箱庭
※パラレル
※十代視点
"彼"は普通とは違った。
何か特別な皆とは違うオーラ、皆とは発言、皆とは違う体。そっくりなのに、"彼"だけ何か違った。特別扱いを受けているのか、特別な部屋で特別な治療を受けている。
箱庭のように真っ白な部屋で眠る"彼"は、まるで昔読んだお伽噺のお姫様のよう。白の中に置いてある黒く無機質な機械と、物々しい数のコードの中で、彼はいつも眠っていた。蛇に巻き付かれて、目覚めることのない呪縛にかかったように。
『なんであの子には名前がないの?』
幼い頃、好奇心で親に聞いたことがある。この疑問は最もだ。"彼"は両親が連れてきて、一緒の家に住んでいた。途中から勤め先の病院へと送られたが、同じ顔だし十代にとっては兄弟のようだった。しかし"彼"には名前がなかった。両親も医者も、何故か彼を"覇王"と呼ぶ。でも十代はその名前が嫌いだった。 名前というより、ただの呼称のような気がして。だから十代は"彼"の名を知らなかった。
「なぁ、今日は何してんだ?」
"彼"とは話すのも一苦労だ。
いつも近くに見張りがいるし、扉には勿論鍵がかかっている。しかもオートロックという特別製。 そして特別な病室に一切窓はない。あるとするば、高い位地の鉄格子だけ。しかし持ち前の運動神経があれば、よじ登れない高さではない。いつも十代は、そのから"彼"に声をかける。
"彼"は独りと読書が好きらしい。いつもは話しかけても返事すらせずに淡々と本へと向かう。 しかし、今日は勝手が違った。ゆっくりと顔をあげると、こっちを見つめてきた。金色の、色素の薄い瞳が十代を捉えた。
「お、やっと俺を見てくれた。」
嬉しくなって笑いかけるが、鉄面皮は動かない。どこか焦点の合わない目でこちらを見つめるだけだ。
「誰だお前は。」
いつも顔を合わせていたはずなのに、この言いぐさはないだろう。膨れっ面になりながら、「俺の顔を忘れたのかよ」とおどけて見せたが「知らん」の一点張り。冗談なのだろうか、いや彼の目は本気だ。心音図の音だけ響く部屋で、少し寂しさを覚えた。
「まぁいいや。遊ぼうぜ。」
窓の燦へ器用にもたれる十代に、覇王は相も変わらず冷たい目を向ける。
「遊びに何の意味がある。」
「へ?意味?」
まさか遊ぼうという誘いに意味を問われるとは思わなかった。遊びは楽しいから遊ぶ、それだけのはずだ。 哲学的な問いかけに、小さな脳を捻るが何も思い付かない。
「遊びたいから遊ぶ、これじゃあダメか?」
「ならば、遊びたくないから遊ばない。」
ひねくれた言い方にムッとするが、口で勝てる気がしなくて黙りこんだ。再び心音図の音だけが響く部屋。 医者である両親について病院に来ているため、聞きなれた音ではある。しかし、今日はその定期的な音に胸がざわつく。
「じゃあお前はここでいつも何してんだよ。」
「待っている。」
「何を。」
「その時を。」
"彼"はこんな事を言うタイプだっただろうか。 電波とも取れる発言に、十代は首をかしげる。
「時って...なんだよ。」
「いずれわかる。」
淡々と話し、満足したのか"彼"は再び十代から興味をなくしてしまった。本へと移された目は、もう十代を映さない。
「なぁ、おい、なぁってば!」
呼び掛けても返事すら返ってこない。ただただ鳴り響く心音図に吐き気まで感じ始めて、十代は渋々病室を後にした。
「おや、もういいのかニャ?」
「いいよ。ありがとう、大徳寺先生。」
今日見張り当番だった仲のいい先生に手だけで挨拶する。
大徳寺はいつものように笑顔で答えたが、突然真剣な表情になった。
「でも、覇王君には近づかない方がいいニャ。」
おどけた口調だが、脅しめいた響きの声に十代だ脱力しながら振り返る。
そこには見たことのない真剣な面持ちをした大徳寺がいた。
「君が、辛い思いをするだけニャ。」
「辛い?無視されること?」
「違うニャ。もっと、もっと、辛いことニャ。」
何が言いたいかなんて、何も知らない者がわかるわけがない。「先生、わけわかんねえ」と、遊びに外へ駆け出して行くのを、大徳寺は悲しげに見つめていた。
数日後。病院の裏で不思議なものを見つけた。 腰ほどの石が、等間隔で並べられている。これは自然に出来たわけではないだろう、石を立てて誰かが置いたのだ。そうでなければこんなに均一の大きさの石が綺麗に並んでいるわけがない。
まるで、墓のようだ。
そう想像してしまい、ゾッとした。 病院で死人が出るのは珍しいことではない。しかし、何故か目が放せなかった。
その墓標は6つ。少し小さいものもあったが、ほとんど同じ大きさだ。よく見れば、石には数字が掘ってある。
「"2001.8.01〜2003.8.10"?なんだこりゃ。」
一番右にあるものには、こう書かれていた。まるで日付。お墓に書かれる眠れる死者の生きていた日付だ。
「あれ?今日って2003年の8月13日?」
これが日付だとしたら、つい最近ではないか。確かに土も掘り返したように真新しい。やはり、お墓なのだろうか。 十代は顔をしかめた。
「...帰るか。あ、またあいつに会いに行こう。」
手を合わせて小さく会釈をすると、逃げるようにその場を後にしたが、後ろ髪を引かれる思いがした。
墓標の裏には、こうも書かれていた。
『クローン6号。寿命ではなく栄養失調で死亡。』
++++
【十覇♀語り】仕事中、療養中など外に出れない状況で、ガラス越しに相手の姿が見えたとき(すぐ傍にいるか遠くに見えるかはおまかせ)について語りましょう。
十代のクローンとして産み出された存在が覇王で、個々の寿命は長くないんですよーというわかりにくい話です。
15.8.10
[ 1162/1295 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]