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「僕、五条さんが好き」

念のため、この一言を発したのは可愛らしいアイドルの女性である。
五条は手首に貼られた電極に心拍数を測られながらそのアイドルのことを眺めていて、数秒後に「ドーモ」と無感動に返した。

「この五条もしかして蝋人形ちゃうか?」
「生身なんですよねぇ」

適当な部屋が再現されたセットの中、安いソファでアイドルに迫られる五条に対してMCの野次が飛び、五条はヘラッと笑って肩を竦めた。

芸人達がそれぞれ可愛らしい女性の告白や甘える言葉を受け、心拍数の上昇で好みを丸裸にされるという企画である。他の被験者は分かりやすく心拍数を乱高下させてバラエティを盛り上げているのに、五条の反応は水に水を注いだかのように変わり映えしない。
そもそも、五条が以前イヌマキの楽曲がほとんど『僕』視点で歌われるのが大好き・刺さる・エモいと大絶賛したからこそ、この度彼を攻略するのに『僕』が採用されたというのに、話が違うではないか。
相方の監督責任を問われた夏油は適当な笑いを浮かべた。

「悟は人である以前にイヌマキのファンですからね」
「お前らええ加減にせぇよ、五条のせいで祓本呼ぶ度にイヌマキの使用許可も取らなあかんねんで」
「それってミズキちゃんと僕が一連托生でパートナーで知らない間に入籍してたってこと…?!」
「重い重い重い」

それまでとてもなだらかでバリアフリーだった五条の心拍数が跳ね上がり、想定とは違う部分で笑いが起きたのだった。




「…五条さんこれはちょっと」
「えぇー?!浮気しなかったねって褒めてもらえると思ったのに?!」

先のバラエティ番組を、ミズキは五条の自宅で一緒に鑑賞した。その感想が上記の一言である。

「さすがにバレませんか?ここまで言っちゃって…」
「それなら大丈夫、僕付き合う前からこんな感じだったし」

事実、五条の態度は付き合う前後でほとんど変わっていない。「急に大人しくした方が勘繰られるって」と言われ、ミズキはそういうものかと反論を引っ込めた。
芸人と歌手という立場上交際は隠そうと2人で決めたものの、五条は内心では四方八方へ暴露したくて仕方がない。それで彼は隙あらば公共の電波でイヌマキのことに触れるのだけれど、五条自身の言う通りそれが彼の通常運転なので皮肉にも現状バレる気配は無いのである。

ミズキはテレビの中で楽しそうにしている五条と、現実に隣でくつろぐ五条を見比べた。ソファの背に腕を乗せて長い脚を組み、撮影の時の裏話を聞かせてくれる。
ふと彼女の中に悪戯心というか好奇心が湧いて、ミズキはソファの座面に手をついて五条の方へ身を乗り出した。先程テレビの中でアイドルの女性がしていたのと似たような格好になる。五条が『どうしたの』という風に首を傾げた。

「…僕、五条さんが好き」

五条は目を丸くしてまじまじとミズキを見、それから震える手でポケットから取り出したポチ袋をそっとミズキに握らせた。ペンギンの絵が描かれた可愛らしい袋には万札が3枚。
顔面国宝と称される彼の美貌は真っ赤になって、静かな部屋なら聴診器を介さずとも心音が聴き取れそうなほどである。
ミズキはパッと五条から後ずさった。

「わ、もうダメですってば!ペンギンのポチ袋なんて…あっ可愛い、よく見付けましたね?!」
「いつでもおひねり渡せるように常備しようと思って…てかねミズキちゃん、ミズキちゃんもダメでしょこんなことしたら!」

ミズキは目をぱちくりとした。五条が彼女にダメを出すことはほとんど無い。やっぱり考えなしに楽曲と日常生活を混同するようなことは良くないということだろうか…と真面目に考え始めたミズキに対して、五条は心臓の辺りで強く服を握って大真面目に告げた。

「不用意に新しい扉開かないで!それがないと生きられなくなったらどうすんの!」
「あっはいごめんなさい。あとお金返しますね」

夏油の言う通り、五条は人である以前にイヌマキ、もといミズキのファンであった。



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