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ある夜五条が風呂から上がるとミズキがスマホを触っていて、ソファの背後に近寄って垣間見えた画面はファッション通販サイトのようだった。

「服買うの?楽しみだね」

ソファの背中側から降ってきた五条の声にミズキは小さく悲鳴を上げた。彼女がスマホの画面を胸に押し付けて隠すので、見てはまずかったかと五条は謝った。

「違うんですごめんなさい、ちょっとびっくり、しただけ」
「?…そっか、あクレジットカード持ってくるよ」
「だっだめ、これは自分で買います!」

いつになく強い口調で断るミズキに、五条は目をぱちくりとした。
ミズキが貢物を断る度に五条が拗ねてしまうので、最近では現金でない少額案件なら比較的受け入れてくれるようになっていたのだ。見たところ画面に表示されているパーカーは許容範囲内のようだったのに。
五条がしょぼくれているとミズキはスマホを置き、ソファに膝立ちになって彼が首から垂らしたタオルを手に取った。

「まだ髪が濡れてますよ?ね、ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃう」

まだ水分を多く含んだ白い髪は、本人同様下を向いている。ミズキが毛先に垂れ下がった滴をタオルで取ると、五条は青い目をうるうるとさせて彼女を見た。

「ごめんね…分かってんの、ミズキちゃんにだって僕のこと気にせず買い物したい時はあるよね」

しおらしいようでいて微妙に、しかし確実に、圧のあるフォローである。これを顔面国宝と称される美しい碧眼でやられてミズキはたじろいだ。何かやたら綺麗な捨て犬が雨に降られているような、放っておくことに罪悪感を覚える光景である。
ミズキは金を使う以外で五条の気を逸らす方法を考えて、考えて、彼の首のタオルを引いた。釣られて腰を落とした五条の頬に可愛らしいキスをひとつ。

「髪を乾かして、映画観ましょ?」

五条はすぐに洗面所に駆け込んでドライヤーを引っ掴んだ。
この日彼は誤った学習をした。『ゴリ押しを引っ込めて情に訴えるとキスしてもらえる』。




数週間後、某バラエティ番組にて。
五条はミズキがあの時頑なに自分で買うと言った意味を知った。

番組MCが角の丸い大きなサイコロを抱えて「何か1個祓本界隈が荒れそうなプレゼントあんねんけど」と言った。カメラに向けられた目には『イヌマキ私物』と大きく書かれている。イヌマキが担当する新ドラマの主題歌は、ここ最近聴かない日のないほど話題になっていて、今日は主演の子役も番宣で出演しているのだ。
MCが話を振るとイヌマキの2人の別撮り映像が画面に流れ、提供する私物の紹介をした。ミズキの手には五条にも見覚えのあるあのパーカー。

続いてカメラが五条をアップで抜いた。

「勿論僕が取りますけど何か」
「『何か』ちゃうわボケ」

高級和牛とか最新家電とか、その辺は五条には極めてどうでもいいのである。
五条はミズキが通販サイトを見ていたあの時の態度について、今になって得心していた。ニヤケるのを一応抑えながら、あのサイコロを振る力加減と、その権利を得るためのミニゲームの攻略法、これらをテキパキと頭の中に組み立てていく。

そして五条悟は有言実行の男であった。




「…お嫁に出した服が帰ってきましたね…」
「ちゃんと取ってこられて偉いねって褒めて」

意気揚々、得意満面、ありもしない白いふさふさの尻尾が見えるような様子で、五条はミズキにパーカーを差し出した。彼女は半ば唖然としてそれを受け取った。

「収録中ニヤニヤ我慢するの必死だったんだよ!『あーだから僕にお金出させてくれなかったんだぁ』って言っちゃいそうになるし」
「完璧にすべてバレる一言」

本人曰く『ニヤニヤを我慢』しながら、五条はミニゲームを勝ち抜きサイコロの狙った目を出した。出来過ぎた展開にネット上でヤラセ疑惑は一瞬持ち上がったものの、もしもミズキの私物が視聴者プレゼントに回りでもしたら五条が配送を物理的に追跡しそうという感想に落ち着いたようだった。つまり皆、空恐ろしくなって深く考えないことに決めた。
ミズキの方は、一度手放した服が意図せず戻ってきてしまい、不思議な気分になっていた。そもそも私物プレゼントの話を受けた時にマネージャーと話し合って、新品を2・3回着用して提供しようと決めた経緯がある。
ただ、五条には知られたくなかった。

「ねぇミズキちゃん」

五条はミズキに向かって笑みを深くした。

「『番組のプレゼントにするやつだから』って僕に言わなかったの、何で?」
「え…だって、」
「うん」

ミズキは言葉に詰まった。
確かに五条の言った通りに伝えてしまうのが、彼の財布を下げさせるのには正攻法だったに違いない。

「…五条さん、嫌かなって思って…」
「何が?」
「私の私物が誰かのところにいくの」
「うん嫌だね。どうして嫌か、知ってる?」

ミズキはまた言葉に詰まってしまった。理由ならよくよく承知しているけれども、口に出して言うとなると自惚れのようで恥ずかしい。それでも五条は今それをどうしてもミズキに言わせたいようだった。

「……、………五条さん、私のこと好きだから…」

口にしてしまうと恥ずかしくて堪らなくなって、ミズキは顔を覆いたくなった。一方で五条は輝かんばかりに嬉しそうに笑って彼女の手を取る。

「うん、大好きなんだよ」

五条の指が手のひらと甲の両側から、ミズキの薬指を挟み撫でた。

「好き、大好き。…ねぇそろそろ、指輪買わせてほしいな」

つい先程うるうると子犬のようになっていた目が、今度は優しく、それでいて熱っぽく彼女のことを見つめている。これはミズキにとっても嬉しい申し出に違いなく、彼女はコクンと頷いて微笑んだ。




「あっでも、一緒にお店には行けないですよね」

早速下調べ、五条のスマホを一緒に覗き込んで煌びやかな宝飾品をあれこれ見ていた時に、ミズキが言った。
五条は喉を鳴らす猫のように機嫌がいい。

「大丈夫だよ店の奥に特別室とかあるもんだし、言えば家までサンプル持ってきてくれるよ」
「え待って価格帯が怖い」

ミズキは過去に触れたことのある五条の腕時計の価値を思い出して一気に青褪めた。しかし後の祭りというやつで、今回は五条の作戦勝ちとなった。
彼女に出来ることといえば、後日、価格の記載のないカタログから、なるべくシンプルなものを選ぶこと以外に無かったのである。



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