×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

知らないふりは君の得意技



「んー!やっぱり登頂した後の昼食は格別ですね!」

「ええ、達成感もあってとても美味しいですね。」


一通り山頂からの景色を楽しんだ後、昼食を食べに食事処へ立ち寄った。やはり山頂にある食事処だけあって、とろろそばや山菜そばが人気なようだった。わたし達はそれぞれ1つずつ注文し食べていた。席も運良くテラス席が空いており、自然を感じながら美味しいそばを食べて、しかも何度も言うようだけれど目の前には安室さんと本当に贅沢な昼食だ。そんな気持ちが表情にも表れてしまっていたようだ。


「名前さん凄く美味しそうに食べてますね、僕にも一口山菜いただけませんか?」

「すごく美味しいんですもん、どうぞ取ってください。」


くすくすと安室さんはわたしの様子に笑い、つられてわたしも笑ってしまう。彼が山菜を食べたいとのことで、どんぶりをずいっと彼の方へ取りやすいように寄せる。だけど一向に山菜を取る気配がなく、不思議に思って彼の方を見ると少し不満そうな表情をしていた。


「あれ山菜ですよね?」

「食べさせてくれないんですか?」

「え、そういう意味だったんですか!」


何が不満だったのか分からず確認すると、どうやら彼自身で取るのではなく食べさせて欲しいようだった。そんな風に言うような人と思わなかっただけに、驚きつつもギャップにときめいてしまった。どうしようかと困惑していると、何度か見たことのあるあの訴えかけるような目でずっと見てくるもんだから、どぎまぎしながら山菜を取り彼の口へと運ぶ。きっと安室さんはわたしがその目に、その表情に弱い事を知っているんじゃないのだろうか。


「なんかこういうの照れますね、はい。」

「ん、僕こういうの憧れてたんです。」


今度は少年のようなキラキラした笑顔に、心臓が掴まれたような感覚に陥る。本当に家に帰る頃までわたしの心臓は持たないんじゃないかとさえ思う。朝から今に至るまでわたしには刺激が強すぎる、彼の行動は意図しての事なのかそれとも無意識の事なのか判断がつかずにいた。昼食も食べ終わり、しばらく景色を見ながら休憩をする。何気ない会話も楽しいけれど、もっと安室さんの事を知りたい、そう思って質問しようとするけれど、何故か勇気が湧かなくて聞くことが出来なかった。聞いてはいけない気がして、どこまでが踏み込んでいいラインか分からずに当たり障りのない質問しか出来なかった。わたしが自分の事を話すのが苦手だからって、彼も同じとは限らないのに。


「そろそろ下りますか。」

「そうですね。」


悶々と考えてるうちに時間は大分経ったようで、沢山いた登山客もまばらになり始めていた。休憩した事もあって足の疲れは回復し、下り道もあって行きよりは足取りが軽かった。途中まで来ると、道が二つに分かれており片方が行きで通った道、もう片方が吊り橋を通って徒歩で下山するコースだった。近くにあった看板を見ると、初級者でも問題なく下れるようでその道を行くことに決まった。前方にも小学生位の子どもと一緒に家族連れが歩いているから、きっとわたしでも行くことが出来るのだろう。この決断がまたもや後悔するとはその時のわたし達には知る由もなかったのだけれど。


「……この道絶対初級者向けじゃないですよね。」

「ええ、確かに結構危ないですね。ここ滑りやすいので気を付けてください。」

「はい、安室さんがいなかったらわたしきっとめげてました。」

「ははは、何かあっても僕が助けるので安心してくださいね!」

「心強いです。」


30分位歩いただろうか、今までの整備された道とは変わって辛うじて歩ける山道に徐々に変わっていった。柵もなくなり、一歩間違えば転げ落ちてしまいそうだ。今は姿が見えなくなったあの家族もこの道を進んだのだろうか。大人しく行きと同じ道を行けば良かったと後悔しながら、看板に対して恨み言を呟くも彼の一言ですっかり元気を取り戻した。気になる事は色々あるけれど、こういった優しさが不安を吹き飛ばしてくれる。転ばないように足元を見ながら歩く。彼も時折わたしの様子を見ながら進んでいるので、ほっと安心する。その時背後から子どもの声がして、こんな山道でも子どもは元気だなあと呑気に考えていた。それと同時に右側に衝撃が走り、何かと思ったら子ども達が脇を駆け抜けたようだった。最悪な事にわたしはその衝撃でバランスを崩してしまい、視界が紅葉で覆われた。人は危機に陥ると不思議なもので全ての動きがスローモーションに見えて、自分が一体どんな状況に陥ってるか分からなかった。聞こえたのは安室さんの声と、子どもの泣き声、女の人叫び声だった。


「名前さん!」

「あむ、ろ、さん、」

「落ち着いて、僕の手をちゃんと掴んでて下さいね。今引き上げますから。」


安室さんに手を掴まれ、ようやく状況が飲み込めた。どうやらわたしは柵がなかったためそのまま滑り落ちてしまったらしい。幸運にも彼が手を掴んでくれてるお陰で、転落することは免れてはいるが急斜面のせいでわたしも足が踏ん張る事が出来ずにいた。下を見たらきっとパニックを起こしてしまいそうになるから、必死に正面だけを向いた。彼の顔は今まで見たことのない必死な顔をしていて、色んな感情が入り混じって泣きそうになってしまう。少しずつ引き上げられ、わたしの足もどうにか少しずつ斜面を上ることが出来ていた。どうにか斜面を上りきり、山道の上に上がると一気に恐怖がきたのか腰が抜けて座り込んでしまった。


「名前さん!怪我はないですか!?」

「た、多分大丈夫です。助けてくれてありがとうございます。」

「うちの子達が申し訳ありませんでした!!目を離した隙に走り出してしまって、本当に何てお詫びをしたらいいか!」

「「お姉ちゃんごめんなさい!!」」


安室さんはわたしの側へ寄り、腕や脚に怪我がないか確認してくれた。どうやら捻挫もしてないようだけど、腰が抜けて上手く立てそうになかった。近くにあった切り株に彼の肩を借りながら移動する。ふうと一息つくと、先程の叫び声の主であろう親子が現れた。そのお母さんは青ざめた表情をしながら、土下座する勢いで額を道につけて謝罪した。それに倣って息子であろう男の子達も泣きながら謝ってきた。どうやらこの男の子達がわたしにぶつかったらしい。三人ともわたしよりも憔悴しきっており、妙に冷静になってしまう自分がいた。きっと彼等も驚いただろうし、怖かったのだろう。


「顔を上げて下さい、怪我もないですし大丈夫ですよ。お子さん二人見るの大変でしょうし。お兄ちゃん達も危ないから山道は走らないようにね。お兄ちゃん達や他の人にも怪我させちゃうと大変だからね。それだけ約束してくれるかな?」

「「うん!」」

「わたし達は大丈夫ですから、どうぞ先へ進んでください。」

「ですが……」

「彼女には僕がついてますから気にしないで下さい。お子さん達もショック受けたでしょうし、フォローしてあげて下さいね。」

「すみません、ありがとうございます。」


何かあったら連絡をと、名刺を差し出されたけれどそれを辞退し、出来うる限りの笑顔で親子を見送った。彼等はその様子を見て安心したのか、最後にわたし達に会釈して歩き始めた。子どもたちに折角の楽しい山登りの思い出を嫌な思い出にさせたくなくて、泣きたくなるのを我慢して冷静に笑顔で対応したつもりだけど、ちゃんと出来ただろうか。振り返った子ども達が手を振ってきて、笑顔でそれに返す。そして親子が見えなくなったと同時に、作っていた笑顔が崩れ、我慢していた涙が溢れてくる。


「……こわかった」

「あのご家族に心配させないよう気丈に振る舞っていたんですね。よく頑張りましたね。」


落ちた瞬間もう駄目だと思った、まだやり残したこともあるのに死んでしまうんだと思った。だけど、安室さんがわたしを助けてくれた。彼の顔を見ると安心からか、益々涙が溢れ彼ははハンカチでわたしの涙を拭いながら、背中を優しくさすってくれていた。思わず彼の首に腕を回し抱きついて、子どものようにわんわんと泣いてしまった。彼もわたしの背中に手を回し、赤子をあやすかのようにぽんぽんと叩いて落ち着かせてくれた。


「ありがとうございます、もう落ち着きました。」

「本当に名前さんは強い女性ですね。……立てますか?」

「はい、ありがとうございます。」


差し出された手を掴み、立ち上がる。初めは腰が抜けていたせいもあって、ふらついてしまったけれど、しばらくすると支えがなくても歩けるようになった。一番危なかった場所は先程の道だけで、以降はまた舗装された道になり山麓まで問題なく下りることが出来た。一気に疲れがきたのか、近くにあったベンチに座っていると安室さんが缶を片手に隣へ座った。


「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます、ココア好きなんです。」


安室さんの手からココアを受け取り一口飲む。ほどよい甘さと温かさで、日が暮れ始め肌寒くなった今にはちょうど良かった。彼の方を見ると、どこか悲しげな笑みを浮かべながらわたしを見ていた。悲しげに見えるのは気のせい、だろうか。


「安室さん、どうかしたんですか?」

「何でもありません。」


そう言って笑った顔もいつもの笑顔とは何かが違う気がして、胸が騒つくのを感じた。何かあったのだろうか、心当たりを探すけれど何も思い浮かばなくて、無意識のうちに何か不味い事を言ってしまったのだろうか。それともさっき飲み物を買いに行った時に、仕事の電話でもあったのだろうか。彼の「何でもない」がそうとは思えなくて、追及したかったけれどそれ以上何も聞いてはいけない気がした。聞いたら離れていってしまいそうで、怖くて聞くことが出来なかった。家に帰る道中は、いつもと変わらない様子で、会話も普通にしてる事から次第にその違和感も忘れてしまっていた。


「安室さん今日は本当にありがとうございました!色々あったけれど、楽しかったです。」

「お礼を言うのは僕の方ですよ。名前さんと一日一緒に居れて幸せでした。それではおやすみなさい。」

「はい、おやすみなさい。」


安室さんのその一言が、その表情が、わたしを不安に駆り立てられた。まるでもう二度と会えない、そんな気がしてしまったから。






知らないふりは君の得意技