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後ろにあるのは置いてきた過去  



コンコン


「入れ」


ペンギンさんに船長室の前まで、連れて行ってもらった。ドアの前までくると、「あとは一人で大丈夫だろう」そう言って何処かへ行ってしまった。大丈夫だけど、ひとりはやはり心細い。それにあの船長さんは何を考えてるのか、何が目的でわたしを買ったのか分からないから、気になるけど、なんだか苦手だ。拳をつくり勇気を出してノックする。すると、低い声が返ってきた。


「失礼、します」

「よく来たな」

「お礼もしてないし、他に行く場所もないから……」


ドアを開けるとソファでくつろぎながら読書する船長さんの姿があった。わたしが入ってきても、本から視線を外そうとはしなかった。だから、この人苦手だ。気まずくてまた床に視線を移す。何分経っただろうか、この無言の状況が。会話はわたしの言葉で終わってしまった。ちらりと船長さんの方を見ても、まるでわたしが透明人間かなにかのように気にもせず読書を続けていた。


「あの、これからお世話になります」

「ああ」

「……」


何か会話を、と思って言葉を探すけどやっぱり何も思いつかなかった。それは当たり前だよね、わたしがあの人達から人間として扱われなくなった日からまともに人と会話したことなんて殆どなかったんだから。取りあえず、この船に乗せてもらうことになったんだから、と挨拶をするも船長さん「ああ」の一言で会話は終了。


「あの、船長さんわたし、」

「ローでいい」 

「ロー?」

「ああ。船長さんじゃなくて、ローと呼べ」

「でも、」

「船長命令だ」


わたしが返事に困っていると、本を横のテーブルに置き、上体を起こしにやりと笑った。新しいオモチャを見つけた子供のようだった。なんだか視線を合わすのが恥ずかしくなってきて、俯く。足音が近付くと同時に俯いてたわたしの視界に船長さんの物だと思われる足が入る。


「ななこ」

「……っ」

「おれの方を見ろ」


名前を呼ばれた途端なんだか身体全体がむず痒くなってきた。名前を呼ばれたことに慣れてないせいなのか、それともこんなかっこいい人に呼ばれたせいなのかは分からないけど。俯いたたままでいたら船長さんは、わたしの両頬に手を置き無理矢理自分の方へと顔を向けさせた。


「ようこそ、ハートの海賊団へ。歓迎するが、後悔しても知らないぜ?」


にやりと、先ほどとは違った優しい笑顔をわたしに向けた。どきり。この人はこんな笑い方も出来るのか。なんだか胸がどぎまぎして、おかしくなりそう。きっと今わたしの顔、赤い。


「どうした。顔、赤いぞ?」

「し、失礼しました!」


にやにやしながらそう聞いてきた。絶対分かってて言ってる。焦る、こんなに感情がごちゃごちゃしたのは初めてだ。この状況に耐えられなくて、サッと後ろに下がり、ぺこりとお辞儀してから部屋を後にした。




「ちゃんと感情あるじゃねえか」


ななこが部屋から出て行った後ひとり呟く。最初に見た戦闘時の時も、オークション会場で見た時も、無表情で目も何処か遠くを見ていて、まるで人形のようだった。もう感情さえ捨てちまったんじゃねえか、と心配したりしていた。そんなこと、おれに関係のない話。そう分かってたはずなのにな。ただの気まぐれなのかそれとも……。


「……まさかな」


一瞬ある単語が脳裏をよぎる。いや、まさかそんな事おれに限ってあるはずがない。きっとただの気まぐれだ。テーブルに置いていた本をまた手に取り、続きを読もうとするがなかなか内容に集中することが出来ない。諦めて体勢を崩し、ソファに寝ころぶ。瞼を閉じて浮かぶのは、顔を赤くしたななこの姿だった。


「……これから楽しくなりそうだ」


気まぐれじゃないかもしれない。そんな予感がして、静かにおれは笑みをこぼした。




ろにあるのは置いてきた過去




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