ぼくの知らない君の魔法




爆心地を起用したスポーツ飲料のCMは、思ったより何十倍も効果があって、商品は馬鹿みたいに売れるし、わたしを指名してオファーがどんどん入ってくるし。爆心地もコラボや広告のお仕事が増えたらしい。「俺ァ芸能人じゃねえんだよ」と文句をつけて拒否しているらしいが。

「っはあ〜〜〜〜〜」

パソコンをシャットダウンして、ようやく大きなため息が零れた。久しぶりに時計を見れば日付が変わる少し前。うわあ、もうこんな時間か。全然気づかなかった。首や肩や背中や腰、というか、もはや全身が悲鳴を上げている。いつ淹れたのかも忘れた、冷たくなったコーヒーを一気に飲み干して、立ち上がった。




「おせえ」



今日、来るって言ってたっけ。玄関で腕を組んで仁王立ちしているのは勝己くんだった。キッチンからはぐつぐつと何かが煮えている音がする。ご飯も作ってくれたんだ。…嬉しい、けど、それより先に謝罪と機嫌取りが必要だ。

「ただいま、勝己くん、来てくれたんだ」
「連絡しただろうが」
「…あれ、うそ、ごめん気づかなかった」

不在着信が五件と、未読メッセージも五件。どうやら夕方頃から一時間に一通のペースで連絡が来ていたらしい。今日行く、から始まって、メシは、とか、何時に終わんだ、とか。すれ違いになると大変だから家でご飯を作って待っててくれた、ってところだろうか。

「最近いつもこんなんかよ」
「うーん。ちょっと忙しくて」
「どうりでゴミ箱がクソみてえなもんしかねえわけだ」
「え」
「カップ麺、コンビニ弁当、ゼリー」
「見たの…」
「見えんだろ」

仕事が終わる頃にはスーパーはやってないし、だけどお腹はすくし、休みの日に作り置きなんてできないし。そうなってくると結局コンビニに頼ってしまう毎日だった。「つーか着替えてこい」と顎でしゃくられたので、わたしは部屋着に着替えてリビングに戻る。その間にご飯を並べてくれていた。二人で手を合わせて箸を進める。ああ、やっぱり勝己くんのご飯は世界一美味しい。
なんか懐かしいな。勝己くんがトリップしてきたあの頃を思い返してしまった。毎日作ってくれた栄養バランスが考えられた美味しい夜ご飯は、いつもわたしが仕事終わって帰ってくるまで食べずに待っていてくれた時のこと。

「なまえ」
「ん?」
「やる」

食べ終えてくつろいでいると、勝己くんがなにかをわたしに向かって投げたのでなんとか空中で掴まえる。チャリン、と音がした。

「なにこれ」
「鍵」
「なんの」
「新居」
「………は?」

新居とは。だって引っ越したなんて聞いてない。もうすぐアパートの契約が切れるから、更新するかどうかで悩んでる、みたいな話は一度聞いていたけど、それきりだったから。

「週末、車出すから荷物纏めとけ」
「うん?」
「だァから、一緒に住むんだよ」
「え、うん……なんで?」

だって全然分からない。疲れたわたしの頭はもう上手く機能していなくて、理解するのに時間がかかる。同棲するってこと?そのためのお家を借りたってこと?

「テメェが!仕事優先で生活疎かにすんのなんてハナから分かってんだよ!そのぐちゃぐちゃな生活習慣叩き治してやるつってんだ」
「ああ、そういうこと、ね」
「………つーのは建前で」
「え」
「飯がある、俺がいる。…それだけじゃ一緒に住む理由になんねえかよ」

ぶすっ。唇を尖らせた勝己くんが、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染めて、視線を逸らした。ああだめ、にやけちゃう。抑えようとしても意味をなさずに上がっていく口角。なんなら嬉しすぎて涙まで出てきたから、どんだけだよ、と、心の中で笑ってしまった。
また、あの時みたいに一緒に。…いや、あの時とは違う。わたしたちは大人になっているし、それに、もう離れるかもしれないという先の不安が無いのだ。これからは、ずっと一緒にいられる。

「勝己くん」
「ん」
「嬉しい」
「そーかよ」

早く週末にならないかなあ。




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