幻すい | ナノ



熱い愛

「何でむくれてるのさーフリックー。」

楽しそうなナムダは、確信犯以外の何者でもない。しかし風呂で暴れるのも大人気ない。フリックはケラケラ笑うナムダの顔に、お湯をかけるだけで溜め息をついた。

珍しく現れたナムダに「温泉に行こう」と誘われた。たまたま近くに、いい温泉街を見つけたらしい。
戦争の真っ只中ではあるが、次の作戦まで時間はある。急かすナムダに引きずられるようにやってきたまではいい。
不自然なまでに広い湯船。賑わう女たちの声。フリックのこめかみがピクリと動いた。

「混浴なんて聞いてねえぞ!?」

「だって言ってないもん。」

ケロリと言ってのけるナムダは、言わずもがな確信犯。拳を上げようとすれば、周りの視線が突き刺さる。渋々拳を下ろせば、ナムダが計画通りと笑う。誰もいなかったら、殴ってやったものの。

「なんでそういう大切な事を言わない。」

「だってだって、俺も憧れてたからさー。」

ぶりっ子のように体をくねらせる姿に、頭が痛くなる。

「かわい子ぶるな、気色悪い。理由にもなってねえ。」

「『混浴だ』って言ったら、フリックはきてくれたの?」

「絶対こねえ。」

「それが理由。わかりやすくていいでしょ?」

いけしゃあしゃあと述べるナムダにぐうの音もでない。ナムダを睨みつけても、へらりと笑って誤魔化されるだけ。ため息をつきながら、湯船にもたれ掛かると、上から影が差した。

「あらお兄さん、カッコイイわね。」

「よかったら背中を洗って下さらない??」

フリックが嫌がる理由はこれだ。
嬉々としてフリックに群がる女たち。女に言い寄られることを良しとしないフリックは、ナムダに助けを求めるが、無論笑顔で流される。薄情な奴だ、と舌打ちをすれども、これで改心してくれたら苦労はない。

「いいじゃない。私も背中を洗ってあげるから、さ。」

「あら、私の台詞よ?」

裸体を覆うタオルを、確信犯ではだけさせ迫ってくる女たちに、フリックはてんてこまいだ。しかしあしらっても周りにもこちらを見る女たちの姿がある。逃げても、第二波、第三派とくるのは目に見えている。頭が痛くなるばかりだ。

「…悪いが、他を当たってくれ。」

「えー。なんでなの〜?」

「のぼせて気分が悪いんだ。」

「じゃあ休んでからでいいのよ?」

「…連れも待たせることになる。」

ナムダにアイコンタクトを送ると、満面の笑み。流石に空気を読んでくれるかと息をついたが、油断した。

「私は構いませんよ。」

「きゃあ、やったあ!」

「おい!」

確信犯のナムダが、営業スマイルで了承するものだからたまったものではない。はしゃぐ女性たちよりも、空気の読めない連れに睨みを利かすが、堪える筈がない。

「でも…彼、すごく一途ですよ。"恋人"もいますし。」

恋人という言葉に、彼女たちは明らかに肩を落とした。それでも食いつこうとはするが、「そういうことだ」と、上がろうとするフリックにとりつく島もないと悟った。丁寧に一礼すると、ナムダも軽やかにその背中を追いかけた。

「はは、フリックモッテモテ〜♪」

「からかうなよ。」

「だって。自分の恋人がモテると、自分も嬉しいじゃん。」

からかっているわけではない、心底嬉しそうな綺麗な笑顔に、フリックは言葉を詰めた。悪戯が目立つが、ナムダも純粋なところがあることは知っている。
牛乳を手渡されたため、フリックは無言で受け取り瓶を真剣に見つめる。

「俺は嫌だ。……取られるかも、しれねえだろ。」

仏頂面のフリックに、ナムダはポンと手を叩く。

「だからオ…、昔もツンツンしてたのか。」

「…言うな。」

少し赤くなったのは、黒歴史の自分を思い出してか。照れるなんて珍しい、とナムダは笑いながら後ろから首に抱きついた。

「それだけ愛してもらえるなら、彼女は本望だよ。」

"彼女は"という言葉に、フリックは眉を寄せた。

「お前は嫌なのか。」

まるで「自分は別だ」と言われているようで、落ち着かない。振り返らずに問えば、ナムダの笑った吐息が耳にかかる。

「大歓迎。」

誘惑するように耳にかかった声に、フリックは肩をすくめた。

+END

++++
『ちやほやされるフリックと、特に気にした様子がないナムダ。あとでからかいデレる。』ということを念頭にお送りしました。

14.12.3CP

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