犬も食わない
※先天的にょた
「ナムダさぁん…聞いてくださいよー……」
風呂場の湯煙の中、少年城主の情けない声が響く。
「ノア?どうしたの?」
いやな顔一つせず、トランの英雄は泣きつくノキアを受け止めた。
「どうやったら、フリックさんとキスが出来ますかね…」
なんとも情けない顔で情けない疑問を浮かべるノキアに、ナムダは苦笑を禁じ得ない。
『青雷』の異名を持つ女剣士フリックと、新同盟軍主ノキアは所謂恋人同士である。ただ多忙なこともあり、二人はなかなか一緒にはいられない。
そのため、思春期であるノキアはやきもきしており、先輩でもあるナムダに懐いてよく愚痴という名の泣き寝入りをしているのである。
「あれ、まだなのかい?」
「まだ…なんです…」
昔からビクトールとフリックとは腐れ縁なナムダは、彼女の性格はよくわかっている。
戦いに明け暮れたせいか異性に慣れておらず、亡き親友のオデッサを気遣ってか女の幸せを掴もうとしない。
ビクトールのアピールすら受け流す彼女が、やっと相手を選んだのだ。一安心だと思っていた矢先にこの始末である。
だったさてどうしたものか、唸るナムダの目をノキアが泣きそうな顔で見つめている。
と、元気な声が広い浴槽に響いた。
「なになに??ノキアと付き合ってるの?」
「メグ、いたのか??」
隣の壁を見れば、上から覗き込む少女が一人。どうやって登ったのかはわからないが、笑顔で男湯へと手を振っている。時折下を気にしているので、足場でも使っているのだろう。
「あれ、皆は知らないのかな?」
「んーどこかの誰かさんが恥ずかしがり屋だからねー…」
「そうなんです!僕も他の男への威嚇を込めて、アピールしたいのですよ……」
フリックは人気はあるのだが、恋愛とは無縁だったため非常に奥手である。
『恋人』という関係に気恥ずかしさと親友への気まずさがある。そのために、知っているのもはノキアと仲がよいナムダとナナミと、ビクトールだけである。
それがまたノキアという少年を不安にさせるのだ。
「別に、キスなんてただの愛情表現だよねー」
「ねぇ。」
何食わぬ顔で笑う二人に、ノキアは益々落ち込んでしまう。
「そんな愛情表現すらしてくれないって事は、僕は……嫌われて…?」
「そんなことない、かも??」
ニコニコと微笑むメグを、ノキアは鼻を鳴らしながら見つめる。
「そうだね。そんなことない、かも?」
「かも、は止めてください〜!」
からかうナムダの胸を軽く殴っていたら、手を取られて額に口付けられた。
キョトンとするノキアに、ナムダは柔らかく微笑んだ。
「俺はノアの事、好きだからね。」
「『俺"は"』、なんて言わないで!」
「はは、ごめんごめん。」
ぐずぐずと鼻を鳴らす後輩を抱き留めながら、メグと視線を合わせて肩をすくめあう。下からメグを注意する声がしたが、足元を見ながらメグは笑うだけだ。
「まだキスもしてないですが、フリックさんとは、キス以上のこともしたいんです……」
「まあ恋人同士だもんね。」
「でも、そんな事したらフリックさんは文字通り雷を落とすと思うんです。」
「紋章を剥がせばいいんじゃないかな?」
「そういう問題じゃないです!」
冗談も流せないとなると、相当である。可哀想なほど真っ赤なノキアに、ナムダはやれやれと頭をかいた。
「ノアって、年上好きだよね。」
「いきなり何を!?」
「だって、あまり年下の子にはアピールしないし。」
うっと言葉に詰まるということは、図星なのだろう。わざとらしく目線を逸らし始めたノキアの頬を引っ張ると、「痛い」と返事が戻ってきた。
「どう?他にいい方紹介しようか??」
「え、でも…」
「フリックもさ、無理に付き合うこともないんだし。」
本気で悩み始めたノキアに、また肩をすくめる。呆れ顔のメグも引っ込んでしまい、奥から忍び笑いが聞こえる。
「とりあえず、あがろうか。のぼせちゃうからね。」
「はーい…」
まだぐずるノキアを無理矢理立たせ、ナムダは隠れてほくそ笑んだ。
着替えもすみ、未だ落ち込むノキアと並んで歩くナムダ。
悩みは解決するどころか、袋小路に入り込んだようだ。ずっとぶつぶつと呟いていると思えば涙目になる始末だ。
「ノア、ごめんってー」
「ノキア!」
「フリックさん…?」
フリックが、急ぎ足で駆け寄ってくると思えばいきなりノキアを抱き留めた。いきなりの事で固まるノキアの顔は真っ赤だ。
「ナムダ!あまりノキアを虐めないでくれないか!」
ノキアを守るように立ちはだかり、ナムダを牽制する目は鋭く、そして顔真っ赤である。
「あれ?フリックいたの??」
「『いたの??』じゃないだろう!!白々しい!」
「虐め、だなんてヒドいな。俺はただ相談に乗っただけだけどね。」
口をとがらせるナムダと、クスクス笑うメグ。からかわれている、とわかったフリックは顔を更に赤くして毛を逆立てる。
「虐めているのは焦らしている、どこかの誰かさんだろう?」
「う、うるさい!馬に蹴られて死ね!」
「へーえ?」
ニヤニヤ笑う子供二人にたじろぎながら、フリックは尚も威嚇を続ける。そこに割って入ってきたのはノキアの声だった。
「ふ、フリックさん…」
「なんだ、よ…」
「フリックさんは、僕のことは好きですか…?」
斜め上をいく質問に、フリックは目をむいたまま固まってしまった。しかし彼は本気だ。
「別れましょう。フリックさん。」
言われたことが一瞬わからなかったフリックである。この少年を不安にさせてしまったのは申し訳ないが、こうなるとは思ってはいまい。泣きそうな目でナムダを振り返り、ノキアは走っていってしまった。
「可哀想に…よしよし、別のいいお姉さんを紹介してやるからな〜。もっと大人で、スタイルのいい人を、さ。」
「ううー…」
慰め、いやあてつけだろう。ぐずるノキアを慰めながらも、フリックに意地の悪い視線を送ってくるナムダが憎らしい。
これは、煽っているんだ。そのくらいわかるのに、本当になってしまえば困るのは自分だ。乗るべきか、乗らざるべきか、迷っているとメグに小突かれた。
「マズいんじゃないの〜?」
「わ、悪かったよ!」
メグに背を押されてノキアを見据える。二人に近づき、まずは悪い虫を取り払う。少々手荒いどけ方だった為にナムダから文句を言われているが、気にしたら負けだ。
「ノキア!」
「ふぁい…?」
あぁ、何故こんな子供に惚れてしまったのか。自分に問いただしても答えはでない。ただわかるのは、『惚れた弱み』というものは本当に存在するのだ。
「今夜、部屋に行ってもいいか?」
「えっ」
突然の言葉に、ノキアは目を見開き絶句した。
「…キス以上の事もしたいんだろう?」
「え、き、聞いて…」
「そりゃ、一緒に入ってたからな。」
今まで恋人のような事を一切求めてこなかったフリックが、どうしたのだろう。ノキアの頭の中をそれだけが支配していた。
外野、主にナムダから聞こえる笑い声無視だ。構うとまた調子に乗ることくらいバカでもわかる。
「で、どうなんだ?」
「え、そりゃ、OKですよ!?」
やっと状況を理解して、赤い顔をするノキアが微笑ましい気分にさせてくれる。
「おめでとう」とに手を叩き茶化す野次馬を一睨みすると、ノキアが裾を引っ張ってきた。
「でも、なんでキスしてくれないんです?」
「そっ、それは…」
「それは?」
今度はフリックが赤くなる番だ。俯き困ったような顔をしてノキアを上目遣いで見つめてきた。
「……舌、が、性感帯、だし。」
フリックの暴露に、ナムダの笑いが響く。もしかして、彼のことだからバレていたのかもしれない。悔しそうなフリックの顔にメグも苦笑いで呟いた。「羞恥プレイだよ。」と。
赤い顔を隠さずノキアを見つめれば、嬉しそうな恥ずかしそうな顔がある。
「大丈夫です!おいしくいただきますから!」
「何が大丈夫だ何が…」
「えへへ、」
照れくさそうに笑うノキアに、フリックまで更に赤くなる。
野次馬は素直に祝福してくれているのか、静かな拍手が聞こえる。
「で、別れるというのは?」
「ナシです、ナシ!」
「ならよかった。」
頭を撫でてやれば、嬉しそうに笑う。まだまだ子供だと自覚した瞬間に笑みが漏れる。
「じゃあ、まずは部屋を一緒にすることからだな。」
「えっ」
「順序は大切だぞ。」
俺も、お前が大切だから。頭を撫でられたノキアは、恥ずかしそうにフリックに抱きついた。
恋人、というよりは兄弟のような。姐さん女房のような。
犬も食わない喧嘩に外野も冷やかす事を止め、やれやれと首を振るしかなかった。
+END
++++
ヲチが出ない。
13.9.28
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[mokuji]
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