奇妙なリスタート



目の前のことがいまだに信じられずにいる。

わたしを睨みつけるのは爆豪勝己。に、よく似ている人。爆豪勝己といえば、いまかなり有名な漫画の人気キャラクターである。そう、漫画の。つまりこの世界にいるはずのない人のはずで。コスプレイヤーの方かと思ったけれど、それにしてはそっくりすぎている。夢を見てるのかもしれないと頬を抓ってみたらめちゃめちゃ痛かった。現実だ。
不審者でも見たかのように眉間にシワを寄せながら視線をこちらに寄越したままの爆豪勝己もどきは、ぶるりと身体を震わせた。走り込みをしていたと言っていたから、汗が冷えたのだろうか。そういえば着ている服も濡れている。夜はまだ冷えるから、風邪を引いてしまうかもしれない。

「……何ブツブツしとんだキメェ」
「辛辣」
「つーかココ何処だ」

辺りをキョロキョロ見渡す爆豪勝己もどき。ここが何処だか分からないなんて、やっぱりおかしい。

「何処って?」
「……住んでる寮からそんな離れてねェとこを走ってたのに、急に風景が変わった」
「なにそれ」

漫画は集めていなかったけど、アニメは全部見ていたから大体は分かる。爆豪勝己の地元は静岡で、神野の事件があってからハイツアライアンスという寮で暮らすことになったことも、多少丸くなったとはいえクソを下水で煮込んだような性格をしていると言われていたことも、幼なじみの緑谷出久を敵対視していることも。

「テメェの個性か?オイ」

そしてここは、東京都の田舎であり、静岡でも、まして雄英高校があるところでもない。

「んー、個性はないよ」
「ハッ。無個性のクソ雑魚かよ」

なんか、だんだん分かってきた気がする。"無個性"なことに反応するあたり、やっぱり個性がある世界で生きていた本人なのだろう。さっきまで酔っ払って頭がおかしくなってしまったのかと思っていたけれど、そういう訳ではないらしい。まあ、ビール半分くらいしか飲んでなかったし酔ってるわけがないんだけど。地面には未だ手から離れた缶が転がっていて、零れた液体がシュワシュワと音をたてていた。

「あのね、この世界には個性がないんだよ」
「………は?」
「個性もヒーローっていう職業もない世界なの」

言わない方がいいかなとも思ったけど、きっと彼は頭がいいからすぐバレてしまう。個性のことも、自分が居た場所でない世界にしてるということも。

「…こっちで個性事故にでも遭ったっつーことか。ならテメェは何で個性を知っとんだ」
「君の幼なじみが主人公の漫画があるんだよね」
「は?」

見せた方が早いかなと、携帯をポケットから取り出して爆豪勝己の名前で検索をかける。画像欄に出てきた目の前にいる顔とそっくりな画像を見せると、そのまま携帯を奪われてしまった。何度かスクロールをしたあと、投げるように携帯を返される。

「……ンだこれ」
「わたしはそれを見てたから君が誰か分かったんだよ」
「つかなんでクソデクが主人公なんだよ」
「それは知らないけど」
「………」
「とりあえずおいで」

立ち話もなんだし、未成年がこんな時間に外にいるのもアレだし。ついでにいうとお腹も空いたし。目の前のアパートだから、と告げて先に階段を登れば、数メートル距離を開けて着いてきた。さすがに警戒してるだろうけど、今の状況を判断して着いてくるのが賢明だと思ったんだろう。

「いいか、少しでも怪しい行動をしたらすぐに爆破する」
「しないよ」

物騒な言葉を言う割には、靴は並べて端に置くし、「……お邪魔します」とギリ聞こえるくらいの小さい声で呟いているから、礼儀正しいところが見え隠れして面白い。そういうところが彼が人気の理由のひとつなのかもしれない。推しではないけど。思わず口元を緩ませてしまった。

「わたしはみょうじなまえ。22才」
「…俺のことは知ってンだろ」
「うん。爆豪勝己くん。勝己くんって呼んでもいいかな?」
「呼ぶな」
「でね、やっぱり勝己くんは別世界からトリップしてきてると思うの」
「話聞けや」
「解決方法が分かるまでとりあえずウチに住まない?」

目を丸くした勝己くんが固まった。

「流石に未成年を追い出すわけにもいかないし。一緒に帰る方法も考えるしさ」
「…あんたにメリットねえだろ」
「んー。じゃあウチにいる間はご飯作ってほしいな。料理出来たよね?」

わたしは夜遅く帰ってきてもご飯がある。勝己くんは知らない土地での暮らしがとりあえずは保証されている。彼にとっても悪くない話なはず。一応ついさっきまでは同棲をしていたから部屋はまあまあ広いし。
少し間をあけて、勝己くんが「……世話ンなります」と小さく頭を下げた。

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