待ち焦がれた夕空に君はいなかった



「勝己くん、ご飯の買い物してくるね」
「…ア?俺も行く」
「ううん、すぐ帰ってくるし一眠りしな?」
「……ん、」

お昼。夜勤明けで帰ってきた勝己くんは眠そうだ。近くのスーパーに行くだけだし、と、入れ違いでわたしは家を出る。勝己くんが借りた新居はこの前まで住んでた家よりもずっと大きくて、綺麗で。更には駅近で、マンションの前は大通りだからか治安も良い。コンビニも、スーパーも徒歩5分圏内。良いところだな、と思う。とてもわたし一人の給料では生活出来なくなってしまう位の家賃なだけある。
勝己くんはきっと数時間で起きるだろう。夜勤明けとは言え一緒に過ごせるのは久しぶりだから、夜ご飯は少し豪華にしようかなとか、少しだけ一人でにやけてしまった。

同棲をしてからは、わたしがご飯を作る時と、勝己くんが作る時があって。基本的には休みの人や早く帰ってくるほうが作る担当になる。爆豪くんがトリップしてきた時は爆豪くんに手料理を振る舞う機会がなかったから自信はなかったけど、文句なんて言わずに食べ切って、更にはおかわりまでしてくれるんだから、不味くはないんだろう。



「あの、すみません」
「はい…?」
「みょうじなまえさんですよね…?」

ご飯の買い物を終えて、スーパーの袋を二つ持って、歩きはじめたすぐのことだった。青年というべきか。わたしよりは若いであろう男の人に話しかけられた。わたしは別に有名人でもなんでもないから、知らな人に本名を知られることはまず無い。少し警戒して距離をとる。

「爆心地の彼女」

なんで知ってるの?と、冷や汗が頬を伝った。なんかやばい気がする。早く帰ろう。勝己くん起きてるかもしれないし。うん、そうだよ。勝己くんなら助けてくれるだろうし。

「あ、と…急いでるので、失礼します」

マンションはもうすぐそこに見えている。小さく会釈をして、背を向けて、小走りでマンションに帰った。オートロックだから大丈夫。エントランスを抜けて、エレベーターで八階に上がる。どくどくどく、と早い鼓動をぎゅっと胸元のシャツを握りしめることで落ち着かせた。八階に着いて、一番奥の角部屋まで走る。鍵穴に鍵を通して、回して、あと少し。

「なんで逃げたの?」

ガっと口元を布で覆われて。つけられてた…?後ろから抑え込まれるように腕を回されてしまえば、ろくに抵抗なんて出来る訳もなく。ガシャン、と音を立ててスーパーの袋が手から滑り落ちて、わたしはそこで意識を手放した。








「ーーーーやっべ、」

ぱちり。目が覚める。ベッドから飛び起きて時計を見ればもう夜をさしていた。なまえ、起こさなかったんか。優しさだろうけど俺としては早くなまえに触れたくて、だから、起こしてくれた方が嬉しかったけど。と、そこで俺は違和感を覚えた。家の中がやけに静かだ。
寝室を出ると真っ暗で。トイレも、風呂にも、なまえはいねえ。玄関にもアイツが気に入っているナイキのスニーカーはない。まだ帰ってきてねえんか。いや、でもご飯の買い物だけって言ってた気がする。なんとなく嫌な予感がして電話をかけるも、震えた携帯は机の上に置かれていた。携帯の意味ねえわ、クソが。

「あとでぶん殴ってやる」

まあ、ぶん殴れるわけもないんだけど。つーかこれから買い物すら一人で行かせらんねえぞ、こんなんじゃ。寝間着から適当な服に着替えてスニーカーを履く。玄関を開けてすぐのことだった。

「……は?」

スーパーの袋が落ちていた。卵が割れてる。この際そんなんはどうでもいい。鍵が差しっぱなしになっていた。帰る直前まではここに居たってこと。じゃあ、なんでいねえ。どうして。

そこで俺は漸く、なまえが攫われたということを知った。



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