でドアを見張る。と、明るい色のパジャマと派手な髪の毛がゆっくりと現れた。

「あ。…えーっと、起きてた?」

人魚も目覚め、こちらの様子をうかがっていると知った人間・遊矢はから笑いを浮かべながら顔を目元まで引っ込めてしまった。遊矢からの目覚めてよかった、という安堵と未知なる生物に対しての恐怖と警戒心。そして人魚からの警戒と、疑心暗鬼の視線。2つの感情が交錯してぶつかった浴槽に響くのは、人魚が飛び込んだ時に飛んだ水しぶきが垂れる音。ぴちゃん、ぴちゃんとバルブから漏れる音だけとさわやかな小鳥の声が朝の浴槽に響いた。

「…お腹、すいてない?ここに置いてるものじゃ合わなかった?」

散乱している食物を前に、遊矢は困ったように頬をかく。少し申し訳ない気になったが、人魚は何も答えない。散乱した食物とその他の洗面用具を拾い集めて片づける遊矢目で追いながら、人魚は風呂タブの桟に手を置き、顔を手に添えるように乗せる。

「…俺をどうするつもりだ。」

一瞬遊矢は何を言われたのかわからなかった。屈んだ体制で、ぽかんと人魚の顔を見上げると心を見透かすようにこちらを見つめる灰色の目が半分見える。口元は手で隠れて見えないが、への字に結ばれているであろうことだけはわかる。

「よかった、言葉は通じるんだ。」

少し馬鹿にしたような言い方をされたのは、ただの被害妄想だろう。安堵の息をつく遊矢を眺めていると、慌てたように手をぶんぶんと降り遊矢を見つめかえす。

「俺は…純粋に君を助けたかった。それじゃ信じてもらえない?」

男の上目使いなんて可愛くもなんともないのは遊矢もわかっている。しかし人魚の顔色を窺うように、本能的に上目づかいになっていた。人魚は何も答えないし、視線も逸らさない。それが逆にいたたまれなくなり、遊矢は口元を引きつらせて腕に抱えた食物を元の籠の中へと戻した。

「君…人魚、だよね?」

「知っていて連れてきたんじゃないのか。」

「人魚が実際にいるなんて思わなかったし、実際に会えるなんて思わなかったし、何食べるのかなーって。」

未知なる生物に怯えるのはわかる。人魚自身も冷たい対応をしている自覚はある。しかしおどおどと答える男に人魚は呆れてしまう。女々しい奴だ、と人魚は顔を湯船に隠してしまうと遊矢の慌てた声が聞こえた。

「口に合わないかもしれないけど…何も食べないのは体に悪いから。食べられる物はあった?」

必死にコミュニケーションを取ろうとする遊矢に、人魚もしぶしぶ水面から顔をだし目だけを湯船から覗かせる。そんなに聞き出したいのなら、無理矢理水から引きすり出せばいいのに。まるで相手の肩を持つような考えであるが、今までの人間がそうだった。こちらの都合は全く考えない。ただ「物珍しく、金になる」と嬉々として平凡だった生活を、自分たちの欲と都合でひっかきまわす。自分はまだ直接危害を被っていない。しかし、親友や親友の妹や仲間から様々な人間の悪行を聞いている。

(仲間を傷つける人間は嫌いだ、でも誰かが悲しむのはもっと嫌だ)

人魚が俯き思案に耽っている間に、遊矢が肉についた歯型に気が付いた。

「もしかして肉が好き?焼いた方がよかった?生でお腹は壊さない?」

人間からのまっすぐな好意が、人魚の心をざわつかせ落ち着かない。優しくするのは何かの作戦なのか、それともこの人間の本質なのか。人魚の心は水面のように大きく揺れるばかり。イライラが募り、尾が無意識に水を叩き、遊矢へと水しぶきがかかった。犬のように頭を振って水を飛ばした遊矢は、何を考えたのか人魚へと手を伸ばし、あと数センチというところで引っ込め笑う。

「うん。元気になったのなら、海へ送るよ。今日は俺も非番なんだ。」

その言葉が、人魚には信じられなかった。こうも簡単に逃がしてくれるとは、聞いていた話とは違うではないか。目を丸くして遊矢を見つめていると、恐る恐る肉が差し出される。

「もういらない?それともやっぱり焼いてきた方がいい?」

まるで動物園の飼育係に餌をもらっているようで腑に落ちないが、背に腹は代えられない。空腹なのは間違っていないのだし、目の前の彼に食らいつくのはゴメンだ。度重なる倦怠感によりゆっくりとした動作で肉を手渡しで受け取ると、彼の顔色をうかがいながら被りついた。

「…美味しい。」

「よかった!じゃあ他は簡単に料理して持ってくる!…食べられないものはある?人魚…あ、君の名前。」

いつまでも”人魚”という呼称では落ち着かない。それは種の名前であって個体名ではないのだから。それに、遊矢は彼に「人魚」としてではなく「1人の人物」として接したかった。答えてくれるかはわからない。目を伏せながら、ゆっくりと生肉を咀嚼する人魚が言葉を発するのを、おとなしく待っていた。肉がなくなるまで時間はかからなかった。綺麗に1パック分の塊を平らげると、指まで舐めとる始末。それだけでも余程お腹が空いていたのだということがわかる。そして指を這う赤い舌が、性的に見えてしまう…そこまで考えて遊矢は慌てて煩悩を振り払った。

「…ユートだ。」

「ユート?君の名前。」

「お前の名前も聞きたい。」

「お、俺は榊遊矢!短い間だろうけど、よろしく!ユート!」

まるで太陽のようだと思った。派手な服と髪の色もさながら、裏表がなさそうな無邪気な笑顔。照らされる月ではない、自分で輝ける太陽。

「…よろしく頼む。」

なんだか居たたまれなくなった。
暗い水底で、上ばかり見つめて暮らしていたせいもあるだろうが、光はどうも苦手だ。握手をせがむ手から逃げるように、再び湯船へと体を沈めたがもう彼の慌てた声は聞こえなかった。

「人魚と友達になれるなんて思わなかったよ。」

純粋な言葉に胸が締め付けられるのは何故だろう。
仲間の言葉が嘘とも思えないが、遊矢の笑顔も作り物には見えない。
何が正しいのか、何をすればいいのか。自分はどうなるのか。先が見えないことが頭にぐるぐるとまわり続けるまま灰色の瞳を閉じた。

+END

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人魚との対話編

15.10.11




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