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弱虫サイダー        




何処からかわたしの名前を呼ぶ声がした。誰なの?そう尋ねても返事が返ってくる事はなかった。ただ、ずっとわたしの名前を呼び続けているだけ。辺りを見回しても、誰もおらず、寧ろ 何もないただの闇しかなかった。五感を刺激するのはわたしの名前を呼び続けるその“声”だけだった。それもその声は一人だけじゃなく、沢山いるようだった。老若男女様々な声たちがわたしの“名前”を呼び続けていた。






今日もまた変な夢を見た。ここ数日わたしに何かを訴えかけているような夢ばかりを見る。これも元の世界に戻る為のヒントなのだろうか。戻りたくない、そう無意識に思った自分に身震いをする。この世界が楽しくても、みんなの事が大好きでも、この世界はわたしの居るべき世界ではないから。もう逃げないって決めたのだから。洗面所へ向かい、冷水で顔を洗うと段々と目が覚めてきた。そのままぱしっと両頬をたたき気を引き締める。


「今までの自分にさよならしなきゃ」


そう鏡の自分に告げると、鏡の自分もにこっと笑った。ここ最近見ている夢の事もあり、決心した事がある。それはわたしの状況をみんなに伝えるという事。きっと仲のいいセブやリリー 、悪戯仕掛人達はわたしに疑問を抱いている。そう感じる言動が時折あるのだ。未来の事を伝える事さえしなければ、そこまで歴史に干渉はしないはずだ。みんなが大好きだからこそ、このまま隠しておく訳にはいかない。というのは建前で、本当はこの事実を自分一人で抱えるのが辛くなっただけ。唯一秘密を共有しているダンブルドア先生は忙しいせいもあり、全然話す事が出来ていないし。今までは何でも一人で抱え込んでいたけれど、ここに来てみんな優しくしてくれるから、みんなの優しさに甘えてしまうようになったようだ。





「遅れてごめんね、待った?」

「いや、僕も今来たところだから気にするな。」


なんだかんだセブとホグズミードに行くのは初めてだから、気合を入れてしまった。いつも以上にメイクに拘ったり、髪もリリーに巻いてもらった。今まで誰かの為にお洒落をするっていう事がなかったからすごく新鮮だった。セブは気付いてくれるだろうか。ちらりとセブへ視線を送ると、どこかいつもと雰囲気が違っていた 。もしかして彼もわたしの為にお洒落してきてくれたのだろうか。


「今日のセブいつもよりかっこいいね、」

「......ありがとう。後輩のやつが髪をセットしてくれたんだ。」

「後輩?」

「ああ、ブラックの弟だ。弟の方はいいやつなんだ。あー、そのFirst nameもか......か ......可愛いな。」

「あ、ありがとう!」


これだけの会話で情報量が多過ぎて、感情が大渋滞している。照れたように笑うセブも、その髪をセットしたのがレギュラスだって事も、恥ずかしそうに褒めてくれた事も、もう叫んでしまいたい位に感動している。そんな醜態見せれないから、努めて冷静でいるのだけれど。


「それじゃあ、行くか。」

「......!!」


そう言ってセブはわたしの手を取り歩き出した 。まるで少女漫画のような展開に驚いて彼の方を向くと、いつもと変わらないポーカーフェイスだった。わたしだけがドキドキしてるのだろうか、そう思っていると彼の耳は真っ赤に染まっていて、同じ気持ちなのかなと嬉しく思った 。ああ、もう気持ちが抑えられなくなっちゃうじゃんか。いつかはこの世界からいなくなってしまうのに。だけど、それでも。


「なんかこういうのいいね。」

「......ああ、悪くない。」

「こういう時くらい素直になってくれてもいいのに。」

「......うるさい。」


同じホグズミードなのに、リリー達と行った時と雰囲気が違うように感じるのは何でだろう。どちらも楽しい事には変わらないんだけど、どうも胸がくすぐったくなるような楽しさだった 。普段セブが行かなさそうなお店も嫌な顔しないで、いや普通に嫌な顔してたけど一緒に来てくれたり、本当に幸せな時間だった。幸せと思えば思うほど、きゅっと胸が苦しくなる。この世界の住人ではないわたしは、いずれ元の世界に帰るのだ。この楽しい日々も永遠に続くわけじゃないから。


「それでだな……First name?」

「……」

「おい、First name気分悪いのか?さっきからたまに上の空だが……」

「ううん、ただ考え事してただけ。」

「嘘つくな。僕を誰だと思ってるんだ。」

「……」


本当に最近の自分には呆れてしまう。今まで得意だったポーカーフェイスが今では嘘のように 、出来なくなっている。感情が顔に出るようになってしまった。だけれど、正直その表情の変化に気付いてくれたのも心配してくれているのも嬉しいのは事実だ。もしかすると、今が話すタイミングなのかもしれない。


「あの、さ、話したい事があるんだけど、何処かお店入らない?」

「三本の箒でいいか?」

「うん」




三本の箒に着くまでで二人の間に会話はなかった。わたしの緊張が伝わったのだろうか。どう話せばいんだろう、信じてくれるだろうか、今までと同じように接してくれるだろうか、そんな事ばかりぐるぐると頭の中に回っていた。セブは何を考えているのだろう、そう思って彼の方を見てみるけど感情は読み取れなかった。少し不安になったけれど、それは彼も同じだろう 。急に真剣な顔で話があるなんて言ってしまったから。ぎゅっと繋がれた彼の手を握れば、握り返してくれて少し気持ちが落ち着いた。




「それで、話ってなんだ?」

「......話が突拍子もなくて信じてもらえないかもしれない。」

「僕がFirst nameの話を信じない訳がないだろう?」

「......嬉しい事言ってくれるじゃんか。」


早速話始めようとしたら、店員の「バタービール2つお待たせ致しました〜」という暢気な声に遮られ、出鼻を挫かれてしまった。そういえば注文していたんだった。


「取り敢えず乾杯でもするか。」

「そうだね、二人の初デート記念に?」

「なっ!?で、で......」

「......冗談だよ。」


調子に乗りすぎてしまったようだ。別に困らせたい訳じゃないから、冗談だと誤魔化してみるけど正直ちょっとショックだった。


「冗談にしなくていい。いや、冗談にしてもらったら困る、か。」

「セブ......」

「ふ、二人の初デート記念に、」

「「乾杯」」


これ以上ないって位に彼の顔は真っ赤だった。かというわたしも、めちゃくちゃ顔に熱が集まってるから、彼と同じ位顔が赤いのだと思う。カチャン、とジョッキを音を立て乾杯し、ぐびっと飲む。初めてバタービール飲んだ時は、想像よりも苦くてびっくりしたんだっけな。飲んでいると何故か、ここで過ごした日々が走馬灯のように頭に映像として流れる。ここ最近自分の身に起きた事を考えると、まるで本能がもうすぐ自分の世界へ還ることを悟っているようだった。それならば、尚更早く話さなきゃ。


「それで話って言うのが......本題から言うと、わたしはこの世界の人間じゃないんだ」











 (ここで、にげちゃ、だめ)



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