金魚鉢

※五条:教師 夢主:補助監督




「金魚鉢の呪い」と鸚鵡返しにしてみたものの、なんだか間抜けな響きだとミズキは思ってしまった。
丸くて、透明で、中には水草や可愛らしい金魚。それらと呪いというものが、上手く結び付かない。
情報提供者の男性はこの地域の窓で、地域の伝説の概要を教えてくれた。

「その昔ひとりの女が金魚鉢になったんです」

ミズキは怪訝な顔で首を傾げた。

「勿論丸いガラスの鉢に変身したというのではありません。眠ってしまったその人間の形のまま皮膚が透け、中には澄んだ水と数匹の赤い金魚の泳ぐのが見えたそうです」
「つまり…人型の水槽?」
「そうです。ただ水槽といっても開口部は無かったようで、イメージ的にはぴったりビニールパックされた水と金魚…というところでしょうか」
「筋肉や骨内臓は?水や金魚に置き換わってしまったんですか?」
「それが、手触りは金魚鉢になる前と変わらなかったそうです。皮膚の下には肉の感触があり、その下には骨や内臓の手触りがあったと」
「…つまりは視覚効果だけ…?けど、当時の人は被呪者に触ったんですか?無事だったんでしょうか」
「その辺りは文献が曖昧で何とも。とにかく、金魚鉢になった女は領主にいたく気に入られ、美術品のような扱いで屋敷に置かれることになったそうです。その金魚は水を替えなくても給餌しなくてもーーー何せ開口部がありませんからね、死ぬことも弱る様子も無かったと言われています。経緯は不明ですが解呪後に残った本物の金魚鉢が、現在でも今回の神社に御神体として祀られている、ということです」
「恐らくそれが呪いの本体…」
「そう考えるのが自然です」

呪いと見て間違いなさそうな不可思議な事例である。
ミズキは自分の身体の中を金魚がゆらゆら泳ぐのを想像して、胃の底が裏返るような気分がした。

ミズキは窓の男性に並び歩き、この地域の古い神社を目指していた。今日の目的は飽くまで視察、呪いの有無を確認して可能なら級数の査定も行う。比較的危険性の低い件なら呪物の回収任務として下級生に回るだろう。

窓の男性が小走りになって「こちらです」と先に神社の鳥居をくぐった。

「あっ先に行かないでください、呪いを警戒しながら進みますから!」
「大丈夫ですよ、最後に『金魚鉢』が確認されたのは150年以上前です。それに普段地元住民が出入りする神社ですよ」

慌てて男性を追ったミズキが鳥居をくぐった瞬間、蜘蛛の糸をプツンと切ったような、微かな違和感を得た。直感的に危険を察知して男性を呼び戻そうとした時には呪いの気配は既に間近に迫っていて、その呪いは男性を素通りしてミズキに向かって鯨のように大きく口を開けた。

「! 悟さんは来ちゃだめッ」

窓の男性には、透明な魚が目の前を泳いでいったように見えた。何が起こったものか分からないまま呆然としてしまって、気付いた時には、呪術高専から派遣されてきたその補助監督の女性が倒れていたという状態だった。
慌てて駆け寄ると、彼女は眠っていた。揺り動かしても目を覚ます気配はなく、男性は急いで呪術高専に連絡を取った。





「悟さんは来ちゃだめ、かぁ。確かにミズキがそう言ったんだね?」
「そのように窓の男性は証言しています」
「フーン、ありがと。で、ミズキは今医務室?まさか地下牢じゃないよね」
「…それが、」
「地下牢かよビビリどもめ。僕の奥さんを幽閉するなんていい度胸だ」

高専からの一報を受けた時、五条は出張のため遠地にいた。当初予定ではまだ続く筈だった工程を最短で片付け、連絡を受けた日の内に戻ってきたのだった。
五条に事の経緯を伝えた補助監督は、並び歩きながら寿命の縮む思いがしていた。五条からは、胸腔の中で肺を潰されてしまいそうなほどの怒りの気配が絶えず立ち昇っている。

「しっしかし、いいんでしょうか…」
「何が」
「ヒッ…あの、彼女が、五条さんは来ないよう言っていたそうですし…」
「じゃあお前行く?それともミズキが視察に出る時は2級以上の術師を付けろって僕の指示をワザと無視した上層部のジジイどもを食わせようか」
「…申し訳、ありませ…っ」
「ハハッ冗談だよ。ミズキのことだから何か見たんだろうけど、大丈夫僕最強だから」

ひらひらと手を振って五条は補助監督を下がらせ、ひとりで地下牢への階段を降った。呪いが漏れ出ないよう厳重に封印された地下牢は、それ自体が陰気で湿った空気を発している。
忌々しい。
五条は扉の封印に手を掛けて解除した。

「忌々しい。ミズキをひとりで視察に遣った上層部も、ミズキを選んだ呪いも」

踏み入った部屋の中央、寝台の上に、ミズキの形をした金魚鉢がある。中の金魚は優雅に尾を靡かせて泳いでいる。
水の塊が服を着ているようだ。

ミズキの被呪した姿を目視した五条は確信を得た。
この呪いの狙いは最初から五条であったと。

平生、この呪いは貝が閉じたように大人しくしていて、自分のテリトリーに入ってきた人間を物色している。見ているのは、人間に付いた残穢だ。より強い残穢を纏った人間を感知すると呪いは覚醒して相手に取り憑き、眠らせ、異質で美しい金魚鉢の姿に変えて、強い残穢の持ち主が見物に来るのを罠を張って待つのだ。

「そりゃあね、僕の残穢に反応したのは褒めてあげてもいいよ。お前の敗因は、罠に掛けたところで手に負える相手かどうか見誤ったこと。腹が減り過ぎてトチ狂った?」

金魚鉢は動かない。

「…そろそろ出て来いよ、こっちはわざわざ誘いに乗ってやったんだからさ。もしかしてビビってる?そーだな俺何年かぶりにキレそーなの、理由分かる?」

泳いでいた金魚がピタリと止まり、映像が揺らぐように平面的にブレたかと思うと次の瞬間には消え去ってしまった。
五条が一歩踏み出した。

「ミズキの綺麗な身体の奥の奥に」

もう一歩。

「五条悟のものだって書いといたんだけど」

もう一歩。

「気付かなかったか」

ミズキの身体から透明な魚の姿をした呪霊が分離した瞬間に事は終わっていた。呪霊の姿だった時には透明だったものが、呪符だらけの床や壁に飛び散った液体は灰色に濁っていた。
正常な肌や髪の色を取り戻したミズキの頬を優しい指で五条はそっと撫で、彼女を抱き上げて地下牢を後にした。





ミズキが目を覚ました時、最初に目に映った天井が自宅のそれだということに気付くまで、少々時間を要した。
天井の判別と並行して、眠ってしまう以前のことを思い出すためのヒントを頭の中で手探りしていたら、結果的に時間が掛かったのである。
そのおかげで自宅だと気付いた時には、自宅にいること即ち夫である彼がここまで自分を運んで来た、ということも把握出来ていた。

「おうちだって、やっと分かった風だね」
「…さとるさん」
「うん、悟さんだよ」

ミズキが視線を動かしただけで視界に入る位置で、五条は綺麗に笑って見せた。
一見上機嫌な表情ながら、ミズキには真逆であることがすぐに分かった。

「僕が怒ってる理由クイズしよっか」
「…単独で動くのを黙ってたから…?」
「それも正解だけど、60点かな。ジジイからの圧もあっただろうしね」

五条が椅子から腰を上げ、ベッドの端に座ってミズキの身体の向こうへ手をついた。
「咄嗟に叫ぶなら」と五条は言った。

「悟さんは来ちゃだめ、じゃなくて悟さん助けて、だろ」
「…だって、」
「あの呪霊の狙いが僕だったとしても同じことだ。僕以外に任せる気もないし触らせる気もない」

五条の美しい青い目が、炎のゆらめくように怒りを宿しているのを見て、ミズキは微かな声で「ごめんなさい」と零した。

「分かればいいよ。それじゃ、ちゃんと解呪出来てるか最終確認させてね」

にこ、と見慣れた笑顔に戻った五条が掛け布団をスルスルと引き下げると、ミズキは肌触りの違和感から自分の身体を見下ろしてギョッとした。身に着けているのが下着だけだったから。

「んなっ、待、うそっ?!」
「ちゃんと全身元通りか確認したかったんだもん。ブラとパンツは一応我慢した僕偉くない?褒めて」
「ならもう確認出来たでしょ!?やっやだっ」
「ブラとパンツの中に金魚が隠れてるかもじゃん。ウワ腹立つなそれブッ殺す」
「…っなら見るだけ!あともうちょっと暗くっ!」
「だめだよ」

自身も着ていた服を首から抜いて適当に床に放り、五条はミズキに覆い被さって怒りと劣情の入り混じった目を彼女に向けた。
五条の左手はミズキの小さな手を絡め取り、右手は指で彼女の白い肌を鳩尾辺りからスルスルと辿って臍の下にまで至ると、トン、と軽く打った。

「全部見る。それから、奥の奥に僕の名前を書き直すんだ」




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