幻すい | ナノ



背負うもの



「また人が死んだ...」

また一つの戦争が終わり、数多の命が消えた。少年は硝煙と腐臭の上がる焼け野原に立ちすくみ、絶望の声をあげていた。
名前を覚えている者から、顔すら知らない者まで。人の形をしている物を見つける度に、喉へと酸がせりあげてくる。
戦争が終わっても、死んだら意味はないじゃないか。
大切なものを守れても、泣かせてしまっては意味がないじゃないか。
強大な力を持っていても、誰かを守れなければ意味がないじゃないか。
手袋の下で輝く盾の紋章は、ノキアと呼応しているのか、それとも嘲笑っているのか。こんなものがあるから争いが起きるのではないのか。避けられない争いだとしても
もし、僕ではなく他の、この紋章をうまく使える人間が選ばれていたらこんなことにはならなかったーーー

「こんなものっ!」

感情のままに振り上げた手には綺麗な銀色の短剣が握られていた。いつしかビクトールに「護身用だ」と渡されていた物だ。この衝動を避けることも、止めることも出来きず、 そのまま自分の右手ーーー寄生する盾の紋章へと突き刺そうとしたその瞬間。肉を断つ鈍い音と鮮血。しかし痛みはない。どうしたんだろう。顔を上げるとみるみる顔が青ざめていく。手ではなく、心に痛みが走り出す。

「リーダーが乱心なんて、感心しないね。」

そこに立っていたのはナムダだった。「乱心と感心をかけた洒落ではないよ」といつものように快活に笑うが、それが逆にノキアには恐ろしい光景だった。ノキアの降り下ろした刃は、ナムダの右手の甲と手に捕まれ、逃すものかと拘束されている。
赤い血が溢れだし、比例するかのように青くなっていく手。
自分が刺した
この人を傷つけた
また人を殺してしまう

僕がコロ シタ

「うわああああああっ!!」

狂ったように叫びを上げると、ナイフを放りだして頭を抱えて踞る。これ以上見たくなかった。見ていられなかった。赤い世界を、消えていく命を。

「僕がいなければ、僕が選ばれなければ...」

壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。決して涙は流さない、いや流れない。壊れてしまった心が軋んでも、さす油すらなくなってしまったのはいつからだろう。ナムダは震えるノキアを静かに見下ろしていた。

「そうだよ。君が殺したんだ。」

熱の残った爆弾の煙と、冷たい言葉が頬を撫でた。ゆっくりと顔を上げるとナムダはただただ、微笑んでノキアの見下ろしていた。

「その紋章がなければ、紋章を狙う者との無駄な戦争は避けられる。だけど君は紋章を、真なる紋章を見つけた。」

淡々と、笑顔で語る彼の顔は無邪気そのものだった。

「でも、君がその紋章を持っていようが、持っていまいが起こる戦争がある。それはわかっているだろう?」

ナナミとジョーイを、村を、沢山の人々を襲ったルカの狂気は、今でも忘れられずに脳裏に焼き付いている。
もう、悲しむ人を見たくない。
その一心で反乱軍を作り、仲間を募ってここにいる。反乱軍のリーダーとして、ここに立っている。戦争は避けられない以上、覚悟はしていた。それでも、その時になると後込みしてしまうのに情けなさを覚えて顔をそらした。

「恥じることはないさ。君はまだ若いんだ。いや、年なんて関係ない。人が死んだら誰だって悲しい。」

頭を優しく撫でられて、ついに涙が溢れてきてしまった。年はそう変わらないはずなのに、普段は子供ような人なのに、こういう時のナムダは非常に大人の顔をする。

「そして、その紋章のおかげで救われた人もいるはずだ。少なくとも、俺は毎日君への感謝の言葉を耳にするよ。」

「えっ」

そんなこと聞いたことなかった。目を丸くして瞬かせると、「ノアは可愛いなぁ」と犬のように乱雑に髪をわしずかみにされてしまった。

「死んだ人への祈りは間違ったことじゃない。でも生きている者の足枷になるために、彼らは死んだんじゃない。それだけは忘れるな。」

それは、今まで見た中で一番強い光を帯びた瞳だった。素直に首肯を繰り返すノキアに「良くできました」と笑いナムダは立ち上がった。

「言い方が悪くてごめんな。社交辞令は得意なんだけど、嘘は苦手なもので。」

「いえ、ありがとうございます。ナムダさんが優しいのはわかっていますから。」

涙を浮かべながら、ナムダの傷ついた右手をノキアの手と柔らかい光が包み込む。その光と涙が止まった時には、もう傷も血も、皮膚の色も元通りになっていた。
調子を確かめるように手を握り、開き、ナムダは目を細める。

「...やはり、この紋章の力は凄い。」

「守る力はありがたいんですが...それでも僕も誰かの剣になりたかったです。」

「ばーかだな。」

突然ノキアを襲ったデコピンに、少女のような悲鳴が上がってしまった。

「可愛い声じゃないか。」

「やめてくださいっ!」

「適材適所。ノアは戦いなんて向いてないんだから、盾でよかったのさ。」

「そう...でしょうか。」

「そうだよ。」

「でも...」

まだごねる子供に、二発目のデコピンをお見舞いしようとしたら、遠くからノキアを呼ぶ声がした。遠目でもよくわかる、長い髪としかめっ面。我らの軍師であるシュウであることは間違いない。

「お、怒ってる...?」

「お迎えが来たね。さ、早く行こうか。」

「はぁい...」

力ない返事と重い足取り。まるでゾンビのような動きに声をあげて笑いそうになったが、右手の痛みに止められてしまった。

「いたっ...」

ナムダの手の甲に光る、血のように赤い傷。いや、傷はさっきノキアが全て癒してくれた。
これは、呪い。呪いの証。

「お前はどうしたら俺を赦してくれる?」

嘲笑うような鼓動を最後に、ソウルイーターは沈黙し死神の鎌を携えた。

+END

++++
最初は「どうあってもお前は死なせない」というイーターの呪いで勝手に再生する右手をやりたかったのに、ノアが治してしまったなんてこったい

16.1.30

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