始まりは突然



彼氏はどうやら浮気をしていたらしい。

残業で日付が変わるギリギリに帰ってくる毎日。たまたま定時で帰れて、サプライズしてやろうかな、なんて何も言わずに同棲してる家に帰れば、待ち受けていたのは裸の彼氏と裸の知らない女。いわゆる事後である。そんな漫画みたいなこと実際起こるんだ、なんて、口をあんぐりと開けて他人事のようにぼうっとその光景を眺めてしまった。
高校生の頃から付き合って5年。来月で23才。友達は結婚しはじめたりしてて、そろそろわたしも…なんて淡く期待していた矢先のコレだった。

「あ…」

女の絶望した声にハッと意識が戻る。服もろくに着させる時間を与えずに、弁解の余地も与えずに、二人を家から放り出して鍵を閉めた。勿論チェーンも忘れずに。ドアをばんばんと叩く音がしたけれど、それも数分したら無くなった。女の家でもホテルでもどこへでも行けばいい。
彼氏の荷物はとりあえずダンボールにぐちゃぐちゃに突っ込んで、シーツは捨てることにした。換えのシーツは残っているし、知らない女が寝た布団の上で寝るなんて絶対嫌だった。マットレスも、敷布団も、掛け布団も、本当は全部買い替えたいくらいだ。
なんでわたしがこんなことをしないといけないんでしょうか。なにか悪いことをしたんでしょうか。ねえ教えてくださいよ、カミサマ。

「あー、くそ!死ね!」

口が悪いのはどうか許してほしい。右手の薬指につけていた可愛らしいペアリングも躊躇なくゴミ箱へ投げ捨てた。何年も付けていたからか、少し窪んでいるのが尚更腹が立って涙が出る。これを貰ったときは、こんな未来があるなんて想像もしてなかった。いつか左手の薬指に本物の指輪を付ける日がくるとすら思っていた。
これなら残業がある方がマシだった。そしたら知らずに今も笑っていたかもしれない。知らない方が幸せなことなんて、世の中いっぱいある。これは悲しい涙じゃなくて、ムカつきすぎたから出た涙だ。絶対そう。顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、荷物の整理をしていく。

「…お酒飲もう。やってらんない」

くたびれたスーツのまま、また外へ。二人がいないことに安堵しながら、近くのコンビニへ向かう。もう時間は21時をすぎていた。ビール3本とポテチを買う。我慢していた甘いものも欲しくなって、プリンとアイスも買ってやった。彼氏に、いや元彼に、少しでも飽きられないようにとダイエットだってしてきたけどもうその必要もない。これからは好きなものを好きなときに食べようと思う。「毎日お疲れ様です」なんていつもいる店員さんに励まされてちょっと泣きそうになったのは秘密である。
家まで我慢できずに、歩きながら1本ビールをあける。疲れたあとのビールってなんでこんなに美味しいんだろう。あ〜〜〜と唸りながら、喉を潤していく。さっきまでの嫌な気持ちも、ビールのお陰で少しマシになった。そんな単純な女でよかった。同じように飲みながら帰ってるサラリーマンのオジサンがいて少し気まずかった。

目の前にアパートが見えて、この曲がり角を曲がれば階段、というところで、頼りない街灯のせいで気づかなかった人影が、突然目の前にあって。ドン、と結構な音を立てて、わたしも、相手も、尻餅をついた。半分も飲んでないビールが手元から落ちて、勢いよく地面に流れていく。ああ、わたしのビール…。

「いってーな!!どこ見とんだクソが!!」
「こっちのセリフなんですけど!?ビール零れたんだけどどう責任とってくれるわけ!?」
「アァ!?知らねェわアル中女!」

どうやらぶつかった相手は男だったらしい。しかもなかなか口の悪めの。ああもう最悪である。あと少しで帰れたのに。
売られた喧嘩は買わせていただきます。だんだんとはっきりしてくる視界。目の前の男と視線が交わった。薄い金髪、赤くて鋭い目付き、服越しでも分かる鍛えられた身体。どこかで見たような。いや、どこかというか、つい先日アニメで見たような。

「ば、ばく………っ!?」
「………ア?」

爆豪勝己にそっくりな人が、そこにいた。もしかしてもう酔ってる?わたし。

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