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それでも君が好き



ただの偶然ではない意識的に避けられてるんだ、と確信したのは昨日の事。それまでは偶々会わなかった日が続いてるんだと自分に言い聞かせていた。昨晩安室さんに会った時のあの態度で、その願いが脆くも崩れ去ってしまったのだけれど。視線も合わさず、不自然に会話を切り上げられ、避けるように去っていく姿を見たら引き止める事が出来なかった。家に戻った後も未だに避けられたショックで何も手がつかなかった。あの優しい彼があそこまで避けるのには、よっぽどな理由があるのだろう。あんなにも楽しい時間を幸せな時間をくれた彼に、辛い時に元気付けてくれた彼に、私は一体何をしてしまったのだろうか。頭がぐちゃぐちゃになってしまって、思わず携帯を手に取り風見さんに電話を掛けてしまった。話しているうちにまた悲しくなってきてしまって思わず泣いてしまった。いい大人が泣くなんて、他人に迷惑かけるなんてって思ったけれど、涙は止まってはくれなかった。だけど、話をしているうちに段々冷静になってきて、風見さんの一言でもう一度彼と向き合ってみようと思う事が出来た。


『安室さんは人に頼るのが苦手な人です。例えば、彼が何か大きな物を背負っていたとしても決して言わず、一人で抱えるんです。だから私には彼の考えている事が分からない。』


もう少し私にも頼って欲しいのですが。そう呟いた風見さんの声は悔しそうで、彼も安室さんの事を大切に思っているんだなあと感じた。おかげでこれからどうすればいいか、自分がどうしたいかがはっきりしたから彼には感謝してもしきれない。その晩は気持ちに整理がついたせいか、久しぶりに熟睡することが出来た。



翌日仕事を終え自宅に帰ったのが22時過ぎだった。夕飯を食べていると携帯の通知音が鳴り、メッセージを確認するとそれは風見さんからだった。内容は安室さんが会社を出たから今日話してみてはどうか、というものだった。急いで夕飯を食べ終え、確実に安室さんと会うために彼の家の前で待つことにした。30分経っただろうか、未だに帰ってくる気配がない。そういえば私は彼が働いてる職場の場所を知らないから、どれ位時間がかかるか検討もつかないんだった。あの喫茶店とは別の職場だろうし。待っているうちにだんだん眠くなってきて、しゃがみ込んで膝に顔を埋めた。いつの間にか眠ってしまったらしく、近付いてくる足音で目が覚めパッと顔を上げる。そこには驚いたような表情の安室さんがいた。声をかけるも相変わらず目を合わせてはくれなくて、話もすぐ切り上げようとしてきた。めげそうになるけれど、今日こそはちゃんと聞かなきゃと引き下がる事はしなかった。結果私のせいではないという事が分かって安心したのも束の間、今までにない寂しそうな、辛そうな表情をしていて、このまま彼を放って置くことが出来なかった。


「……僕の負けです。外は冷えますし、中で話しましょう。」


私のその想いが通じたのか、彼は困ったように笑い、そう言った。その表情を見てホッと安堵したと同時に、一歩彼に近付けた気がした。初めて入る安室さんの家は生活感が全くなくて、ただ寝に帰るだけの場所という感じがした。ただ単に物が少ない方が好きなのか、それとも忙しさからそうなったのだろうか。彼が部屋の明かりを点けると、部屋の奥から何かが此方へ向かってくる足音が聞こえた。


「ハロちゃん!久しぶり、相変わらず可愛いねえ。」

「アン!」

「名前さん、紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」

「紅茶でお願いします。」

「分かりました。」


最後にハロちゃんに会ったのはいつだっただろうか。久しぶりの再会だというのに、私の事を覚えていてくれたようで尻尾を振って飛びついてきてくれた。ハロちゃんと戯れている私を横目に、彼は甘い香りのする紅茶を淹れていた。その立ち姿に視線が奪われてしまう。私の視線に気付いたのか、振り返り目が合うと彼は困ったように眉を下げ笑った。


「どうぞ。」

「ありがとうございます。」

「……」

「……」


彼に促され部屋に入ったものの、何から話を切り出せばいいか分からず、目の前に差し出された紅茶を見つめる。初めから本題に入るのもあれだし、何か雑談から、と思ったもののこの気まづい雰囲気の中話せる話題が思いつかなかった。彼も同じなのか、話す気配はない。もの憂い沈黙が室内を覆う。ハロちゃんはそんな雰囲気もお構いなしに戯れてきて、無邪気なその姿に思わず笑みが溢れる。


「名前さん、」

「……はい。」

「まず初めに何も言わず避けてしまい、すみませんでした。名前さんがそんなに悩まれるなんて思ってもいなくて。嫌いになったとか、何かがあったとかではないので安心してください。」

「……嫌いになった訳じゃないんですね、良かったです。」

「嫌いになれるはずがないじゃないですか!」


沈黙を破ったのは安室さんで、真っ直ぐに私を見つめながら話し始めた。嫌われてしまったのかと思っていたから、そうではない事が分かり胸を撫で下ろす。そんな私を見て彼は慌てたように反応した。その反応に驚いていると彼自身も想像以上の声を出してしまったせいか恥ずかしそうに笑い、釣られて私もくすくすと笑ってしまう。


「あの、もし話したくないのなら、無理にとは言わないですけど一体何があったんですか?」


安室さんは俯きかけた顔をバッと上げわたしを見ると、言うか言わまいか悩んでいるようだった。膝の上で座っていたハロちゃんは何か察したのか、膝の上から降り彼の元へ行きすりすりと身を寄せた。それに気付いた安室さんは優しく微笑み、ハロちゃんを撫でていた。きっとハロちゃんは元気付けているのだろう。彼は視線をハロちゃんからわたしに移し、意を決したように話し始めた。


「あの日名前さんが崖から落ちた時に、あなたを失ってしまうんじゃないかと怖くなったんです。僕といる事で名前さんに危険な目に遭ってしまったら、と思うと距離を置くべきなんじゃないか、って思ったんです。」


視線がどんどん下へ下がり、切なそうな表情に変わっていき、見ていて胸が苦しくなっていく。彼は一体何を抱えているのだろうか。彼はどれ程悩んでいたのだろうか。今回の事に限らず、今までも同じように悩みを抱えていたのだろうか。テーブルに置かれた彼の手を、あの日安室さんがしてくれた様に上からぎゅっと握る。ぱっと彼は顔を上げ、ぎこちない笑顔を作った。


「僕の周りにいた大切な人達がいなくなっていき、名前さんまで失ったらと思うと僕は、」

「私の事を考えてくれていたんですね。」

「はい。」


彼が避けていた理由が私の為だったなんて、想像もしていなかった。沈痛な面持ちでそう言う彼は、きっと私が想像も出来ない出来事が襲ったのかもしれない。それがあったからこそ全てを一人で抱えるようになったのだろうか。実際に彼に何が起きたかは分からないし、分かったとしても彼の気持ちは分からないかもしれない。でも理解する事は出来るから、話を聞くことは出来るから、出来ることは全てしたいと思うから、今の気持ちを伝えてみることに決めた。


「私は安室さんにもう少し自分の気持ちを大切にして欲しいです。いつも完璧じゃなくていいんです、困ったり辛かったり、苦しかったりしたら一人で抱え込まないで、頼ってください。私じゃ頼りにならないかもしれないですけど、私以外にも安室さんを気に掛けてる人は沢山いるんですから。失った人達は取り戻す事は出来ないけれど、今いる人達を遠ざけなくてもいいじゃないですか。」

「遠ざける、か。確かに僕は一定の線引きをしていたかもしれません。」


そう言って困ったように笑う安室さんは弱々しくて、抱き締めたい衝動に駆られてしまう。このままだと、また離れていかれそうで、いなくなってしまいそうで。


「………安室さん、ハグしてもいいですか。」

「え、」

「あ、いや、急に変な事を言ってすみません!なんかすごく抱き締めたくなってしまって、」

「ははは、じゃあお願いします。」


安室さんは私の方へ身体を向き直し、笑いながら手を広げた。自分で言ったもののいざハグするとなると、緊張してしまう。おずおずと彼の元へ行き、彼の背中に腕を回すとギュッと引き寄せられ、抱き締めるはずが抱き締められてしまった。彼の胸に顔を埋める状態になり、肺いっぱいに彼の香りで満たされる。私だけがドキドキしているかと思っていたけれど、彼の鼓動も私と同じようにドキドキと音を立てていた。その音がダイレクトに耳に響いて、彼も同じ気持ちなのだろうかと少し期待をしてしまう。


「名前さん」

「なんですか?」

「ありがとうございます。」


耳元で私の名前を呼ばれドキッとする。顔を見る事が出来ないから、彼の表情が感情が窺い知れない。何かと聞けば、暖かい声音で感謝され、私が取った行動は彼にとって間違いではなかったのだと安堵する。片手を彼の背中から外し、彼の頭を頭を撫でるとくすくすと笑いながら、より一層強く抱き締められた。今この瞬間もとめどなく愛しさが募りこの人を支えたいと強く思った。




それでも君が好き