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五条はその美貌から、ファンの間で『神仏か国宝かCG』と言われる。一方、夏油は『神仏か教祖かCG』。要するに、祓ったれ本舗はお笑い芸人でありながらイケメン俳優のごとき人気を集めているのである。ちなみに2人ともCGではない。
そういう理由があって、通常なら人気の俳優に回るような番組のオファーが絶えなかったけれども、そのほとんどを五条は断っていた。

「だってさぁ、デートスポット特集を何で僕がやらなきゃなんないの?大して旨くもないメシ食って旨いフリするのとかマジでストレス。共演したアイドルとか女優がしつこいのも迷惑以外の何?」
「そこを何とか…これも人気のバロメータと言いますか…」
「知らねーよ傑に泣きつけば?共演の女優が食えそうなら飲むんじゃねぇの」
「またそんな不穏な…」

伊地知は服の上から胃の辺りを手で覆った。彼の手には、五条がほぼ確実に断る類の企画書が握られている。
伊地知だって五条がデートスポットを巡る様を見たいわけでは勿論ない。むしろ紹介されたスポットには絶対に近寄らない(胃痛がくるので)。しかし事務所の上層部は五条や夏油の美貌を活用しようと躍起になっているし、制作側のプロデューサーからも五条を是非にと言われているのだ。説得が至上命題なのである。
敗戦濃厚というか既に取りつく島もない五条を前に、伊地知の胃がキリキリと痛んだ。

「五条さん、そこを何とか…共演のアイドルの方には個人的なアプローチはしないように良く言っておきますし、リニューアルした水族館を一周するだけの簡単なお仕事です…」

働き易い職場、福利厚生充実、と求人情報の常套句が伊地知の頭を駆け巡ったけれど勿論口には出さなかった。言えば最後、『フザケてんの?』と責める糸口になってバッドエンドまっしぐらである。
気を取り直して五条を見ると、何故か彼はサングラスの下でその美しい目を丸く見開いていた。「水族館?」と五条が僅かに身を乗り出した。

「…そこペンギンいる?」
「エッ、ペンギンですか、どうでしょう…すぐ調べます」
「いい、自分で見る。何てとこ?」

慌てて伊地知が企画書を繰って水族館の名称を探し当てると、五条はスマホで検索を掛けてその結果にニンマリと口角を上げた。

「伊地知ィ、その仕事受けてあげてもいーよ」
「ほッ本当ですか!」

「ただしね、」と続いた言葉に伊地知はまた胃を押さえた。





ロケバスのドアが開ききるのを待たず、五条は座席から腰を浮かした。

「ミズキちゃん久しぶり。ここ空いてるから座って」

にこにこにこにことしながら自分の隣を示す五条の前の席では、伊地知がバレないようにそっと溜息を吐いた。ミズキが何の疑いもなく車に踏み入ると、五条は手を取り「車酔いする方?窓側どうぞ」と流れるように誘導した。

「五条さんお久しぶりです。サプライズ以来ですね」
「ボイスメモに毎日起こしてもらってるから、僕の方は久しぶり感ないんだけどね」

五条が人好きのする笑顔で告げると、ミズキは恥ずかしそうに眉尻を下げた。「お役に立ったなら良かったです」と言いつつ、恥ずかしさが勝っているのは見た目に明らかだった。

前回ふたりが初対面した収録の後、五条はイヌマキの楽屋に押し掛けてどうにか個人的な連絡先を交換するところまで漕ぎ着けた。以来、「あんまり頻繁に送るとストーカーだってバレるよ」と時々夏油に制止されつつ、こまめに連絡して親交を深めている。もとい、本気で落としに掛かっている。『共演したアイドルとか女優がしつこいのも迷惑以外の何?』と言った彼と同一人物である。

ミズキはロケバスに同乗する他のスタッフをぐるりと見回して挨拶をしてから、座席に腰を下ろして少し落ち着かなげな仕草を見せた。

「今日もう、緊張がすごいんです…タレントさんでもない私が歌以外でテレビに出るって、まだ想像つかなくて」
「もう立派なタレントさんでしょ。こういうオファーが来るのは人気のバロメータだしさ」

五条の前の席で伊地知がまた胃を押さえた。いけしゃあしゃあーーー!!と内心で彼は叫んだ。
今回の仕事を五条に受けさせる条件として、既に決まっていた女性側のキャストに断りを入れるという気の進まない仕事を課せられたのは伊地知である。

「正直僕もこういうロケあんま経験ないから、相手がミズキちゃんで嬉しいよ。受けてくれてあんがとね」
「相手が五条さんだって聞かされたので、それなら大丈夫かもって思って」
「えっうそ結婚した、来世まで幸せにします…」

いじらしい乙女のように五条は口元を両手で覆って目をうるうると輝かせた。本人は至って真面目なのだけれども、芝居がかった仕草のためにミズキには場を和ませる冗談と伝わり、彼女はくるくると笑った。
五条はそのこぢんまりとした可愛らしい笑顔に目を細め、幸せそうに口元を緩めた。

「まぁ今日はさ、僕とデートだと思って気軽に楽しめばいいよ」

「デッ」と躓いたような声を発してミズキはわたわたと赤顔した。

「それはむしろ緊張します…」

五条が無言で口元を覆ってIの札を掲げた。





目的の水族館に到着すると、導入部分の撮影もそこそこに五条はミズキの手を取って至極上機嫌に館内を歩き始めた。すると早々にカットが入り、責任者から「五条くーんお触りNGですー」と間伸びした声が掛かって、五条はミズキの手を放すと降参の形に両手を上げておどけて見せた。
周囲が和やかな笑いに包まれる中で、ミズキの方は渡された台本の内容に追い付くのに必死で、気楽に笑う状況には無い。
尤も必死に台本を追うまでもなく五条は進行が巧く、ミズキは自然な感想を口にするだけできちんと番組の形が出来上がっていった。

撮影のカットが掛かったところで、ミズキはちらと五条の横顔を見上げた。彼の真っ白な髪が水族館の青い光と同じ色に染まって見えて、現実的でないほど綺麗に思えた。五条がファンの間で『神仏か国宝かCG』と称されることに心底同意してしまう。
そして、この人が自分のファンだというのが何だか事が大きすぎて良く分からないという気分になった。数年前まで歌手志望の素人だったのに、知らない内に随分遠いところまで来てしまったという感覚。

そうしていると五条の目がミズキの方を向いて、優しく笑って首を傾げた。

「ミズキちゃん疲れちゃった?」
「あっいえ、ごめんなさい。本当に本物の五条さんだぁと思っちゃって」
「ははっ、ウンウン五条さんだよ。『悟』でもいいけど」
「それはキャパオーバーです…」
「まぁ徐々にね。そういえばこの次ペンギンだよ」

「ペンギン好きでしょ」と五条が言うと、ミズキは目を輝かせるのと同時に驚いた。五条に直接話した覚えのない話題だったのだ。
五条の方は、彼女の表情から『どうして知ってるんだろう』を読み取って目を細めた。

「知ってるよ、ファン歴長いからね。SNSのアイコンもペンギンだし…だからね、『本物のミズキちゃんだぁ』ってなってんのは僕の方って話」
「五条さんでも…そんな風になるんだ」
「なるよ。だから今日この撮影一緒でホント嬉しい。…ね、テープチェンジまだ掛かるみたいだからさ、先にペンギン見に行っちゃおうか」
「え…っいいんですか?じゃぁマネージャーさんに、」

ミズキがマネージャーの姿を探して視線を動かすのを、五条が入館の時に注意されて一度放した手を取り、反対の手で口の前に人差し指を立てた。シー…、と秘密を共有するようにひっそりと笑う彼には、見る者をどぎまぎさせるような色気があった。

「ふたりで、内緒で」

声を潜めた五条に合わせてミズキは小声で「でも」と零した。

「ねぇお願い、僕にまたご褒美ちょうだい?」

前回のサプライズ企画といい、これが本当にご褒美になるのだろうかと思いながらも、気付けばミズキはこくんと頷いてしまっていた。
それぞれの準備に追われてバタバタと動き回るスタッフの目を盗んでそっとそのフロアを抜け出して、通路の角を曲がった途端に五条はミズキの手を引いて走り出した。悪戯を成功させたような愉快な気分になって、ふたりは顔を見合わせて笑った。

一時的にスタッフを撒いたことについては説教を食らいつつも、撮影自体は非常に取れ高のある結果となった。
そしてその番組が放送されると、『五条 魚見てない』がその時間帯のトレンドワードになった。




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