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「だからさー伊地知そろそろ学習しなよ。僕等芸人よ?声優じゃねぇしアイドルでもねぇの、分かる?何でアニメ映画の声なんてやんなきゃなんねーの?面倒臭いし、こんないかにも青春ですみたいな映画なんてウダウダ悩んでまどろっこしいのが美学みたいなのが見えてんじゃん、無理」
「主題歌はイヌマキです」
「台本どこ?完璧にこなす」
「悟…」

以上、今回の経緯の全てである。

祓ったれ本舗の2人はルックスもさることながら美声との呼び声も高い。比較的仕事を選り好みしない夏油はナレーション等の仕事を受けることもあり、ファンの間では『聞いてると思わず壺とか買いそうになる』と特殊な高評価を得ているほどだ。

五条を説得する際のイヌマキというカードの強さを、伊地知は既に学習している。ただ多用するとその内『イヌマキ絡みじゃないと仕事しない』となりかねないので、用法容量は慎重に見極めようというのは、伊地知・夏油・事務所幹部による面談の結論である。

後日伊地知から映画の台本を受け取ると、端役でミズキも一言だけ参加することに気付いて五条はそれはもう熱心に台本を読み込んだ。『声の仕事なんて慣れないから緊張するね』なんて白々しいLINEをミズキに送ったりもした。

「ミズキちゃんと共演…マジか…ご褒美企画まだ続いてんじゃん神様ありがとう…」
「うんうんよかったね、ただ今はこれから撮るバラエティの台本読みな、悟」
「僕ヒロインよりこのミズキちゃんの子が好き。逆にミズキちゃんヒロインになんねーかな、伊地知脅せば通る?」
「通らない。あとミズキちゃんは声優じゃないしアイドルでもないからね」

台本上、五条とミズキの役は直接会話しない。収録が一緒じゃないと嫌だとか駄々を捏ね始めやしないかと伊地知が胃を痛めていたけれど、心配したようなことは起こらず五条は比較的良い子で収録を終えた。

収録を終えると今度は公開までの間、方々の番組に出演しては番宣して歩くのが出演者の仕事になる。
その中で、祓本の2人は比較的長尺を取って映画のことに触れてくれる番組に出演することになった。作画の美しさだとか心理描写の妙だとか、その辺りの用意された模範解答を口にするのは夏油の方が得手である。五条の方は表面上大人しく座っているけれど、頭の中では『ミズキちゃん今何してるかな』とか考えてる顔だというのが夏油には手に取るように分かった。

夏油のコメントがひと段落したところで、司会のアナウンサーが五条に向かって身を乗り出した。

「さて五条さんといえば今回主題歌を担当したイヌマキの熱烈なファンということで有名ですが、主題歌はもうお聴きになったんですか?」

映画のコマーシャルといえば主題歌と共に脳裏に刷り込むほど繰り返し流れるのが常だけれど、今回の映画では音源が一切公開されていないというのも話題になっていた。完成披露試写会で初めて空気に触れることになっていて、出演者ですら聴かせてもらえない徹底ぶりである。
アナウンサーに悪気があるのかないのか不明だけれど、とにかくこの質問は五条を逆撫でした。
収録中『主題歌関連作業中』と貼り紙のされたドアには近付くことも許されず、それなのに方々から演者の特権を使ったらしいと言いがかりを付けられ、五条曰く「否定すんのももうダルい」状態だったのだ。
隣で夏油が口端をヒクつかせていると案の定、五条は口を非対称に曲げた。

「僕にとっては映画そのものより大事なとこなんでね、制作とイヌマキの意志を尊重して一ファンとして大人しく待ちますよ」

ファンとしては正しい姿だけれど、演者としては絶対言ったらアカンやつである。
夏油はSNSの炎上と事務所幹部からの説教を覚悟した。

その一件以降は幸い大きな波風の立たないまま、2日後にいよいよ完成披露試写会という日を迎えた。
祓本の2人はレギュラー番組の収録の合間、「糖分切れた」と言い出した五条に夏油が付き合う形で局内の自販機コーナーを目指して歩いていた。
五条は昨日またSNSでイヌマキ関連で煽られたらしく、朝からずっと機嫌が悪い。

「あっ五条さん!」

瞬時にスパンと襖を開けたように五条の顔が切り替わった。目視するまでもなく背後から響いた声はミズキだった。

「あ、ミズキちゃん久しぶり。元気にしてた?」

振り向いた五条は何かの絵文字のような完璧な笑顔だった。隣の夏油は『何が「あ」だ白々しい』と呆れるばかりである。
何も知らないミズキが小さな歩幅で駆けてきて、それだけで五条は1日分の癒しを得た。夏油とも挨拶や軽い世間話を経て、ミズキは周囲を気にするように視線を巡らせると声を落とした。

「あの、他の人には内緒にしてほしいんですけど…」
「どうしたの?僕口堅いから安心して」
「これ、よければもらってください」

ミズキが鞄を探って差し出したものを見た瞬間、五条は硬直した。2日後、映画の公開と共にリリースになる主題歌のCDだった。

「仲のいい人に渡していいよって、2枚だけもらったんです。サイン書いちゃったんですけど、無い方が良かったらもう1枚の方…」
「あ、いや、いい、ありがと…」
「良かったね、悟」
「ごめんなさい夏油さん、もう1枚は公開日に親に送ろうと思ってて…」
「気にしないで。親御さんには先に渡さないの?」
「母はたぶん内緒に出来ないと思うので。明後日になれば聴けるものだけど、五条さんには今日お渡し出来てよかったです」

そうして、急ぐからと祓本の2人に頭を下げてミズキは駆けていった。
彼女が角を曲がるまで手を振って見送った夏油は、意外な思いで隣の五条を見た。五条は茫然とした顔で手元のCDを眺めていた。

「…もっと派手に喜ぶかと思ったけど、どうしたんだい?体調でも悪いの?」

言っている内に白い頭が徐々に下がり始め、五条はそのまま崩れ落ちて跪いた。貰ったCDをひしと胸に抱いている。

「いま…」
「え、何?」
「今この感情のまま死にたい…ッ!!」
「あー、うん…良かったね。とりあえずレギュラー番組の収録終わってからにしようか、悟」
「どうしよう傑幸せ過ぎて生きるのが辛いって僕初めてなんだけど!2枚しかないCDってさぁ!!それを親御さんより早く貰えるとかさぁ!!勿論正式リリースも聴く用と保存用で購入予約してるけどコレ祀る用にする絶対あっ傑写真撮って今この記念に!!!」
「あーはいはい撮るよ321」

五条はブレない真性のファンでありガチ恋拗らせ勢であった。
ジュースを買いに来た後輩芸人が咽び泣く五条を見て怯え、夏油は「あぁ気にしないで、推しの供給過多で発作が起きてるだけだから」とにこやかに告げた。

休憩時間が終わる頃、まだ感動の余韻に浸っていたい五条の首根っこを掴んで夏油はスタジオに連れ戻した。結局『糖分切れた』は解消されていないままである。それでも収録が再開すると、直前までの収録分とは別人のように表情の違う五条に、スタッフも共演者もざわめいた。放送を見た視聴者も『五条 何があった』とSNSでざわめいた。



***

ネタポストより『アニメ映画の声優に抜擢された祓本の二人。主題歌は(勿論、当然)イヌマキ。制作側から特別に、発売前の主題歌CD(サイン入り)を貰ってテンションがおかしくなる五条』

祓本と歌手というパロ設定を存分に活かしたネタをありがとうございました!
ハニシロ五条さんはこんな具合に月一くらいで炎上してそう。




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