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「ペンギンってね、とっても愛情深いんですよ?何万羽の中から自分のつがいを見付けて、卵を抱くの交代するときは冷えないように卵を足の甲に乗せたまま渡すんです。海に出入りするのもね、毎回同じ道を通るんですよ、ペンギンハイウェイっていうの。なんだか可愛いですよね」
「無駄にクオリティの高い再現ドラマしてくれてるけどね、悟きみ190pオーバーの大男だから」
「ちなみに原文ママ、抑揚と仕草も完全再現した」
「うんキッッッショ」

夏油は爽やかに笑っていたけれども、内心は言葉通りドン引きの極みだった。
五条は先のロケで大好きなミズキと水族館デート(※五条談)をしたのが余程嬉しかったらしく、ペンギンを眺めながらミズキの話した内容を事細かに忠実に再現して夏油に聞かせた。視線の動かし方から表情の移ろい、顔身体の僅かな揺れや傾きまで、文句の付けようのない再現度だったけれど、如何せん彼は美男とはいえ20代も後半の大男である。ミズキちゃん本人で見たかったなーと表情を変えずに内心で愚痴った夏油に罪は無い。
これだけ精度の高い再現をやっているのだから、五条が『原文ママ』と言うのも本当に一言一句違えず原文通りだろう。それもキショい。

相方のドン引きなど気にも留めない五条はいつも通りウェブ巡視(夏油はネトストと呼ぶ)を始め、ある時突如椅子から立ち上がって奇声を発した。

「あぁぁぉぁああぁあ!!?」
「ついに違法薬物?」
「ミズキちゃんが、傑、ミズキちゃんが!!」
「無視かぁ」
「水族館で一緒に買ったペンギンTシャツ!!着てる!!ヤッッッベェ違法なレベルで快楽物質出たいま!!ハァァァ!?好っっっき!!!」
「聞いてたのが逆にビックリだよ」

五条は軽く発狂したようになっていて、夏油は適当に耳を塞ぎながら、楽屋挨拶に来た後輩芸人が五条を見て戸惑っているのを『今アレだから挨拶無し、今日はよろしくね』という具合のジェスチャーで帰らせた。
もうじきバラエティ番組のリハーサルが始まるというのに、そのことに対する緊張感はまるで無い。

五条がスマホの画面を夏油の目の前に持ってくると、確かにペンギンの絵と水族館の名前が入ったTシャツを着たミズキの写真が、番宣を添えて公式アカウントから発信されていた。
夏油はまた少しゲンナリした。何せそのTシャツは明らかに大きくてメンズサイズのL辺り、小柄なミズキにはワンピースのようになっている。全くどんな唆し方をしてメンズのLを買わせたのだか。

「悟、きみ同じのを買っただろ」
「当然だろ舐めてんのか」
「居直ったな行動派ストーカーめ」
「うわぁぁ彼シャツ尊い幸せ!僕も今日中にTシャツ写真投稿しよーっと」
「匂わせどころかでっち上げに行ってるんだよなぁ」

夏油は諦めの溜息を吐いた。
先日五条へのご褒美企画として大好きなミズキと引き合わせて以来行動が派手になり続けていて、頼むから法には触れるなと願うばかりである。

「悟、まさかミズキちゃんの前でもそのテンションなの?」
「んなわけ。ちゃんと落ち着いた大人の男で通してるって」

冒頭の再現ドラマといい、相方ながら芸人よりも役者をやれと夏油は内心で呟いた。
そこへ番組スタッフがリハーサルの開始を伝えに楽屋を訪れて、一緒にドアから覗いた伊地知がスタジオに向かう廊下で五条に話しかけた。

「撮影後にまた詳しくお話ししますが、五条さんにピンのお仕事が来てます。京都の開運スポット巡りでー…」
「京都ね。ふぅんいーよ、受けてあげる」
「はぁ…まぁそう仰らず…って、エッ!?」

廊下を行く他のスタッフが振り向く声量で伊地知が驚いた。今回もどうせ断られると踏んでいただけに、驚きが隠せていない。けれども同時に嫌な予感もした。五条がその長身の天辺から伊地知を見下ろして、ニィッと笑った。

「条件は、分かるよな?」





そして京都である。

「ミズキちゃん久しぶり、元気にしてた?」

駅前でオープニング撮影の準備が整うまでロケバスで五条が待機しているところへミズキが合流すると、彼は水族館の時と同じように軽やかに笑ってミズキを隣の席に誘導した。

「はい。五条さんも毎日テレビで見てお元気そうだなぁって」
「見てくれてんだ?嬉しいな。今回も話受けてくれてあんがとね」
「五条さんから直電きたら断れませんよ…」

ミズキは眉尻を下げて困ったように笑った。

数週間前、彼女のところへマネージャーよりも早く五条から電話が入ったことを思い返した。
仕事を終えて帰宅し、風呂にも入って気の抜けたところだった。テーブルの上でスマホが鳴り始めたので見ると、五条の名前に驚いて急いで応答した。

「はい」
「あ、ミズキちゃん遅くにごめんね。今へーき?」
「はい、大丈夫です」
「あのさー京都好き?」
「え?突然ですね…?」
「ウン、好きか嫌いかの二択。さぁどっち?」
「好きですよ、もちろん」
「じゃあ僕と京都行こ。明日にはマネージャーさんから話が行くと思うからよろしくね!嬉しいなぁ馴染みの店に予約入れとくから!じゃあオヤスミー」

人間、状況について行けなさすぎると喋れなくなる。正にその状態に陥って、ミズキは瞬きを繰り返すしかなかった。
翌日になってマネージャーから本当に京都での仕事のオファーが来ていることを告げられて初めて、事の次第が飲み込めたという有様だったのだ。


五条はロケバスの中で、伊地知が見たら思わず二度見するほど上機嫌に、隣のミズキを見た。

「夕方には撮影終わるからさ、そしたら晩ご飯行こうね。湯葉好き?敢えて中華もアリかなーって一応押さえてあるけどどっちがいい?」
「すみません話に追い付けてないです」
「うーんじゃあ和と中の二択。さぁどっち?」
「そのフレーズこの前も聞いたような…」
「ははっバレちゃった?ねーねーどっち?」
「…えっと、うーん…、和…?」
「オッケー、中華は次にしよう」

何やら丸め込まれた感覚しかない。ちなみに抵抗したところで五条はイヌマキのマネージャーに夜のスケジュールも空けておくように依頼()済であるから、外堀は既に埋まっていたのである。しかし『次』って何だ。
五条はその場で中華料理店にキャンセルの電話を入れたのだけれど、「手付けはそのまま取っといてよ、近い内にまた予約入れるからよろしくね」とのフレーズにミズキは戦慄いた。何やら自分の知る価格帯じゃない雰囲気で話が進んでいるし、『近い内』って何だ。
しかしそれも、電話を切った五条があまりに楽しそうに「今日のお店美味しいよ」と話し出すので蒸し返すことが出来なかった。

いやそれよりも、本日の目的はみんな大好き京都の開運スポットを紹介して回ることである。話の展開に追い付けないまま迷子になっていたミズキは、とにかく目前の仕事に集中すべく、渡された台本の流れを無心で思い出すことに決めた。
そして勿論のこと事態は水族館の再来、五条の作る流れに乗ってミズキが素直な感想を口にするだけでサクサクと撮影は進んでいった。


夜になって流されるまま連行された料亭で、案の定ミズキは緊張の極みだった。建物に至るまでの庭で獅子脅しの音にビクついてしまうほどに。実は立ち振る舞いのマナーを厳しく査定されていて、何か間違った瞬間に肩を竹刀で打たれるんじゃないかと本気で思った。
一方の五条は実に呑気な様子で、すれ違う店員たちと「久しぶり」なんて気軽に言葉を交わしていた。そもそも予約名を告げるまでもなく店側から「五条様」と呼ばれていて、ミズキはかなり真剣に『棘くん助けて、私ガストが恋しい』と救難信号を送ろうか悩んだ。そして悩んでいる内に一番奥まった離れの個室に通されて、引くに引けなくなったのだった。
目の前の五条はミックスグリルの気安さでパクパクと料理を口に運んでいるけれども、盛り付けまで芸術的なそれに遠慮なく箸を付けることは、ミズキには出来なかった。

「もしかしてミズキちゃん口に合わなかった?ごめんね」
「あっいえっまさか!ライブより緊張して飲み込めないだけです」
「全国ツアーとかやるのに緊張すんだ?大丈夫ご飯食べるだけだよ」
「こんな高級なご飯初めてですもん…少し前までお金無くってカラオケボックスで曲収録してたくらいなのに」
「マジ?その部屋聖地じゃん今度巡礼する」

大真面目な顔で五条が言うのでミズキは思わず笑ってしまった。店の敷地に踏み入って以来初めて多少なり表情の緩んだミズキを、五条も安心したように眺めた。
ミズキは改めて美しい料理の数々を見つめて、今日はもう割り切って楽しんでしまおうと心に決めた。一体おいくらなのか聞くのも恐ろしいが、美味しくいただかなければ勿体無い。クレジットは使えるだろうかと頭の隅で心配しているミズキは、五条が既に支払いを済ませていることを知らない。

「…そういえば五条さん、京都に詳しいんですね」

ミズキは撮影中の五条の様子や、『馴染みの店』という口ぶりのことを思い返した。五条は軽い調子で「ん?まーそこそこね」と言って、持っていた小鉢を置いた。

「元々出身こっちだから」
「えっ意外、訛りもないしずっと東京と思ってました」
「10歳行かずに東京に越したからね。京都弁はまぁ…分かるけど咄嗟には出ないな」
「京都弁ってちょっと憧れあります」
「マジか練習する」

ミズキはまた笑った。
五条は宝石のように美しいのに気さくで親切で、数年来の友人といるような気分にさせてくれる。実際のところ『気さくで親切』は五条の巧妙な猫被りなのだけれど、彼女は知る由もない。
ミズキがようやく少し落ち着いて、しみじみと料理を味わい始めたところで、五条が突然「あ、」と声を上げた。

「ミズキちゃんアレ考えてくれた?」
「?…ごめんなさい、何でしたっけ?」
「僕との結婚」

廊下を歩いていた仲居が一瞬足を止めるほどミズキは悲鳴に近い声を上げて、すぐに慌てて口を押さえた。
五条との初対面の場で、確かに『結婚してください』とは言われたけれども。

「え、ぇぇあぁれはその場の冗談、というか、みんな笑ってましたよねっ?」
「酷いなぁマジのプロポーズだよ?それなのに全然意識してくんないんだもん」
「だって、あのえっと、でも、」

完全にしどろもどろになってしまったミズキに対して、五条は不満げに唇を尖らせた。それから、今度は良いことを思い付いたと言わんばかりの顔で「あ!」と声を上げた。

「ミズキちゃん」
「は、はいっ?」
「僕んお嫁さんになって?」

語尾上がり、京都弁のイントネーション。

「こないな喋り方するだけで僕んこと意識してくれはるん?」

休日の朝にベッドで寝転ぶような、蕩けるような笑顔で五条が首を傾げた。

ミズキは耳の中で心臓が鳴るような緊張をしながら、辛うじて「か、んがえさせてください…?」とだけ蚊の鳴くような声で言った。

「うん、ものすごーく前向きに考えてね」

ぴかぴかと輝くような笑顔。

それからはもう、ミズキは料理の味など覚えていない。ただ必死に、出された料理を口に入れるばかりだった。




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