瞼を開け、部屋にある窓を見てみると外はまだ真っ暗だった。サイドテーブルに置いてある時計に手を伸ばし時刻を確かめると、短針が5の数字を指していた。体を起こし、洗面所へ向かい顔を洗う。鏡を見ると、何かいつもと違う気がした。そうか、首輪がないんだ。そっと、首もとを触れる笑みがこぼれた。こんな日が来るとは思ってなかったから。服を着替えてから、静かに部屋を出る。足音を立てずに、外に繋がるドアに向かう。窓から空が見えたがら、今は海上にいるのだろう。それなら、ドアを開けても平気だよね。
「うわあ」
ドアを開け甲板に出ると、太陽が顔を出し始めていた。空と海が淡いオレンジ色に染まっていく。わたしはその光景に目を奪われてしまった。
「朝が早いな」
「!」
朝日に見とれていたせいか人の気配を感じなかった。びっくりして、振り返ると笑いながら此方へと歩み寄るローさんがいた。隣にくると、わたしと同じように空と海と太陽を見た。
「いつも、これ位に起きてたから」
「へえ」
「でも、こんな綺麗な朝焼け初めて見ました」
「そりゃあ、あんな所にいたら一生見れねえよ」
「……そうですね」
視線をまた海に戻す。陸からでも朝焼けは見れた、海と太陽の色のコントラストも今と同じだった。だけど、今の方が何倍も綺麗だ。陸から見たのと海上から見た光景はやはり違うのだろうか?それともあの時と今の状況が違うからなのか。ぼんやりとそんな事を考えていたら、ローさんに頭を撫でられていた。
「ど、どうしたんですか?」
「なんとなく。撫でたかった」
「……そうですか」
「あぁ。なんか、お前……捨てられた子犬みたいで触りたくなる」
「え」
「小さいし、おどおどしてるし、寂しそうな目してる」
「……」
口をぽかーんと開け、ローさんを見る。わたしは何と言えばいいんだ。しばらく無言が続く。そして、何も言わすにローさんはわたしの口を閉じさせた。
「うぐっ」
「フフっ……」
「何するんれふか!」
あまりにも突然のことだったから、思いっきり舌を噛んでしまった。何をするんだとローさんに詰め寄ると、楽しそうに笑っていた。地味に痛いのに、何をするんだこの人は。それにしても、どんな顔をしてもかっこいいんだなあ。あれ、顔近い。詰め寄りすぎた。
「……ごめんなさ、」
「もっと寄ってもいいんだぜ?」
「……っ」
慌てて離れようとしたら、両頬を掴まれ引き寄せられてしまった。近い近い。このままだと、やばい。心臓が持たない。
「……冗談だ」
わたしとローさんの顔の距離があと数センチというとこで、にやりと笑いながら手をパッと離した。最低だこの人。楽しそうににやにや笑ってる。此処に来てからからずっとそうだ、わたしをからかって楽しんでる。いい人かと思ったのに、意地悪じゃないか。なんで着いてきてしまったのだろう。頬をふくらまし、そっぽを向く。
「そういじけるな」
「からかいすぎです」
「いい反応するからな」
わしゃわしゃとまた頭を撫でられる。本当に彼はわたしを犬扱いしてる。このままだとローさんのペースに飲まれてしまう。どうにかしてこの状況を変えないと。
「あれー?二人とも何やってんすかー?」
「見て分からねえか」
「じゃれてる?」
「違ぇよ。らぶらぶしてんだ」
「キャプテンだけズルいっすよ!おれもななことらぶらぶしたい!」
ナイスタイミングでシャチさんの登場。ふわあ、と欠伸をしながらわたし達の方へ向かってきた。らぶらぶってなんだよ、ってツッコみたいし、それに乗るシャチさんもどうかと思ったけど、二人が会話に夢中になってる今がチャンスだと思い、わたしはそっとその場を抜け出した。
「……ふう」
「ため息なんかついてどうしたんだ?」
「ペンギンさん」
船尾の方へ向かってると目の前に、ペンギンさんが現れた。しまった、ため息を聞かれてしまった。悪い風に取られていないだろうか。わたしは何て言おうかと迷い、目を泳がす。すると、わたしが言葉を発する前にペンギンさんが会話を始めた。
「……この何日間で随分と人間らしくなったな」
「……?」
「色んな表情ができてる」
目深にかぶられた帽子のせいであまり表情が見えないけど、きっと優しく笑ってるのだろう。なんだかんだ言って、わたしにとって此処は居心地のいい場所になってるんだと思う。だから、閉じこめていた感情も表情も自然と出てくるようになったんだ。そう思ったら、なんだか嬉しくなってきた。
「ふふ」
「急に笑って、どうしたんだ?」
「なんか、嬉しくて」
「それは良かった。そうだ、もうすぐ朝食だから食堂にきてくれ」
「はい」
誰かと一緒に食べる食事も一体何年ぶりになるのだろう。わたしが奴隷になってからは、何をする時もひとりだった。それは食事も同じ。薄暗くて狭い部屋で、冷めた残り物をひとりで食べていた。此処ではそんなことはない。温かくて、美味しいご飯をみんなで食べる。何日か経った今でも大勢で食べることにまだ慣れないけれど、嫌な気はしない。むしろ幸せ、っていうのかな。胸がぽかぽかと温かくなるんだ。
怖がる必要なんてなかったのだ
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