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弱音の泡に押しつぶされそう



悪夢を見た。内容はもう忘れてしまったけれど、本当に嫌な夢で飛び起きてしまった。背筋がぞくりとして、背中を触ると冷や汗をかいていた。タオルでそれを拭き取り、携帯で時間を見るとまだ朝の5時で起きるには早過ぎる時間だった。もう一度眠ろうとするけど、目が冴えて眠ることが出来なかった。この嫌な気持ちも朝の澄んだ空気を吸えば少しはマシになるだろうか、と思い窓を開ける。すうっと深呼吸をすると気持ちは幾分か落ち着いてきた。空も徐々に明るくなってきて、朝焼けがとっても綺麗だった。窓を閉めようとすると、安室さんとハロちゃんが散歩をしているのが視界に入った。ジャージ姿も似合うなあ、朝から彼の姿を見れるなんて1日の始まりとしては最高だ。しばらく見ていると、視線に気付いたのか彼は此方を見て手を振った。これは私に手を振っているのだろうか、自信もなかったので小さく手を振り返した。うわ、もっと可愛らしいパジャマ着ておけば良かった。




1日の始まりは良かったものの、それからは朝に運を使ってしまったせいか、ついてない事ばかりが立て続けに起きた。一番精神的にきたのは、苦手な先輩に怒られた事だ。自分に非があるなら、次から気を付けようと思うけれど、今回はそうではなかった。他の先輩に教えてもらった通りにやっていると、やり方が違うと怒鳴られた。そこから、一日中嫌味のオンパレードだった。後で、教えてもらった先輩にフォロー出来なくてごめんねと謝られたけど、だったら最初から助けてくれよと言いたかった。その言葉は飲み込んで、笑顔で受け答えしたけれどちゃんと応えられただろうか。なんとか仕事を終えて、駅から歩いて帰っていると一日我慢していたものが溢れてきてしまった。私ももう大人なのに、泣きながら歩くなんてと頭では分かっているけれど涙は勝手にでてきてしまう。この時間帯はあまり人通りがないから、他人に見られる心配がないのは良かった。


「名前さん?」

「あ、安室さん!?」


横で犬を散歩している人がすれ違い、その人物は立ち止まって振り返り私に声をかけた。誰かと思って俯いてた顔を上げると、そこには安室さんとハロちゃんがいた。普段だったら会えて嬉しいけれど、今このタイミングで会いたくなかった。


「何かあったんですか?これで涙拭いてください。」


こんな酷い顔見られたくはない。急いで袖口で涙を拭いていたら、彼は私にハンカチを差し出した。女の私より女子力がある。お礼を言って、ハンカチを借りる。本当に今日はとことんついてない。嗚咽が止まらない私を彼は私が落ち着くまで優しく背中を撫でてくれた。すると不思議な事に、気分が和らいできて呼吸も上手く出来るようになってきた。一度深呼吸をして、安室さんにお礼を言う。


「ありがとうございます、大分落ち着きました。お恥ずかしい所を見せてしまってすみません。ちょっと会社で色々あって。」

「気にしないでください。そうだ、僕で良ければ話聞きますよ。」

「安室さん優しいですね、でもその気持ちだけで十分です。」

「僕じゃ……頼りになりませんか?」


これ以上醜態を晒すわけにはと、今出来うる限りの自然な笑顔でそう言ったものの予想外の返事で困ってしまった。あの爽やかさは何処へ行ったのか、捨てられた子犬のような目で私を見てくるので、断れなくなってしまう。ハロちゃんも雰囲気で察したのか、同じ表情をしている。全く飼い主に似るというのはこういう事かもしれない。二人のその視線に耐えきれず、私は今日あった事を安室さんに話した。彼は何も言わず最後まで話を聞いてくれて、時折思い出して泣きそうになる私を背中を撫でて慰めてくれたいた。自分が思っていた以上にダメージを負っていたみたいだ。





「……そんな事があったんですね。人によってやり方は違うかもしれないですけど、新人さんに教える事は統一して欲しいですよね。」

「はい、ただの注意ならまだ良かったんですけど、それで何故存在否定までされなきゃいけないのかなって思ったら泣けてきちゃって。こんなんで泣いてちゃ駄目ですね。」

「そんな事ないですよ、辛い時は泣いていいんです。泣けなくなると、どんどん心の痛みに鈍感になっていきますからね。」


そう話した彼の顔はどこか寂しげな様子で、見てる私の方まできゅっと胸が苦しくなった。なんとなくその言葉は彼自身に向けられているようだった。彼の事を知りたいと思うと同時に、これ以上深入りしてはいけない気もしてしまって何も言葉を返せずにいた。そのまま私達は何も話さず家まで一緒に歩いていたけれど、不思議と気まづさはなかった。いつも他人といると無言が怖くて、どうでもいい事ばかり話してしまうけれど、彼との無言は悪いものではなかった。


「話を聞いてくれてありがとうございました。大分スッキリしました!」

「それは良かったです。そういえば、晩御飯はまだですよね?」

「はい、これから適当に作ろうかなって。」

「ちょっと待っててくださいね。」


自宅の前に着くと、彼は思い出したようにそう言って自宅へ何かを取りに行った。数分ほどその場で待っていると、彼は鍋を持って出てきた。私がそれを見て驚いていると、恥ずかしそうにはにかんで安室さんは言った。


「すみせません、今全部タッパー使っててなくて。このまま温めた方がいいかと思って、そのまま持って来ちゃいました。これ、今日作り過ぎちゃったので良ければ夕飯に食べてください。」

「え、いいんですか?助かります。」

「ロールキャベツなんですけど、結構自信作なんです。」

「食べるのが楽しみです!今日ついてないな、とか思ってたんですけど安室さんのおかげでいい日になりました。」

「ははは、名前さんにそう言っていただけるなんで光栄です。」



もう一度お礼を言って、安室さんと別れた。ドアを締めて一人になった瞬間、一気にさっきまでの事を思い出して思わずにやけてしまう。私も単純だな、あんなに仕事で凹んでいたのに安室さんと話していると元気になってしまう。いや、彼が元気付けてくれたからか。コンロの上に鍋を置き温めていると、美味しそうな香りが漂ってくる。あの喫茶店で食べたハムサンドも今まで食べた中で一番美味しかったし、きっとこのロールキャベツも美味しいのだろう。優しくて、動物好きで、かっこよくて、部下に尊敬されてる、その上料理上手なんて、彼に欠点はないのだろうか。同じ人間とは思えないほどの完璧さだ。


「ん、美味しいー!!」


副菜を軽く用意して、夕飯を食べる。さすが自信作と言っていただけにとても美味しい。一人暮らしを始めてから、自炊ばかりしていたせいか久しぶりの他人の手料理に感動してしまう。夜はあまり食べないようにしていたけれど、食が進みペロっと全部食べてしまった。安室さんには貰ってばかりだから、次会った時にでも何かお返しをしたいな。今度おすそ分けにおかずを持って行こうかと思ったけれど、今日のロールキャベツを食べてみて、料理上手な人に家族にしか振る舞った事のない自分の手料理は気が引けてしまう。それならば、スイーツ系はどうだろう。毎日忙しそうだし、疲れた時は甘いものがいいと聞くし。携帯で色んなスイーツのレシピを見てると、楽しくて誰かの事を想って考えるのもいいなあとしみじみ思った。





弱音の泡に押しつぶされそう