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指先で君の名前をなぞる



「名前さんとデートってどういう事だ?説明しろ、風見。」

「先日話しましたが、降谷さん覚えていないんですか?」


昼休みに寄った定食屋で料理を待っていると、丁度テレビで紅葉特集をしていた。そこでハイキングの話になり、風見が明日名前さんとデートで山登りするという事実が判明した。思わず飲んでいた水を吹き出しそうになるのを飲み込み、説明を促すもどれもが初耳だった。ハロの散歩に一緒に行っていた事も、名前さんの友人からとは言えデートに誘われたのも、聞いていなかった。実際は僕が三徹目の時に言っていたらしいが、仕事以外の話はどれも頭に入ていなかっただけな訳だが。何故隣人である僕より風見の方が仲良くなっているんだ、と思ったがどれも自分が蒔いた種だから何も言えなかった。彼女は僕の事がタイプと言っていたが、やはり「遠くの親戚より近くの他人」という諺があるようによく会う人に惹かれるのだろうか。


「風見は彼女の事が好きなのか?」

「好きかはまだ分かりませんが、久しぶりに女性とデートするのもいいかな、と。名字さんは話しやすいですし、可愛らしい方ですから。」

「……そうか。」


正直少しショックだった。あのポアロであった日に好意を示され、やはりそうなると意識はしてしまう。そして、あの夜の泣き顔を見ていたら守ってあげたい、もっと彼女の事を知りたいと思うようになった。思うだけで、行動は全く出来ていなかったけれど。注文した料理が出され、食べ始めたがあまり味はしなかった。本来なら美味しいはずが、ショックのせいか味覚が麻痺しているようだった。昼休みも終わり仕事に戻ると、スイッチが入ったせいかその事について考えずに済んだ。提出された捜査資料を確認していると、会議に出すには情報が足りず作り込みが甘かった。


「風見!この資料作ったのは君か?」

「はい、そうですが何か不手際でもありましたか?」

「ああ、ここの部分だがもう少し情報が欲しい。それと全体的に抽象的過ぎる、具体的に書かないと初見じゃ理解出来ない。」

「はい、失礼しました!すぐ作り直します!」


そこで頭の中にさーっと稲妻が走ったように、ある考えが閃いてしまった。楽しみにしている風見には悪いが、邪魔をさせてもらおう。確か此処にあったはず、デスクに積み重ねられた資料の束から目当ての物を探し出し、内容を確認する。本来であれば自分で調べようと思っていたものだが、捜査資料を再作成するにあたって、過去の事件を参照しに資料庫へ彼は行くだろう。一緒にこの案件についても調べてもらえば手間は省ける。


「風見、ついでにこの案件についても情報を調べてくれないか?」

「はい!……これだと今日中に終わらないので、提出は明後日でもいいでしょうか?」

「明日までに頼む。明後日の朝一に出さないといけないんだ。」

「ですが、明日は……」

「彼女の事は僕に任せろ。ほら、早くやらないと明日も1日潰れるぞ。」

「降谷さん、まさか……!?」

「なんだ?」

「いえ、何でもありません。よろしくお願いします。」


風見は何か察したように僕を見たが、有無を言わさない笑顔をしていると溜息一つこぼし了承した。さすが分かる部下だ、彼には今度夕飯でもご馳走しよう。問題が解決すると、仕事もいつも以上に捗るせいか早く片付いてしまった。時間を確認すると、まだお店も開いてる時間だ。明日のハイキング用の服でも買いに行こう。上がる前に風見に飲み物と軽食を差し入れすると、「降谷さん、明日頑張ってください。」と言われ何故か応援された。






翌朝いつものようにハロとジョギングをしていると、心なしかいつもより空気が澄んでいて美味しかった。家の近所までくると毎回思い出してしまう、ある日散歩しているとふと上を見上げたら丁度名前さんが空を眺めていてその姿に何故か視線が奪われていた。悲しそうな、落ち込んだような顔で空を見てる姿に胸が締め付けられるのを感じた。目が合った後のあのはにかんだ笑顔も忘れられない。あれ以来、また見れないかとつい名前さんの部屋を見てしまう。今日もカーテンは閉められたままだったから、まだ寝ているのだろう。散歩から戻り朝食を簡単に作って食べていると、しばらく味があまり感じなかったのが嘘のように美味しく感じられた。朝食を食べ終えた後、身支度を整え終えていると約束の時間まで10分を切っていた。風見によると、8時に名前さんの家まで迎えに行くと伝えていたそうだ。時間になり、彼女の家のインターホンを鳴らすと驚いた表情をしながらドアを開けてくれた。


「あの、安室さんどうしたんですか?」

「風見が急用出来てしまったみたいで、僕が代わりに来ました。」

「そうなんですか?それなら他の日に変更したのに。」

「風見の方が良かったですか?」


表情からはどういう意味で言ったのか窺い知れないが、文字通り受け取るのなら風見と行きたかったというように思え、己の身勝手さに後悔してしまった。やはり何回も会ううちに、僕よりも風見との方が仲良くなっていたのだろうか。


「あ、いやそういう意味で言ったのではなくて!何か安室さんにまで気を使わせちゃったかなって。」

「そんな事ないですよ!行く場所とかも聞いてますし、久しぶりに僕も行きたかったですし。ほら、準備万端でしょう?」

「確かにそうですね。それじゃあ、今日一日よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」


彼女は慌てたようにフォローし、申し訳なさそうな顔で僕を見た。そう言えば今日のこのデートも彼女の友人が言い出した事らしいから、気にしているのだろう。今までの会話から推測すると、いつも周りの人達に気遣っているのだろう。僕自身が行きたかったという事を伝えると、嬉しそうに笑い心がほっとするのを感じた。






目的地に向かう車内も話題が途切れる事なく楽しい時間を過ごした。彼女は笑い上戸なのか、僕の話を楽しそうに聞いてくれ話していてとても気持ちよかった。何より一番の収穫だったのが、風見を誘った理由だ。まさか理由が占いだったなんて、想像もしていなくてつい可愛らしいなあと思い笑ってしまった。そう思ったら、ポアロで所々聞こえたワードの内容にも納得がいく。
目的地に着くと、紅葉シーズンのせいか昼前にも関わらず賑わっていった。駐車場に車を停め、山麓を目指して歩いて行くと両脇にはお土産屋さんが軒を連ねていた。


「平日でも結構人がいるんですね。」

「ですね、最近海外からの観光客も多いらしいですからね。はぐれないように、僕の側から離れないで下さいね。」

「はい、あの腕掴んでてもいいですか?人が多いから見失っちゃいそうで。」

「勿論!なんなら腕でも組みませんか?」

「畏れ多くて腕掴むだけで精一杯です!」

「そんな畏れ多いって……僕も名前さんと同じ人間ですよ?」


僕の提案に彼女は手を振って否定し、距離を作った彼女の腕を取って、腕を組ませた。彼女の顔は目の前に広がる山の紅葉のように紅く染まり始め、気持ちが満たされ思わず笑みが溢れてしまう。彼女の会話の節々に僕を過大評価している節があって、今日はそれを崩して少しでも距離を詰めてやる。








指先で君の名前をなぞる