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誰かを想って初めて泣いた



『安室さんと何かあったんですか?』


そう風見さんから連絡がきたのは、安室さんとデートした日から二週間経った頃だった。しばらく携帯の画面を睨み返事をしようとするが、その質問の意図が分からず返事に悩んでしまった。何かあった、とはどういう意味だろうか。確かにあの日以来彼とは会ってはいないけれど、元々ここに引っ越して数ヶ月の内会った回数なんて片手で数える程しかないから不思議ではない。連絡先を聞くタイミングも逃してしまったから、彼へ連絡する事も出来ない。あの日以来彼の事が好きになりつつあるわたしにとって、もどかしい日々を過ごしている訳だけれど。彼は風見さんに何か話したのだろうか。


『何か、とはどういう事ですか?』

『いえ、自分の気の所為かもしれませんが安室さんの元気がないような気がしたので。』


返信をすると直ぐに返信が返ってきたが、その内容にまた困惑してしまった。すると脳裏に最後に会った時のあの表情が浮かんできた。確か彼の様子が変わったのは下山した後だった気がする。もしかしてあの時の事を気にしているのだろうか、でも彼が助けてくれたお陰でわたしは今ここにいれる訳だし。うーん、と暫く悩んだ後意を決して返事を返す。


『風見さん空いてる日とかありますか?直接お話した方が早いかと思って。』

『今名字さん何処にいますか?もしお時間あるなら今からどうでしょう。用事があって米花町にいるんです。』

『仕事が終わって米花駅に着いた所です。この後用事もないですし、今からでも大丈夫です。』


とんとん拍子に決まっていき、駅近くの喫茶店で待ち合わせする事になった。風見さんとはこんなにタイミングよく会えるのに、何故安室さんとはなかなか会えないのだろうか。そんな事を無意識に考えてしまい、風見さんに失礼だぞと自分に叱咤する。せっかくこうして、会ってくれるというのに。お店に入ると、もう既に到着していたようでわたしに気付いた彼は手を振り合図した。


「お仕事お疲れ様です。まだ15時前なのに早いですね。」

「ありがとうございます、今日は時短勤務だったんです。風見さんは今日はお休み、じゃなさそうですね。」

「ええ、ふるやさ、いや安室さんに用を頼まれていて。」

「ふふふ、いつもお疲れ様です。」


メニューを渡され、適当に飲み物を注文し本題に入った。先ずは何が起きたか知りたいという事で、わたしから心当たりがある出来事を話し始めた。下山してる際に子どもとぶつかって山道から落ちてしまった事、その時安室さんが助けてくれた事、そしてその後から様子が変わった事。それ以前の話は、恥ずかしさもあるけれど風見さんが来れなかったのに楽しんでしまった事もあり、申し訳なくて飛ばして話したがそれは意味をなさなかった。


「そんな事があったんですね、名字さんが無事で良かったです。そういえば、その節は急に行けなくなって申し訳ない。楽しめましたか?」

「いえ、そんな気になさらないで下さい。ええ、紅葉も綺麗で凄く楽しかったです。」

「それは良かった、実を言うと安室さんの方から言い出したんですよ。自分の代わりに行くと。」

「え、そうなんですか?」


その言葉を聞いて驚いていると、風見さんは笑いながらその時の話をしてくれた。相変わらず仕事内容については、濁されてしまうけれどどうやら安室さんに仕事を増やされたせいで行けなかったようだ。それを聞いて少し期待してしまう自分がいた。


「それで翌日職場で見た彼は何故だか浮かない表情をしていたので、てっきり上手くいかなかったのかと。」

「わたしは一日を通して楽しかったんですけど、彼は違ったのでしょうか。」

「他の同僚曰くいつもと変わらないと言っていたので、やはり自分の気のせいかもしれません。それと、この話は内密に。」

「ははは、勿論ですよ!」


この後も雑談をしているとあっという間に一時間経っていたようで、彼はこの後も仕事があるということでその場で解散した。お店を出て家路に向かって歩いていると、どうしても安室さんの顔が頭にチラついて離れない。きっとさっき話をしたせいだ、あの日感じた嫌な予感が風見さんの話によって確証に変わった気がして気になってしまう。くるりと踵を返し、元来た道へ戻る。いるかは分からないけれど、会えるとしたらあそこしかない。しばらく歩いて行くと、以前友人と来た喫茶店の前で足を止める。ちらり、と外から中の様子を伺うと安室さんの姿が見えた。どうやら彼は今日出勤しているようだ。その時安室さんと目があった気がして、慌てて物陰に隠れる。悪い事をしている訳じゃないし、これから喫茶店に入るというのに何で隠れているのだろう。深く深呼吸をしてから喫茶店へと向かった。店内に入ると、時間のせいか人もまばらだった。声を掛けてくれたのは、あの日もいた可愛いお姉さんだった。


「いらっしゃいませ。あ、前お友達と来てくれた方ですよね?」

「ええ、よく覚えていらっしゃいますね。」

「勿論覚えてますよ!」


ふふふと意味ありげな笑みをしながら、カウンター席に案内してくれた。キョロキョロと安室さんを探して店内を見渡すけれど、どうやら今はいないようだ。バックヤードにでも居るのだろうか。ふと視線が注がれてるのを気付いて、その方向を見やるとあのお姉さんがニヤけた顔でわたしを見ていた。前回行った時一発で覚えられる位の印象深い事をしたのだろうか、記憶を辿るけれどその心当たりはなくもやもやしてしまう。そこで思い切って聞いて見ることにした。


「あの、わたし何かしましたか?」

「いえいえ、気にしないで下さい。あ、安室さん呼んできますね!」

「え!?」


お姉さんは慌てたように誤魔化すけれど、それが答えになってると気付いているのだろうか。お姉さんもわたしの友人と似て、隠すのが下手なようだ。それよりも、その後の言葉だ。何故彼女はわたしが安室さんを探していると気付いたのだろうか、もしかして笑っていたのってそれが原因なのだろうか。もしそうだとしたら、恥ずかしい過ぎて穴があったら入りたい。しばらくすると、彼女は怪訝な様子で戻ってきた。


「おかしいなあ。」

「どうかされたんですか?」

「安室さんが何処にもいないんですよ。上がり時間はまだだし、早退する時は必ず声掛けてくれるのに。」


もしかして避けられているのだろうか。気にしていなかったけれど、ただタイミング合わず会わなかったのではなくて、意図的に避けていたのだろうか。今だってそうだ、確実にさっき目が合ったはずなのに途端に姿が見えなくなってしまった。一度陥ってしまったらネガティブな考えから抜け出せない。でも理由が思い当たらない。あの事故が原因だとは思えないし。


「……嫌われたのかな。」

「そんな事ないですよ!だって、安室さん私から見てもお姉さんの事気にかけてましたもん!」

「そう、なんですか?」

「はい!あの日随分積極的にお姉さんの近くに行ってたんですよ。恋バナしてるみたいだったから、会話が気になってたみたいです。」


くすくす思い出し笑いしてる彼女を見ていると少し気持ちが和らぐのが感じた。「少し待ってみてもいいですか。」そう声を掛けてコーヒーを注文した。30分待っても、1時間待っても一向に安室さんは現れずお客さんも徐々に増えて、お姉さんが忙しそうにし始めたのを見て諦めて帰ることににした。


「お姉さん、忙しいところお邪魔しました。」

「いえ、私の方から来たこと伝えておきますね!」

「ありがとうございます。」


お店を出ると運悪くポツポツと雨が降り始めていた。天気予報では今日は一日中晴れだと言っていたから傘を持っておらず、足早に家路へと目指した。コンビニに寄って傘を買おうかとも思ったけれど、今この沈んだ気分には雨に打たれるのがぴったりだろう。わたしは何をしてしまったのだろう。お店を出てからずっと考えているけれど、何も思い当たらなくて疑問だけがぐるぐると頭の中を回っている。もう会えないのだろうか、会ってくれないのだろうか、そう思ったら悲しい気持ちになってきて泣けてきてしまう。振り続ける雨のおかげで、涙は雨と混じって私の頬を流れていった。





誰かを想って初めて泣いた