儂の前にいる"こいつ"は、知らない。

愛しい"あいつ"の皮膚を被ってるに違いない。



「何を、してるんだ」


問うても答えはなく、吐き気がするほど完璧な笑みをかざしている。


「名前」


儂が、儂が知ってる名前は何処。


戦場でしか見たことがなかった彼の刀は、彼自身の首に宛がわれている。


「名前、どうしたんだ!」


豊臣を討ってから姿を消し、今この時になって関ヶ原へと訪れたと思えばいきなり刀を抜いてこれだ。

心配してたのに、探してたのに見つからなかった彼に一体何が起こったんだ。



「名前、返事をして、」



くれ、と終わる前に彼の手にある刀がすばやく動き、一瞬にして血飛沫が飛び散る。

ぽと、とあっけなく落ちたのは、まごうことない名前の手。


ぼとぼと手首から流れ出る血に唖然と取られそうになったが、すぐに彼に飛びついた。


「何してるんだ!!!あ、ああ…!!て、手当て、を…!!」


儂は自分の上着を脱ぎ、あせりながらも彼の手首にそれを巻いて血が止まることを必死に願う。


痛いはずなのに、苦しいはずなのに、名前はまだ笑ってる。


これでもかと縛った後、名前は小さく首を振り、また刀を振る


次落ちたのは、腕だ。縛った意味がないじゃないか。



「名前、やめろ、やめてくれ…!このままじゃ死んでしまう!!」


頼む、儂にできることなら何でもするから自分を傷つけるようなことはもうしないでくれ。


ひくり、その笑みがかすかに崩れたとき、また刀を振るい、今度は自分の足を削いだ。

そのため、直後に儂の前で崩れる。


「名前!!」


聞こえないのか?儂がこんなにも叫んでいるのに名前はまるで何事でもないような顔をしている

ああ、ああ、儂はどうすれば

まずは名前から刀を奪わないと


彼の手首を掴み、刀を剥ぎ取ろうとしたところで、やっと彼の唇が開く



「家康」


掠れて、まるで周りの雑音を全て消すような儚い風のような声で、儂を呼ぶ

それは甘く、ひどく、切なく、悲しく、そしてどこか歓喜に満ちた言葉で

猛毒に塗られた唇を儂のと優しく

一度、二度、三度、重ねた。



「もろいね」


名前そんな毒ある声で、儂に一言残して、

最期に一振りして、その首は消えた。



弾けて跳んだ

(俺とお前をつなぐ…なんとやらは)


―――――――――――――――――

すっごく必死になってる人は思わず絶望させてしまいたいということでやっぱり家康関係は鬱になりかねん。

今までの家康の短編では散々主が嬲られてたのでたまには家康も苦しめようと。

20120101


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