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堕ちていく。音もなく。   



どんなに綺麗な女とキスしても、どんなに甘ったるい愛を囁き合っていても、どんなに身体をひとつに重ね合わせても、何ひとつ心が満たされることはなかった。First nameと一緒にいるだけで、側で笑いあってるだけでも十分心は満たされていたのに。それだけ俺は彼女に惚れ込んでいたということか。このままなのはいけないのは分かってるつもりだ。でもそれしか自分を保つ方法を知らない。かつて俺が"俺らしく"ある為にそうしていたように。


「シリウスくん」


俺の名前を呼ぶ声がしてハッとして振り返る。だけど俺を呼んだのは、期待していた人物じゃなかった。振り返るとそこには同じ寮の2コ上の先輩が微笑みながら手を振って駆け寄ってきていた。綺麗なブロンド髪で顔もプロポーションも文句ナシ。寮のマドンナ的存在の先輩だ。昨日告白されてOKした。なのに俺はこの先輩の名前すら知らない。聞いたはずなのに全部耳を通り抜けていってしまって、全く何も覚えていない。俺は笑顔を作り曖昧に返事を返したが 、俺の気持ちを知ってから知らずか先輩は悲しそうに笑った。


「やっぱりあの子と何かあったのね。」

「はあ?」

「あの転入生の子。シリウスくん、あの子のことずっと見てたじゃない。」

「そんなこと……」

「私、ずっとシリウスくんのこと好きだったから分かるの。見てたら、分かるよ」


そう言って悲しそうに笑う先輩を見てズキッと胸が痛んだ。返す言葉がなく先輩から視線を反らすと、先輩は俺の方へ近寄り手を取った。その手はとても暖かくて視線を彼女に戻すと、目に涙を溜め泣かないように堪えているようだった。すうと息を深く吸い込み彼女は意を決した表情で俺を見た。それは今の俺にはとても眩しくて、自分自身が恥ずかしくなるような真っ直ぐした表情だった。


「少しでもシリウスくんの側にいれて嬉しかった。私はあなたの事が好きだから、後悔して欲しくないの。」


俺はどうやら遊ぶ女を間違えたようだ。こんなに真っ直ぐで優しい人を考えなしに付き合ってしまったなんて。彼女のその真っ直ぐな瞳にズキズキと胸が痛む。先輩はこんなにも気持ちをぶつけてくれているのに、俺は逃げてばかりだ 。First nameに勝手に俺の気持ちを押し付けて、話し合いをする事もなく逃げた。もしあの時きちんとFirst nameと向き合っていたのなら何か結果は違ったのだろうか。ジェームズ達にだってそうだ、心配して気にかけてくれているのに拒絶した。俺は昔から何一つ変わっていないようだ。結局俺自身も自分が嫌っている奴等と変わらないじゃないか。俺の家柄と顔だけしか見ていない奴等と同じように、目先の物しか見ていなかったんじゃないのか。俺の心の中に溜まっていた重い黒い何かが溶けていった気がした。そうだよな、このまま昔と変わらない生活に戻っちゃ駄目だ。握られた手を握り返し先輩と向き合った。


「先輩、ごめん。俺、やっぱりあいつが好きだ。」

「いいの、知ってたもの。上手くいくよう祈ってる。」

「ありがとう。先輩も絶対俺と比べられない位イイ男捕まえろよな!」


そして先輩に背を向け勢いよく走り出した。先輩の一言で自分の気持ちに向き合う事が出来た気がする。そしてこれからどうすべきかも。まずFirst nameと会って話さないといけない。きっと優しい彼女の事だ自分の事を責めてるに違いない、ただの俺の我儘だっただけなのに。日頃の行動でそれ本気と捉えてもらえないのは自業自得だ。きちんと謝りたい、そしてまた前みたいに一緒に過ごして笑い合いたい。だけど受け入れてもらえるだろうか?ただでさえ初めは俺に苦手意識を持っていたのに、近づいた距離もリセットされてしまわないだろうか。そんな事を考えた瞬間、急ぐ足が止まる。空を見れば今にも雨が降り出しそうな曇り空。


「シリウスくん」


陰鬱な空模様を見て気分が沈み始めた時、背後から俺の名前を呼ぶ声がした。その声は聞き慣れた声で、とても心地よくて、俺の名前が呼ばれるだけでも胸がドキドキと高鳴ってしまう。後ろを振り返り視線を空から声のした方へ向ける。振り向くとそこには会いに行こうとしていた人物がいた。こんな偶然はあるものなのか?探していた時にやってくる。嬉しい偶然に胸が高鳴ると同時に、不安が毒のように全身に回っていく。


「First name」


その不安が心の中を満たし、足が向きを変えようとする。頭では逃げちゃ駄目だと言っているのに、身体は逃げようとしている。逃げるな、俺。このままだと何も変わらないんだぞ。そう気を取り直して、First nameと視線を合わせた。






ちていく。もなく。
(消えたのはむかしのおれ)



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