Happy valentine day.
※何故今バレンタインネタなのかは聞かないでほしい
「お前がバレンタインに興味を持つなんてなー」
明らかにからかいの意味を込めたビクトールの言葉に、フリックは何度目がわからないため息をついた。
今日はバレンタインデー。女性が意中の男性に想いを伝える為に気をもむ時期である―――というのは一部の地域のイベントであり、異国の文化の入り乱れるこの城だけが、こうも騒がしいのである。
バレンタインデーという、気休めの行事に興味を持ったわけではない。単なる気まぐれだ。ふとチョコが食べたくなったから買ってみた、ついでにもう一つ買った、それだけである。
ただそれだけだが、こう問い詰められたら緊張してしまう。
「お前がチョコなんて持ってるから、城の中はパニックだぜ?」
誰に渡すんだ?と興味津々なビクトールから隠すように包み紙を抱え込む。
「別に、お前には関係ないだろ…」
「いーやあるね!お前の本命チョコ、欲しいもん。」
両手いっぱいにチョコを持った奴がなにを、食いしん坊め。言いかけた言葉は呆れた口の中に飲み込まれた。
「…って、何が本命だ何が。」
「知ってんだぜ?お前がチョコ選びに四苦八苦してたの。手作りの方がポイントは高いぞ。ま、お前が不器用って知ってるけどよ。」
「余計なお世話だ」という言葉が出てこない。図星をつかれ、見透かされてる自分の行動に音のでない口を閉口するだけだ。
『ただ、もう一つ』に対して気合いが入ってしまったのは事実。ニヤニヤ笑うビクトールの顔が憎らしく、一撃入れてやろうかと思ったが、それも力の入らない今は簡単に避けられてしまうだろう。
と、女性陣の黄色い歓声があがり二人は発生源へと振り返る。現れたのは色男と有名な騎士の二人、カミューとマイクトロフだった。
「もしかして、お前も本命か?」
「違う。」
「じゃあ本命はやっぱ俺だろ??恥ずかしがらずに」
「絶対違う。」
取り付く島もないフリックに肩を竦めるビクトール。城で有名な夫婦漫才に気付いた騎士二人が、女性をかきわけてやってきた。
「おや、そちらはフリックさんのチョコで?」
「他に何がある。」
「貴女は女性にもモテますし、貰ったものかと思いました。」
「そうだよね、モテるよね。」
第三者の声にギョッと振り返ると、ビクトールの肩越しに前解放軍主のナムダの顔があった。自己主張をするように、ピョコピョコ跳ねるノキアも一緒である。
「びっくりした…」
「ハッピーバレンタイン。皆さんやっぱりモテますねー。いっぱい貰ってるじゃないですかー。」
イヤミを投げかけるナムダを小突くのはビクトール。マイペースに笑うカミューに、微笑むマイクトロフ。ノキアは、仏頂面のフリックの手にあるシンプルな箱に釘付けである。
「あ、このチョコって、すごく高級な奴だ…」
ポツリと呟いたものは、すぐさま男共に届き、視線を一身に浴びる。
「せっかくのバレンタインなのに、作らなかったんです?」
「うるさいな…余計なお世話だ。」
「俺はなんでも貰うぜ。」
「お前じゃねえよ。」
「確かに、このメーカーは有名ですね。」
千差万別の反応に、フリックは期限が悪そうに周りを睨みつける。
「ボクに、僕にくださいっ!」
必死に自己主張するのはノキア。
「私も欲しいですね。その、フリックから。」
意外にも照れた様子で呟くように言うカミュー。
「誰に渡すんだ?」
興味が先行しているマイクトロフ。
詰め寄ってくる周囲に、苛立ち紋章を発動しようとしたところで、ナムダに腕を掴まれ引き寄せられた。
ニコリと綺麗に笑う彼の顔が近くにあり、不覚にも心臓が高鳴った。
「フリックにはちゃんと『本命』がいるみたいだし。答えは自ずと出るでしょ。」
返事も待たず、リードするように引きずられ困惑くするばかり。焼き付いたのは、やけに嬉しそうなナムダの横顔だった。
「これでよかった?鬱陶しそうな顔してたからねえ。」
手を引かれながら、ナムダから労いの言葉をもらい顔が赤くなる。自分を見ていてくれたことに、気遣ってくれたことに、すこしときめいてしまった。
「…ありがとう。」
照れ隠しに強く振り払ってしまった手に、ナムダは笑う。
そういえば、ナムダは何も持っていないではないか。今日はバレンタインだというのに、おかしい。
カリスマ性と人気で人を惹きつける彼なら、大量に貰ってもおかしくない。それより。
「お前、カスミから貰ってないのか?」
不機嫌な目がナムダを射抜く。意味もわからずキョトンとした彼を見て、ため息を吐きながらも眼光は変わらない。
「うん。なんで?」
「カスミはお前が好きだろ?」
「まあ、カスミは可愛いよね。」
カスミ"は"という言葉に、少しいらっときてしまった。別にあてつけではないだろうが、先ほどのストレスもありフリックの気がたっていた。
「…どうせオレは、可愛らしくないしガサツだし怒りっぽいよ…」
勝手に拗ねてしまったフリックに、ナムダは笑いを堪えるのに必死である。再び睨まれたので、涙を拭いて彼女の膨れっ面を軽くつついた。
「いいじゃない。子供っぽくて可愛いよ。」
「誉めてねえだろ。」
「童顔巨乳は男のロマンだって。」
「セクハラだ!!」
「怒りっぽいのは認めるよ。昔から変わらないね。」
「これは普通だろ!?」
きゃんきゃんと吠えるフリックの頭を撫でて、ナムダは微笑む。その琥珀色の瞳には微かな憂いを潜めながら。
「…そこは昔のままなんだね。フリックも、何も変わってないみたい。」
肩を震わせたフリックに、ナムダは静かに微笑んだ。
「なーんて、冗談冗談!」
その言葉から、どれだけの重みを感じただろう。右手に隠された彼の紋章が、嘲笑ってくる気がしてならない。彼の選んだ道がどのようなものかはフリックに正確にはわからない。
楽しそうに、だが寂しそうに右手を握り込むナムダを唇を噛み締め見つめるしかできなかった。
「さ、本命の方に渡さないと。バレンタインが終わってしまうよ。」
背中を押してくれた手に寂しさを覚える。振り返ると、大人な顔をして手を振るナムダだいる。
振り返って渡す。
それだけの簡単な勇気が出ないまま、足が竦んでしまう。
過酷な運命を背負わされた少年には、重すぎる想いかもしれない。一途に想い続けたカスミの手すら振り払った彼だ。誰も近づいてほしくないのかもしれない。
それでも。
「…お前用だ、バカヤロウ…」
差し出した袋に驚いた様子もなく、ただ彼は微笑んでいた。それがまた腹ただしい。
「意外なところで可愛いよね、フリックって。」
「うるさい!」
「ね、食べさせて。」
「は?」
「いいだろう?食べさせてよ。」
しばらく手に持つチョコを見て考える。甘えてくれているのだろうか。彼が年下であることを再認識させられる。
「全く、そんなところは変わらないな。」
チョコを一つ取り出すと、口にくわえ近づけると、頬に滑る手、触れる唇。当たり前のように重なりチョコを受け取ると、クスクスと笑い声が上がり、フリックは怪訝な顔になる。
「俺は、別に手でもよかったんだけどね。まさかこんなサービスしてくれるなんて。」
「なっ!」
「うん、ありがとう。」
「やっぱりフリックは可愛い、」と茶化してくるナムダの声は聞こえていなかった。
何故自分はあのような事をしたのか、それだけがフリックの頭を回っていた。
恋人でもなければ、一度も気持ちを打ち明けたこともない。脳内の願望が先行しただけなのに、まさか受け取ってくれるとは思わなかったのだから。
「あ、そうだ。」
唇の感触にくらくらする頭を抱え、耳元に近付く息遣いに身を震わせる。
「俺はフリック以外からもらうつもりはなかったから。」
「…調子にのるなよ。」
チョコを挟まぬキスは、甘さしかわからなかった。
+END
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バレンタインネタわろ
13.9.15
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