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振り返って、離さないで



子どもの頃好きだったアニメのオープニングに、「思考回路はショート寸前」という歌詞があるけれど、わたしは今まさにその状態だ。今朝安室さんに会ってからずっとふわふわしていて夢見心地だ。昨日のわたしはこんな事になるとは想像もしていなかった。目的に着くと想像以上に混雑しており、これは逸れたら合流するのが難しいと思い腕を掴んでもいいかと彼に聞いてみた。すると、彼の返答はわたしの要望を遥かに超えたものでたじろいでしまう。これじゃあまるで側から見たらカップルみたいじゃないか、そう思うと顔の熱がおさまる気配がない。


「名前さん見てください、ケーブルカーかリフトで途中まで登れるみたいです。」

「いいですね、乗りましょう!」

「ケーブルカーの方が混んでるので、リフトでいいですか?」


お土産屋さんの通りを抜けるとそこはもう山麓だった。安室さんが示した方を見ると乗り場の入り口が二つあり、小さな子ども連れの家族が多いせいかケーブルカーの方が混んでいた。高いのはあまり得意ではないけれど、わたしももういい大人だし子どもの頃みたいに怖がったりはしないだろう、そう思ってその提案に了承した。だけれど、いざリフトに乗り少しずつ登っていくにつれ背筋に悪寒が走るのを感じた。


「いい景色ですね、紅葉も綺麗ですし!」

「ええ、確かにいい景色ですね。」


しばらくすると安室さんは無邪気な笑顔で眼下に広がる山並みを指した。ちらっと見ると、綺麗な紅葉が広がっているのが見え感動したと同時に、地面から随分高いところにいるのが分かり徐々に気分が悪くなっていく。何処を見ても高さを実感してしまって焦点が定まらない。片方の手は手摺にぎゅっと掴まり、もう片方の手は膝の上で固く握りしめる。深呼吸をして気持ちを鎮めようとするけど、一旦芽生えた恐怖はなかなか消すことが出来なかった。


「……名前さん、もしかして高いの苦手でしたか?」

「大丈夫だと思ったんですけど、意外と怖くて。すみません、せっかく楽しんでるのに。」


そんなわたしの様子に気付いたのか、安室さんは心配そうに声を掛けてくれた。その優しさが嬉しくてだけど申し訳なくて気分がますます沈んでしまう。彼の前だと毎回格好の悪い所ばかり見られてしまう、本当わたしタイミングが悪い。


「いえ、僕こそ気付けなくてすみません。……そうだ、いい事思いつきました。」


悪戯っぽく笑ったかと思うと、膝の上で握っていた拳の上から彼の手が重なった。一瞬で顔にまた熱が集まり、心臓も先程の恐怖とは別に緊張でばくばくと音を立てていた。色んな感情がごちゃ混ぜになって何も考えられなくなってくる。一つだけ分かるのは彼の手から感じる温もりで気持ちが落ち着いてきてるということ。


「高さを意識してしまうから怖いんです。だから、僕だけを見ていて下さい。とっておきの話を聞かせてあげます。」


そう言われ周りを見ずに安室さんだけを見るようにしていると、高所にいる事を感じなくなったせいかだんだんと気分が良くなってきた。きっと彼の手の温もりと、つい笑ってしまう話をしてくれたお陰だろう。話しているといつのまにか着いたようで、ほっと一息ついた。リフトから降りる時も、先に降りて手を差し出してくれてスムーズに降りる事が出来た。一つ一つの彼の優しさが胸を暖かくしていき、惹かれていくのを感じる。


「安室さんのお陰で気分が楽になりました、ありがとうございます。」

「当たり前の事をしただけです。名前さんの新たな一面も見れて良かったですし。」

「わたし恥ずかしい一面しか見せていない気がしてきました……。」

「そうですか?僕は可愛らしいと思いましたよ。」

「……安室さん本当優しいんだから。」

「思った事を言っただけです。さあ、行きましょう!」


山登りというよりは山歩きに近いせいか、話しながらでも疲れることなく登ることが出来た。空気は澄んで美味しいし紅葉も綺麗で、その上安室さんが隣にいる休日は今までで一番幸せかもしれない。占いで言ってた運命の相手がもし安室さんだったら、少しでもわたしに可能性があるなら、頑張ってみようかとさえ思ってしまう程に日に日に彼に惹かれていく。しばらく歩いて行くと道が二つに別れており、人が混み合っていない方を選んだ。


「うわ、こんな階段があるとは思わなかったです。」

「ははは、上るのが結構大変そうですね。戻りますか?」

「せっかくだしこのまま行きます。いい運動になりそうですし!」


目の前には数百段はあるんじゃないかと思う程の長い階段が広がっていた。ここからでは階段の終わりが全く見えない。その長さに呆気にとられていると、気を使って安室さんは戻るか聞いてくれた。だけど、最近運動という運動もしていなかったからいい機会だと思って、そのまま進む事を伝えた。所詮ただの階段だし、多少疲れるとしても上りきれるだろうとそう甘く見ていた。


「名前さん、まだ1/4位ですよ。頑張りましょう!」

「はあ、はあ、安室さん何で元気なんですか?もう50段くらい上った気がするんですけど……」

「いつもランニングしてるからかもしれないです。」

「わたしもこれから毎日運動した方がいいですね……」


しばらく上っていくと甘く見ていた事に後悔した。よく考えれば分かることだ、普段運動という運動しないからこそ辛いんじゃないか。駅でも階段を使わずにエスカレーターを使っていたもんな、明日からは階段を使おう。足を止めて呼吸を整えていると、安室さんがわたしの所まで戻り励ましてくれた。息切れしてるわたしと違って彼はまだまだ余裕そうだ。深い深呼吸をしてまた上り始めるけれど、その足取りは重かった。すると、目の前に手が差し出され上を向くと安室さんが笑顔でわたしに手を差し伸べていた。


「僕の手を握ってください、引っ張っていくので少しは楽になると思いますよ!」

「……ありがとうございます。」


おずおずと差し出された彼の手を握ると、ぐいと引っ張られ自然と足もそれにつられて動き始める。手を引いてくれているけど、わたしの様子を見ながらスピードを合わせてくれていて、全然辛さを感じなかった。手汗かいてないかな、こんな事ならもっと手のケアをしとくんだった、そんな余計な事ばかり考えている徐々に階段の終わりが見えてきた。最後の一段を上り切ると達成感と爽快感で気持ちがすっきりしていた。


「やったー!上りきった!」

「お疲れ様です、最後まで頑張りましたね。」

「安室さんのおかげです!」

「名前さんが諦めなかったからですよ、僕はただ少し手助けしただけです。」


階段を上っている間は疲れるし大変だったけれど、いざ上り終えるとその甲斐があったと思える。どちらともなく繋いでいた手は離されていて、少しの残念さを感じながら山頂までの道を進んだ。最大の難関が先程の階段だったようで、後はひたすらなだらかな山道を歩き続けた。数十分歩いただろうか、目の前には一面の緑色の景色からから青色の景色に変わった。どうやらここが山頂のようだ、売店が所々に点在し家族や友人達と昼食を摂ってる人達が大勢いた。


「着きましたね!」

「ですね、あっち行ってみましょう!」


安室さんはわたしの手を取り、辺りを一望出来る展望スペースへと歩みを進めた。彼は特に何とも思っていないのだろうな、わたしは手を繋ぐだけでもこんなにドキドキしてしまうのに。前を歩く彼の背中を見ているとキュッと胸が締め付けられる。もしかしたら初めてかもしれないこんな気持ちは、近付きたいけれど近付くのが怖い。ただのお隣さん以上になりたいけれど、今のこの関係が壊れるのが怖い。そんな不安も眼下に広がる山並みを見たら吹き飛んでしまった。


「うわー、すごい綺麗ですね!」

「ええ、本当に綺麗ですね。名前さんと一緒にこの景色見れて良かったです。」


そう言った安室さんの笑顔はとてつもなくキラキラしていて、これはただの太陽の光のせいじゃないと思った。その言葉に例え深い意味はなくとも気持ちが高鳴るには充分だった。頭の中にも木霊するような心臓の音に、わたしを見る彼の視線にとろけてしまいそうだ。わたしが視線を反らすより先に彼は前を向き直り景色を眺めた。その姿にハッと意識を取り戻し、わたしも彼に倣った。何か言葉を発したくても、緊張からか上手く声に出すことが出来なかった。深く深呼吸をして今の気持ちを伝える。


「わたしも、安室さんと一緒にここまで来れて良かったです。」


恥ずかしくて安室さんの顔を見る事が出来ず、目の前に広がる紅葉を見ながら絞り出すように言った。すると、繋いだ手が先ほどより強くなったかと思えば、一旦手が離れ指と指が絡ませるように手を繋がれた。突然のことに驚いて彼の方を向くと、普段の余裕のある表情はなく、繋がれていない片方の手で口元を隠し、わたしの気のせいかもしないけどほのかに顔色が赤みがかっている気がした。初めてみた彼の表情にわたしはまたドキドキしてしまうのだった。








振り返って、離さないで