まわる、まわる



「ここがキッチン、トイレ、お風呂はあそこ。一部屋余ってるから好きに使っていいよ。…あ、でもゴミがあるから捨てないとだなぁ」
「…ゴミって、これ男の荷物だろ」
「今日別れた」
「きょ………」

歩いて、部屋の中を勝己くんに案内していく。驚いた顔をこっちに向けたのが分かったけど、気付かないフリをした。ありえない展開のせいですっかり忘れていたけど、そういえば数時間前に別れたんだった。

「必要なものはこれで払って。あと明日休みだから必要なもの一緒に買い物行こう」
「…カードなんて簡単に渡すもんじゃねえだろ」
「君が無駄遣いするような人じゃないって分かってるから大丈夫」
「簡単に信用すんなよ。初対面だぞ」
「わたしはもうずっと前から君のこと知ってるもん」

財布から取り出したクレジットカードを渡すと、渋々受け取ってくれた。
トレーニング中にトリップしてしまったと言っていた通り、携帯以外何も持っていなかったようで。どのくらいこの世界に居ることになるのかは分からないけど、何も無いのはさすがに不便だろう。
クシュン。見た目の割に可愛らしいくしゃみが響く。暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える。

「元彼の服で悪いけど、とりあえずこれで我慢してくれる?」
「ん、」
「疲れたでしょ。お風呂入っといで」

タオルや着替えを渡して洗面所に押し込む。暫くしてシャワーの音が聞こえたから、入ってくれたんだと安心した。
それにしても、 どうやったら彼は元いた場所へ帰るんだろう。発動条件はなんだったんだろう。その間、向こうの世界で話が進むならあまりにも可哀想だ。ご家族もクラスメイトもみんな心配しているだろう。恋人、は居たのか描写がなかったから分からないけど。
待ってる間に残りのビールをあけることにした。プリンも食べてしまおう。どちらもすっかりぬるくなってしまった。部屋の中にはまだ元彼の荷物がいたるところにあって、数時間前の出来事が夢だったんじゃないかと思ってしまう。

「…好きだったのになぁ」

思わず独り言を呟いた。ビールがどんどん減っていく。一本空いて、また一本プルタブに爪をかける。そうしているうちに、疲れと、ストレスと、酔いと、色々合わさって、とうとう眠気がやってきた。浴室から聞こえる水の音が余計に眠気を誘う。ああだめだ、落ちる。徐々に瞼が重くなっていく。



「……初対面のやつ置いて寝落ちかよ」

シャワーから戻ってきたら、女は机に突っ伏してすやすやと寝息をたてていた。女の傍にはビールの空き缶が二本。そういえばぶつかった時も酒を飲んでいた。アル中か?歩きながら飲むのは流石にやめといた方がいいと思った。酒が好きなのか、酒に頼りたいのか、考えてることは一切分からないけれど。今日別れたと言っていたから後者なのかもしれない。それにしても、見ず知らずの男を家にあげて戻れるまで住んでいいとまで言うなんて、相当なお人好しなんだろう。自分が逆の立場だったら、多分警察に突き出してそれで終わりだ。わざわざめんどくさいことなんてしたくない。
さて、どうするか。布団が一式しかないと言われて、俺にベッドを使えとまで言ってきた。とは言ってもシーツが轢かれていなくて、どこにしまってあるのかも分からない。家主が机で寝て俺だけ布団にくるまるのもどうなんだろうか。…いや、でも呑気に酔っ払って寝落ちしてるこの女が悪いわけで、俺には関係ねえ。ベッドに運んでやろうかとも考えたが、初対面の男が女を抱えるのは色々とまずい気がしてやめた。途中で目が覚めたら自分で移動するだろうと予想して女を放置し、俺はソファで寝転がることにする。

「マジで、どーなっとんだ」

結果的にこの女が近くにいて助かった。ポケットに入っていた携帯は圏外で繋がらない。高校生では深夜営業している店には入れない。焦っていた時にぶつかったのがこの女だった。頬に泣いた跡があったことは見なかったことにしよう。目を瞑るとすぐに眠気はやってきて、俺は意識を手放した。

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