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涙の海にて溺死する     




元の世界にいた頃、わたしは早起きだった。平日はいつも6時には起きていたし、休日だって疲れてさえいなければ7時には起きていた。それが災いしたんだ、早起きは三文の徳って言うけどそれは絶対嘘だ。わたしは今までに体験したことのない状況に陥っている。談話室のソファに座って読書をしていると、男子寮からイケメンな先輩が降りてきて沢山ソファがあるにも関わらず、何故かわたしの隣に腰掛けた。その 上困ったことに、その名前の知らないイケメンな先輩は自然な流れでわたしの肩に腕を回した 。突然の出来事に思わずページを捲る手が止まる、助けを求めようと周りを見たけれど私たち以外誰にも談話室にはいなかった。それもそのはず、休日にこんな早起きする生徒はなかなか いないだろう。全く、この距離感どうしたものか。


「First nameちゃんだっけ?ハロウィンで男装したっていう。」

「そうですけど、それが何か?」


本を目の前のテーブルに置き、先輩から少し離れる。すると、先輩も続くようにわたしの肩に腕を回したまま距離を詰めてきた。先輩の目を見まいと、横を向かずに前方の絵画を凝視しながら返事をする。そんなのお構い無しに楽しそうに先輩は会話を続けた。


「俺見たよ、すっげーイケメン!」

「ありがとうございます、でも先輩には負けますよ。」


また先輩から少し離れて座り直す、だけれど先輩もそれに続くから一向に距離が離れることはなかった。立ち上がろうともしたけど、回されている腕に力が入れられてるのか立ち上がることも出来ず、ただそのまま座っている事しか出 来なかった。無視するのも良くないかと思い、棒読みで褒め言葉を言ったけれど、嬉しかったのか照れながら「いやいや、そんなことないよ 」と笑っていた。気のせいだろうか、だんだん距離が近付いてる気がする。しつこくない香水の薫りが鼻をくすぐる。


「ねぇ、そろそろこっちを向いてくれてもいいんじゃない?」

「嫌です。」

「そんなこと言わないでさー。」


先輩から離れようとするも、もうソファの端まで来てしまったようで、それ以上は動けなかった。どうしよう、これは万事休すだ。どうしようかと、あれこれ試行錯誤脳内イメージをしていたら急に顎を持ち上げられ、先輩の方へ顔を向けさせられた。あ、すごいイケメン。


「へえ、思った以上に可愛いんだ。」

「……っ!離してくださっ……」

「キスしたくなるね。」

「……!」


目の前には、全てのパーツが整っていて申し分ないイケメンの先輩の顔。いくらカッコよくたって、ファーストキスが好きでもない人なんて絶対に嫌だ。しかも、何人いや何十人の子としてきたであろう人となんて尚更だ。偏見ではなく、実際この先輩が色んな女の子とイチャイチャしている所を見たことがあった。どうしよう 、嫌だ、怖い、だけど身体が動かない。わたしの中に黒い塊が積もってゆく。


「先輩、First nameに手を出さないでくれます?」

「……生意気な後輩。あーあ、邪魔が入ったから萎えちゃった。またね、First nameちゃん。」


もうダメだとギュッと目を瞑ると、何処からか聞き慣れた声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、そこにはシリウスくんが真剣な表情でわたしと先輩の間を手で遮っていた。先輩は諦めたように笑い、わたしから手を離し去っていった 。安心からか泣きたくもないのにボロボロと涙が溢れてきて、どうやらわたしは自分が思っていた以上に恐怖を感じていたみたいだ。


「怖かっただろ、もう大丈夫だから。」


そう言ってシリウスくんは隣に座り、幼子をあやすかのように背中をさすってくれた。その姿はまるでピンチの時に駆けつけてくれるヒーローみたいだった。そのヒーローも今の先輩と負けないくらいの女たらしなんだけど、今はそんなの関係なかった。私を撫でるその手は、見つめる目は、とても優しくて、暖かくて思わず抱きついて泣いてしまった。






涙の海にて溺死する
(助けてくれたの、わたしを)






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