×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

優しさを間違えないで



窓の外から彼女の姿を見かけた瞬間、嬉しかったと同時に会っては行けない気がして、思わずお店を出て行ってしまった。あと少しでピークの時間帯に入るというのに何をしているんだ僕は。自分を叱咤しポアロに戻ろうとするも、足が思うように動かない。途端脳裏にあの日の出来事がフラッシュバックする。名前さんと会った最後の日。あの日彼女が崖に落ちた時失ってしまうんじゃないかと怖かった。その時は助けられたものの、僕と一緒にいる事で危険な目に遭うかもしれない、巻き込まれるかもしれない、その現実を思い出してしまった。潜入捜査をすると決まった時に大切な人は作らないと心に決めたはずなのに。これ以上大切な人が傷付くところは見たくない。それならば、と距離を自ら置いたもののこんなに苦しくなるとは想像もしなかった。僕はどうやら自分が思っていた以上に名前さんの事を本気になってしまったようだ。


「......参ったな。」


気付かれないようにそっと店内の様子を除くと、名前さんは不安そうな顔でカウンター席に座っていた。しばらくすると彼女が悲しそうな表情をしながらお店を出て行った。さっきの彼女の表情を思い出すと胸が締め付けられ、今すぐにでも追いかたい衝動に駆られる。だけど、それは僕の役割ではない。彼女ならすぐいい人が見つかる。危険と隣り合わせの僕のような男ではなく、幸せにしてくれる男が。ズキっと痛む胸の痛みを気にしないようにして、笑顔を作り店内へと戻った。


「あー!安室さん何処行ってたんですか!急にいなくなったりして!」

「すみません、倉庫で材料取りに行ったら足りないのに気付いて買ってきていたんです。」

「そうなんですね、ありがとうございます。そういえば、あのお姉さんが探安室さんを探してましたよ!」

「そうなんですか?何かあったんでしょうか。」

「......」

「梓さん、そんなに見つめないでください。」

「見つめていません!睨んでるんですー!凄い悲しそうな顔してたんですよ!一体何があったんですか?」

「うーん、僕には心当たりないんですけどね。」

「嘘ですね!私気付いてますから、安室さんも最近様子が違うの。触れない方がいいかと思って今日まで言わなかったですけど。」


風見といい梓さんといい本当に油断が出来ない。いつも通りに振舞っているつもりだったが、どうやらそうでもなかったようだ。眉毛を八の字にし、梓さんは僕の返事を待っているようだけれど、上手く誤魔化す言葉が浮かばなかった。僕が何も言わないのを見てか、ふうと彼女は溜息をつき真剣な顔で僕を見つめた。


「安室さんが何を考えているかは知らないですけど、少なくとも避けてちゃ前に進めないですよ。」

「......そうですね。」




もし名前さんに素敵な人が現れて付き合ったとしたら、僕は心の底から祝福出来るだろうか。彼女の事を忘れることが出来るだろうか。たった数回会っただけで、こんなにも好きで好きでたまらなくなっているのに。あれ程居心地の良さを感じたことはないのに。それを手放して後悔しないだろうか。仕事が終わって家に帰っている時も、どうすればいいのか答えは出なかった。


「あ、安室さん。」

「名前さん」

「こんばんは、聞きたい事があって今日ポアロに伺ったんですけどいらっしゃらなくて。」

「そうだったんですね、すみません。今日は疲れてるので今度でもいいですか?おやすみなさい。」

「え、はい。呼び止めてしまってすみません、おやすみなさい。」


家に向かう階段を上っていると、丁度ゴミ出し途中の名前さんと鉢合わせてしまった。僕の顔を見てパッと嬉しそうな表情をしたのを見て、胸が高鳴ってしまう。溢れ出る恋心を胸の奥に押し込めて、顔をなるべく見ないようにして話出される前に切り上げた。このまま話していたら、気持ちを押さえ込むのが難しいと思ったから。視界の端に見た彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていて、ズキズキと胸が痛んだ。きっとこれでいい、これでいいんだ。僕を嫌な奴だと見切りをつけて忘れてくれ。





翌日ー...


「......さん!降谷さん!」

「......っ!どうした?」

「どうしたって自分の台詞ですよ。さっきから呼んでるのに、反応がないんですから。」

「すまない、考え事をしていた。それで、何か用か?」

「やっぱり名字さんと何かあったんですよね?」

「風見、仕事中は私語は慎め。」

「お言葉ですが、私語どころか私情を挟んでるのは降谷さんですよ。」

「......どういう意味だ。」

「すみません、言い過ぎました。」


風見はそう言った後頼んでいた調査の報告をし、また自分のデスクへ戻っていった。風見が言っていたことに一理はある。何があっても私情を仕事に持ち込まない、それは僕も常々言っていた事だった。それがどうだ今じゃ油断するとすぐ脳裏に彼女の笑顔とあの泣きそうな顔がチラつく。深く深呼吸して目の前の資料に集中していると、いつの間にか彼女の事は考えなくなっていた。今日中に終わらせなくてはいけない仕事は全て片付けた。一息ついていると、神妙な面持ちをした風見が僕の前に立っていた。


「どうした?」

「この後お時間ありますか?」

「......あぁ。」


資料を片付け、風見に促されるまま後について行く。そして辿り着いた先は屋上だった。この時間は誰も利用しないという事を考えると、周りに人がいると話しにくい話題ということか。言わなくても大体は何を言われるかは分かってはいるが。


「単刀直入に言います。これ以上名字さんを振り回すのは止めてください。好意を見せたかと言えば突き放して、一体何があったんですか?」

「風見には関係ないだろう。」

「関係ありますよ!こんな事になるなら、自分が名字さんとデートに行くべきでした。」

「一体何が言いたいんだ?文句があるならはっきりと言え。」


予想していたとはいえ、いざ実際言われると心に刺さるものがあり苛ついてしまう。自分でも八つ当たりだと分かってはいるが、キッと圧力をかけ睨むと一瞬口を噤んだ。だが、風見も睨み返し堰を切ったように言い返し始めた。


「ええ、じゃあ言わせてもらいますよ。名字さんとのデートを邪魔されたのも嬉しそうな降谷さんの顔を見たら仕方ないと思えました。彼女も降谷さんに気がありますからね。だから、お二人が付き合う切っ掛けになるのならと我慢しました。だけど、いざ終わってみると降谷さんは元気ないし、彼女に聞いても心当たりないと言うし、昨日は名字さん泣きながら電話してきたんですよ!普段気を使ってそんな事したことなかった彼女がです。いつも降谷さんは一人で抱え込むから心配なんです。自分も、名字さんも。」

「......君がそんな事を思っているとは思わなかったよ。」

「偉そうに言ってすみません、でも今のお二人を見ていられなくてつい......」

「いや、構わない。事実だからな。名前さんには僕より、君の方がお似合いだよ。」

「降谷さん何言って、」

「それじゃあ、彼女の事は君に任せたよ。」


それだけ言い残し屋上を後にした。元はと言えば、彼女は最初風見と仲が良くなって、そこで僕が割り込んだ訳で。もしあの時僕が邪魔しなければ、そう思った瞬間今までの彼女との思い出がフラッシュバックして苦しくなる。あの楽しかった一日は、幸せを純粋に感じていた一日は間違いなく現実で、それを忘れるには今の僕にはまた難しそうだ。






廊下を歩いていると、ドアの前にしゃがみ込む女性がいた。あれは僕の家の前じゃないだろうか。という事は、あの女性はおそらく。


「安室さん!」

「名前さん、」


足音に気付いたのか、彼女は顔をぱっと上げ僕の方を見た。その真剣な眼差しに思わずたじろいでしまう。昨日は泣きそうな顔をしていたのに、今はそんな面影もない。僕の事を嫌いになったのだろうか、自分でそう仕向けた癖に胸はズキズキと痛み、矛盾だらけの自分の行動に内心苦笑してしまう。彼女の前まで歩み寄り歩を止める。


「今お時間ありますか?すぐ終わります。」

「すみません、今も少し立て込んでいて。」

「一つだけ聞きたいんです。それ以上もう関わりませんから。」

「......なんでしょう。」


その真剣な眼差しに、はっきりとした口調に、その物怖じしない態度に、嫌な予感がしてしまう。これから発せられるであろう言葉を聞きたくない、耳を塞いでしまいたい。だが、最後はきちんと責任を取らないといけない。どんな罵倒も全部受け止めるつもりだ。「もう関わりませんから」その一言はずっしりと重石となって心に響く。


「わたし何か安室さんにしてしまいましたか?もし無意識に傷付けてしまっていたのなら、謝りたくて。」

「...... 名前さんは何もしていないです。僕自身の問題ですから。」


それは予想していた言葉とは全く程遠く、だけれど彼女の性格を考えれば想像に容易いことだった。よく考えればそうじゃないか、彼女はいつも自分より他人優先だ。その言葉に動揺してしまい、表情が上手く作れない。このままだと、気持ちに抑えが効かなくなってしまう。彼女がこれ以上自分自身を責めないよう、彼女のせいではないとだけ言い残し自宅のドアに手を掛けようとした時、彼女の手によってそれは阻まれた。


「待ってください!」

「何ですか?」

「一つだけって言ったのにすみません。でも、あの、安室さんの問題っていうの良ければ話してくれませんか?わたしいつも安室さんに助けてもらってばかりだったから。」

「......」

「それに......今の安室さんを一人にしておけないんです。」


僕の腕を掴む手にぎゅっと力が加わり、彼女の方を見ると僕に不安を悟らせまいとしてるのかぎこちない笑顔でそう言った。ああ、もうこれじゃあ諦めがつかないじゃないか。







優しさを間違えないで