ゆぎお | ナノ



閑話1

@テレビ編



最近、ユートが水場から離れるようになった。
人魚は”人”とはあるが、”魚”でもある。いや下に”魚”がついているために水場が一番動きやすい場所のはずだ。最近起きるといつも部屋にいるし、風呂場に戻るのを嫌がる素振りを見せる。海に帰郷したいという言葉も物思う表情も見なくなった。

何をしているのかというと、遊矢の家の家電に興味を持ち始めたのだ。
特にお気に入りなのが光る箱ことテレビ。海の中には機械なんてもちろんなく、原始的な生活を強いられていた。勿論ユートも機械なんて見たことも触ったこともない。最初は間違えて風呂場の電源を触り、熱湯に逆切れされ噛みつかれたこともある。血が出るほど深く噛みつかれて流石にやり返そうかと思った。が、驚き怒り、威嚇しながらも涙の浮かべる目を見ては、責めように責められなかった。
そのユートが、本とテレビというものを覚えた。

「遊矢!この箱は光るのか!」

「へ?」

ぺしぺしと尾鰭が威勢よく床を叩く音が聞こえる。
今日は休み。昼からコーヒー片手に新聞を読みんでいた遊矢が顔を上げると、興奮して目を輝かせるユートがいた。
光る箱、なんて変なインテリアを部屋に置いていた覚えはない。首を傾げながらもユートの視線を追うと、なるほど。テレビがついているではないか。確かにこれは光る箱だ。原始的な例えであるが、わかりやすい直喩でもある。しかし遊矢が電源をつけたわけでもないし、消し忘れた記憶もない。一体どうしたものか、と周囲を見回し「あ」と声が上がる。

「ユート。手。右手の下。」

「手?」

「そう、その黒いの。」

慌てて手を退けたところに、黒いリモコンがカラカラと音を立てる。興奮気味だったために尾が跳ねた拍子に手にも力が籠って蓋が飛んでしまっている。それははめ直せばいいことであるが、水に濡れてしまっているのはどうしようもない。ユートが動き回る度に周りが水びたしになるのは慣れてきたため、乾いた溜息しか出てこない。乾いた布で拾い上げると、ユートが反省したように尾と眉を下げた。

何かを見ている、というよりは物珍しそうに眺めているだけだ。チャンネルを回しながらもじっと見つめていた。

「面白い?」

「よくわからない。」

「だよな。芸能人とか知らないだろうし。」

よくわからない、とは言っているが視線はテレビから離そうとはしない。
今点いている番組はバラエティーであり、理解しようにも出来ないだろう。しかし目線はテレビから離れずに見つめていた。
それが、少し寂しい。
何も知らなかった時は、人間の世界についての情報を得るのは、遊矢の言葉のみだった。それが他の場所から情報を手に入れる術を知り、遊矢から離れて行ってしまう。それが寂しい。人間に興味を持ってくれたのなら嬉しい。徐々に人間に近づいてきたユート。それを遊矢は止めることもなく、ほほえましい気持ちで眺めていたが、暗く締め付けられるような感情も生まれる。

(ああ、やっぱり好きになってしまったんだ)

振り返ることのない背中を寂しげに見つめていると、チャンネルを回し終わりユートが振り返る。振り返り、目を見開くと、ゆっくりと遊矢へと這って寄ってくる。

「遊矢…?」

「ん。ああ、好きに触っていいよ。」

少し涙ぐんでいるのをユートは見逃さなかった。同じく悲しそうに顔を歪ませ近づこうとすれば、乾いた音が足元から聞こえた。

「…尾が渇いた。」

「そっか。尾をしばらく乾かしたら足になるんだっけ。」

近くの毛布を手繰り寄せてかけてから、脱皮のように乾いた尾を取り払うと白い足が覗く。いつも足が出来ると下半身には何も身に着けていないことは嫌でも学習した。本人は恥もしないし気にもしていないが、遊矢にとっては目に毒以外の何物でもない。布一枚で覆っているということが、既に刺激的な光景なのだが何もないよりはましだ。そのまま近寄ってきて、胡坐をかいた遊矢の膝に座ると、甘えるようにもたれかかってきた。

「テレビは俺にはわからない。本のほうがいい。」

テレビを見て1人の世界に入ってしまったことに、反省して気を使ってくれたのだろうか。いつの間にか手には愛読書の「一般常識」が握られている。
本のほうが彼の知識の源になっているのは明白である。「この意味はなんだ?」と問われることは少なくない。最初は遊矢も笑顔で答えていたが、徐々に眉を顰め辞書を引っ張ってくるようになってしまった。このままではいずれ遊矢より物知りになってしまうのではないか、と今から恥ずかしながらも懸念しているほどである。

「遊矢には、まだ教えてほしいこともある。」

「…うん。俺でよかったらいろいろ答えるよ。」

(ああ、この優しさに惹かれたんだ)

遊矢にも見えるように本を広げると、本の世界へと引き込まれ真剣な顔になる。でも今度は疎外感はない。身じろぎすると、逃げられると思っているのか、片手で手を握られる。「逃げないよ」と笑うと安心したように再び本を支えるために手が戻っていく。ぬくもりが離れてしまったことが寂しくて、わざと身じろぎすればの同じことの繰り返し。

「椅子に逃げられては困る。」

「俺は椅子か!酷いな。」

「冗談だ。広い世界を探しても、こんなに温かくて居心地のいい椅子なんてない。」

ユートは冗談で言ったのだろうが、遊矢の頭をショートさえるには十分な破壊力だった。赤くなる頬に上がる体温。思わず呻き、顔を抑えると捕まえようと伸びてきた手を避ける形になってしまった。不満顔で振り返るユートが、遊矢の様子に慌てるが、無言の手で「大丈夫だ」と意思表示をする。

「〜!ユート、それ反則…」

「俺はまた変なことを言ったのか?」

「うん…」

「すまない。まだまだ言葉の勉強と、人間への理解が必要なようだ。」

的外れの反省をするユートに、遊矢は悶えるだけだ。体を丸めて反省を示すユートだったが、素足の感覚が伝わり逆効果になったのは言うまでもない。





「それに遊矢にはちょうど聞きたいことがあった。」
「うん?」
「この前部屋で見つけた、雌ばかりの描かれた本はなんだ。」
「!?」
「字はほとんどなかったが、あれはなんだ?」
「い、いいの!あれはユートには関係ない本だから!」
「?」

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15.10.26


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