ブルーマンデー



ショッピングモールから帰ったあとは、疲れたからかすぐ眠ってしまった。そのおかげで日曜日は早く起きれたから、朝ご飯はわたしが作った。とは言っても元々しっかり食べるタイプではなかったから、軽めに。わたしは食べなくても問題はないけれど、育ち盛りの高校生、しかもプロヒーローを目指している男の子にご飯を食べさせないわけにはいかない。そのあとは二人で部屋を片付けて、昨日買った荷物を整理して、ようやく勝己くんの部屋が完成した。
その間、色々な話をした。アニメで知っていることも、アニメを見ただけじゃ知らないことも、たくさん聞かせてもらった。個性の話。幼少期の話。好きな子の話(居ねえ、興味もねえ、と一蹴されてしまったけど)。まだここに来て三日だけど、少しずつ心を開いてくれているような気がする。そうやって徐々にでも信頼してくれればいいなと思う。違う世界からきた人が気を休める場所なんて、他にないだろうから。
無理矢理言わせたようなものだったけど、昨日「ただいま」を言ってくれたのが嬉しくて、それから必要以上にコミュニケーションを取ってしまっている自覚がある。お節介ババアとでも思ってるかもしれない。だけど、口数も増えたし、話しかけてくることも増えた。まだ呼び方は「お前」とか「オイ」とか「あんた」なんだけど、まあそれはおいおい直してくれればいい。

「…じゃあ行ってくるね」
「おー」
「お腹すいたらなんか食べるんだよ」
「おー」
「鍵はこれね」
「さっき聞いたわ」
「ピンポンは出なくていいからね」
「あんたは俺を初めて留守番するガキとでも思ってんのか」
「だって心配なんだもん」
「心配なんかしてねえでさっさと行け」

あっという間に月曜日がきた。今日からまた一週間仕事が始まる。長い時間一人にするのが初めてだから不安で仕方がない。玄関まで見送りに来てくれた勝己くんに行きたくないとしがみついていたら、なんの躊躇もなくバリッと引き剥がされてしまった。シッシッというジェスチャー付きで、わたしを家から追い出そうとしている。

「鬼」
「しっかりしろや社会人」
「なるべく早く帰るね」

靴を履いてドアを開けたところで、小さく聞こえた「…、行ってらっしゃい」に思わず口元が緩む。

「行ってきます!!!」
「声がでけえ!!!」

しっかり怒られてしまった。



ヒマだ。
女を見送って、シンクに置いといたままだった食器を洗うところからスタートすることにする。色違いで揃った食器はやっぱりむず痒い。洗濯機を回している間に掃除機をかけて、それでもまだ昼を少しすぎた頃だった。あとは洗濯物を干したあと夕飯の買い出しと下ごしらえくらいまではやっておいて、帰ってくる時間に合わせて作ればいいだろう。自分の容量の良さに関心を覚える。そういえば昔からずっとそうだった。勉強も、家事も、個性の扱い方も、卒なくこなせた。けど、それなりに努力をしたから身を結んでいるだけであって、何もしないでできた訳では無い。周りからは才能マンとか言われることもあるけれど、別に俺は天才なんかじゃないし、出来ないことだって沢山ある。こっちに来てからで言えば、一人で賃貸の物件を契約することも出来ないし、飯を作る材料や食器も満足に揃えることが出来ないのだ。まあこの件に関しては致し方ないことではあるけれど。ああ、それからあの女の扱い方も。
天気もいいから洗濯物はすぐに乾くだろう。ベランダに出て、二人分の服を干していく。実家にいたときだって洗濯物を干すくらいのことはやってはいたが、その時とはまた違う感覚がする。同棲、って、こんな感じなんだろうか。自分の服よりも明らかに小さいサイズで、シルエットなんかも全然ちがくて、いちいち意識してしまう。初めて家族以外の女と長い時間接しているからだろうか。クラスメイトの女にはそんな感情少しだって湧いたことは無いのに。
学校にいれば今頃は授業をしている時間だ。時計は昼を過ぎていた。そういえば、元のいた世界の俺は、今どうなっているのだろうか。行方不明みたいな扱いになっているのか、それともこれはただの長い夢なのか。どちらにせよ、今の俺にはそれを知る術がない。もし本当に個性事故で飛ばされてきてしまっているのであれば、その理由と原意、解除方法を一刻も早く探さなければ。だったら、家主が居ない家での留守番をするよりも、外に出た方が分かることがあるかもしれない。…買い出しついでに、走ってこの辺を散策してみるか。知ってる地名や場所があるかもしれない。ロードワークくらいしないと身体が訛ってしまいそうだし、そもそもじっとしているのは性にあわないのだ。
部屋着から動きやすい服に着替えて靴を履く。玄関のドアを開けたところで、たまたま目の前に人がいて、ドアをぶつけそうになった。危ねえな、と思わず舌を打つ。角部屋なのにたまたま人が通るわけはなくて、家主に用事があるんだとすぐに分かった。

「あれ…?おかしいな」

推定20代前半の男。高身長。ヒョロいけど端正な顔立ちで、クラスメイトのいけ好かないあの男を彷彿とさせた。茶髪のパーマがかかった柔らかそうな髪が風で揺れている。キョロキョロと辺りを見渡して、わざとらしく部屋番号を確認した男が、俺のことを見下ろした。

「…ここ、みょうじなまえさんの部屋で合ってるよね?」

ビンゴ。やっぱり女の知り合いだ。で、恐らく例の元彼だろう。咄嗟にそう判断した俺は、男を無視することに決めた。鍵を閉めて、エレベーターがくるのを待つ。そもそも家主にピンポンには出るなと口酸っぱく言われていたし、男が訪問することは聞いていない。つまり無断で元カノの家にくるような迷惑非常識二股クソ男だということ。
相変わらず圏外のままの使えないスマホにイヤホンを刺して、曲を選びながらエレベーターの到着。待っていると、いつの間にか男の姿は無くなっていた。



定時退社に成功した。滅多にないことだった。もしかしたら数ヶ月ぶりかもしれない。いつもだったら同期や後輩を捕まえてお酒を飲みにでも行っていただろうけど、高校生の親戚を預かっていることを話した時に「預かっている間は残業しなくていいからなるべく早く帰りなさい」と上司が行ってくれた手前、遊び回ることは出来ない。するつもりもないけれど。
意識をしなければ、勝手に走り出してしまいそうなくらいには気分がいい。鼻歌でも奏でてしまいそうだ。帰りを待っててくれる人がいる。きっとご飯も用意されている。あの人の時はそんなことはなかったから新鮮だった。最寄り駅から家までの徒歩10分の道のりも、今日は5分くらいで帰れたような気がする。

「たっっだいま!!!!」

勢いよく部屋に入ると、ソファでテレビを見ていた勝己くんがわたしの方に視線を移す。

「…おかえり。もう飯できとる」
「ありがとう!食べた?」
「まだ」
「もしかして待っててくれた?」
「……」
「〜〜っ可愛い!嬉しい!ありがとう」

嬉しさのあまり抱きつくようにして飛びつくと、しっかりとした腕がわたしを支えてくれた。「可愛くねえ!くっつくな!」だなんて叫んでいるけど、無理矢理離したりはしない。着替えている間にご飯を温めてくれていたらしく、リビングに戻ると食卓にはご飯が並んだいた。栄養バランスも考えられている献立。やっぱり早く帰ってこれて良かった。向かい合って座って、作ってもらったご飯をいただく。うん、美味しい。

「そういや、茶髪のデケェ男、知り合いか」

勝己くんから告げられたその言葉に、テンションが上がっていたわたしの思考回路が停止させられてしまった。

「……なんで?」
「家のすぐ近くにいた」

胡散臭い笑みを浮かべてる姿が容易に想像出来て腹が立つ。ていうかもう考えたくもないのに、ちょうど机の上に置いたスマホが震えて、画面には元彼からの【荷物取りに行っていい?】というメッセージの通知。あーやっぱり。眉間にシワをよせるわたしをじっと見ていた勝己くんはなにも言わない、どうやらこのまま平和に、何事もなく、というわけにはいかないらしい。

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