眠れないの

五条:教師1年目  夢主:高専最終学年




五条が担任する生徒がひとり、復帰の見込めないほどの重傷を負った。

ミズキは任務帰りに寮の談話室を通りすがって、涙を流す下級生達からそのことを聞かされた。下級生達をひとりひとり抱き締めてしばらく悲しみを共有して、彼等に温かい飲み物を出し、「お腹いっぱい食べて、温かいお風呂に入って、良く寝ること」を約束してミズキは自室に引き上げた。

五条は忙しくしている頃だろう。
人ひとりが再起不能の重傷となれば、家族への謝罪や補償と生徒達へのフォローと様々な事務手続きが待っていて、自分の感情のことは最後尾に回る。
負傷した生徒は、以前五条が「ちょっと骨のあるヤツ、どう化けるか楽しみだね」と教えてくれた名前だった。

五条が部屋に戻ってきたのは、深夜になってからだった。

五条が卒業と同時に教師に就任してミズキが最終学年になる、わずかに立場のズレるその1年間、五条は冗談めかして「毎日僕の部屋で寝ていいんだよ?」なんて笑っていたけれど、実際のところミズキが彼の部屋で夜を明かすことはほとんど無かった。
五条の部屋がある階には彼しかいないにしても、男子寮を教師の妻が頻繁にうろついては生徒等も迷惑だろうと、ミズキが五条の在学中よりも行き来の頻度を減らしたのだ。自分達の頃と同じように男子寮を闊歩する後輩の女の子達を見て微笑ましく思いはするけれど。

五条が帰ってきたのを見計らって、ミズキは珍しく彼の部屋の戸を叩いた。五条の方は当然ノックされる前から相手がミズキだと把握していて、極めていつも通りの笑顔でドアを開けた。

「あれぇ、ミズキ珍しいね?旦那さんが恋しくなっちゃった?」

極めていつも通りの明るい声色で五条は言った。
ミズキは仔猫を受け取るようにゆっくりとそれを聞いていて、ほんの僅かに口角やまなじりで笑った。

「先生、眠れないの」

柔らかな部屋着に身を包み、優しいにおいをさせて、ミズキは自分よりも随分背の高い五条を見上げていた。

「…いいよ、おいで」

五条の大きな手が戸の枠から出てきてミズキの腰を捕まえて、音もなく室内へ招き入れた。

「ごめんね、僕いま帰ってきたとこだからさ、シャワー浴びてくる間テレビでも見てて。いつもの映画でもいいし」

ミズキはこの部屋での彼女の定位置へ入ろうとしないまま、表面上いつも通りの声をした五条の前に立った。「あのね先生」と内緒話の声色が言った。

「お湯と泡が今日を連れていきます。だからお風呂から出てくる頃にはまっさらな悟さんになってるの。今日私は誰かを抱っこしてないと眠れない日だから、まっさらになった悟さんが枕になってくれたら、とっても嬉しい」

五条は遠くを睨むような色をしていた目をふと緩めて、間近のミズキに向かって「分かった、いいよ」と言い残してバスルームへ入っていった。
彼がこざっぱりとした身体でバスルームから出てくるとベッドの上になだらかな膨らみがあって、彼はクスリと笑って布団を捲った。
姿を暴かれたミズキは、隠れんぼで見付かった時のように悪戯っぽく笑った。

「僕を抱っこしなきゃ眠れない日なんじゃなかったの」
「寝ないで待ってたもん」
「ハイハイ、じゃ枕が入りますよ」

五条がベッドに片膝を乗せるとミズキは両腕を広げて受け入れる体勢を見せ、五条は枕とミズキの腕に側頭を預けるようにして横になった。
慣れた自分のベッド、いつもと同じ寝具だけれど、ミズキがいると彼にとってはまるで違う寝床になった。ミズキの柔い手が、五条の頭を彼女に引き寄せて優しく撫でた。

「悟さんあのね」
「うん」
「これは私の話なんですけど」
「うん」
「今日はとても悲しいことがあったんです」
「どうしたの」
「可愛い1年生が大怪我をしてしまったの」
「辛いね」
「うん、とっても有望な子なのに。どうして私は、そんな件に限って携われないんだろう」
「ミズキが視察した件では術師の重傷や死亡はほとんどない。でもミズキはひとりしかいないから全件は回れない」
「すごく悲しくて寂しくて不甲斐ない気持ちがするの」
「分かるよ」
「怪我も死も常の世界だからって、仲間の怪我で傷付いちゃいけないわけじゃないですよね」
「そうだね」

五条はこの部屋のこのベッドでミズキに抱かれていると、小さな動物が暖め合うようにして眠った夜のことを思い出す。夏油が離反した日の夜のことを。
ミズキはいつも、他の誰も触れようとも考えようともしない五条の心を柔らかに包む。
今この時も『自分の話』と前置きして懸命に五条の心を代弁してくれていることに彼は気付いていた。気付いた上で五条の方は、ミズキの立場で返事をしていた。
お互いの心を交換して循環させて、修復する。ミズキの柔らかくて清らかな水が流れてくるみたいだと五条は思った。

会話が途切れた頃には、五条は緩く口角を上げていた。
生徒の人生を変える重大事故を軽んじるわけではないし、忘れるわけでもない。それでも明日からも歩いていける確信がある。自分にはこの清らかな水槽がある。

「ねぇミズキ」
「うん」
「僕はね、弱ったりしてるわけじゃないんだよ」
「うーん、まだ疑ってるかも」
「そこは信じてよ。それより大好きな奥さんのおっぱいにくっついててムラムラしてきた」
「それは気のせいですね」
「マジかーいや気のせいじゃねーわ」

ふたり揃ってくつくつと笑った。
ミズキが五条の頭の下から腕を抜いて、半身になっていた彼の肩を押して仰向けにし、腹の上に跨って悪戯っぽく笑った。

「じゃあ先生に、いけないことしてもいい?」
「へぇ…悪い子だね、大好きだよ」
「ふふっ何しちゃおうかな」
「ウン、すごーく魅力的だけどやっぱりさ、」

五条が唐突に身体を傾けて、乗っていたミズキを落とし瞬く間に反対に組み敷いた。

「イケナイことは先生に任せなさい」

ニィッと、悪い顔で五条が笑う。
「いいよ」と言いながら、ミズキは安心したように笑った。




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