日曜日のひるね

※生存if
※子どもの容姿名前あり喋ります



白い正方形の天井パネルに等間隔のネジ留め、微かな空調の音、どこかよそよそしいベッドリネンの手触り、医務室というのは何故かどこもこんな様子だな、と起き抜けの頭がぼんやりと考えた。

「お」と声がした。

「目が覚めたか五条」

五条が視線だけ滑らせると、白いカーテンから硝子が覗いていた。

「ミズキは」
「隣」

首を動かすと確かに隣のベッドにミズキが眠っていた。五条の頭には早回しで様々な記憶が浮かんで渦巻いていて、それらを手際良く整理していく内、小さな子どもの顔を彼は思い出した。

「…子どもは」
「無事。と言うか、お前視えるだろう」
「そーだった」

五条はぐっと上体を起こして隣のベッドに眠るミズキをつぶさに観察した。彼の目にも何ら異常は映らない。ひとまずは息をついていいらしかった。

「それで、何で僕くっついてんの?スパッといった覚えあんだけど」
「貴重な経験じゃないか。…まぁ、端的に言うとミズキのおかげ。お前がミズキに課した縛りが双方向である可能性に賭けて私と乙骨でありったけ反転術式を注ぎ込んだ。その間に動ける面々が現場に出向いてお前の部品をドッキングした」

五条が死ぬとミズキも死ぬ縛りだった。であれば、ミズキが死なない限り五条も死なないという縛りにもなり得る。結果は今、ベッドの上にある。

「ところで何年何月何日?」
「安心しろ、3日しか経ってない。寝こけてるお前と高専で年越しにならなくて良かったよ」
「僕のカードで蕎麦の出前していいよ」
「馬鹿」

硝子が口元に指で触れるような仕草をした。五条には見覚えのある、喫煙していた頃の彼女の癖である。それからごく手短に硝子から事の成り行きが説明された。ひとまずは生存状況だけ、詳しい説明は今は必要ない。

「それよりミズキを起こしてやれ。お前のせいで点滴も出来ない」
「何それ?」
「ミズキに無限が張られてて針が通らない。聴診器と素手とエコーはいけたけどな。眠ってると言うより真空パック保存されてるような状態だったから、まぁ点滴なしでも結果的に問題なかったけど」

ひらひらと手を振って硝子はカーテンの向こうに消え、そのままヒールとドアの開閉の音を置いて去った。
沈黙した医務室の中で五条は一度床に立ち、すぐ隣のミズキのベッドに乗り上げた。ベッドフレームの軋む音、硝子の言った通り、ミズキは注意深く凝視しなければ分からないほど静かにかすかに呼吸をしている。
五条は彼女の向こう側に腕を突いて覆い被さった。

「ミズキ」

閉じられた瞼、つるりと滑らかな頬や額、前髪を横に流して五条は額にキスをした。

「ミズキ、起きて」

睫毛がかすかに震えてゆっくり瞼が持ち上がり、彼女の美しい目が何度かゆらゆらと瞬きをして、五条に焦点を結んで、ふうわりと笑った。

「さとるさん…」
「ん、いるよ」
「ここ…南ですか」
「違うってさ。でも一緒だよ」
「そっか」

南の楽園よりもずっと現実的で、実務的で、具体的なベッドにふたりは横たわっている。それでも、約束して繋いだ手は繋いだままでいることができた。
五条がミズキの手を布団から探り出して握った。

「…あの子は?」

空港で別れたあの子。
「大丈夫」と五条は言った。

「ミズキのお腹にいる」

瞬く間にミズキの目に涙が浮かんで目尻から流れていった。

「よかった…」
「生まれたらちゃんと謝らないとね、僕」
「もう許してくれてますよ」
「そうかな、『そこのソレ』だよ?」

ミズキがくすくすと笑い、その内に五条も笑って彼女と額を合わせた。繋いでいない方の手が彼女の涙を拭い、髪を撫でた。





「ーーーで生まれたのがお前なわけだけど」
「誰が生まれる前の話しろっつったよ」

ソファに悠々と掛けた五条はけらけらと笑い、彼の前でノートとペンを構えていた男の子が悪態を吐いた。男の子はその年頃だった五条に生き写し、ただ髪は黒く、目だけはミズキに似て優しげである。その優しげな目は今半眼になって父親を睨んでいるのだけれど。
少年は理人という。妊娠中にミズキが「この子の名前、私知ってます」と言って決まった名前である。空港で聞いていたのだと。

「父さんがロクデナシだってことしか分からなかった…あと学校でその話したら困るのお母さんと伊地知さんだからな」

8歳の理人は自分が生まれた時の話を家族に聞いてくるという課題を与えられ、気が進まないながら父親へのインタビューを敢行したのである。しかしやっぱり人選ミスだった。母親にすべきだった。

「ちょっと何で伊地知が出てくんの、僕だって困るよ」
「じゃあ言うなよ」
「聞いたのお前じゃん、事実だし」
「生まれる話の前に新宿をカイメツさせたの俺の親父ですって言わなきゃなんねーだろ」
「ははウケる」
「ウケねーよ」

その時、玄関で「ただいま」と明るい声がして、理人の顔がパッと輝いた。その顔を見ながら五条は『目元だけミズキに似てて可愛いんだけどなぁ』と頬を緩めている。

「お母さん、父さんが酷いんだよまともに答えてくれない」

玄関からリビングへの廊下まで迎えに出て、理人はミズキにきゅっと抱き付いた。美容院から帰ったばかり、綺麗に切り揃えられた髪が揺れた。

「どんな質問をしたの?」
「僕が生まれた時のこと。学校の課題なんだよ」

ミズキは苦笑いをした。確かに、開示しても問題ないレベルに整えるのが難しい話題である。

「あのね、お父さんは意地悪で答えないんじゃないの。内緒のことは言わないで、『みんな嬉しかった』とかお話したらどうかな」
「その『みんな』には呪術高専所属の補助監督と反転術式使いが含まれてるね」
「言っちゃダメなことを取り上げないでくださいったら」
「ほらお母さん、父さんずっとこんななんだよ」

父親に向けていた剣呑な声とはまるで違い、母親には甘えた声で愛らしい目をきらきらとさせる。こういうとこはガキの頃の僕より器用だな、と五条は息子を見て思うのだった。早熟で生意気なところは父親によく似ている。
天使のように愛らしい笑顔の内側では実際のところ学校の課題なんて心底どうでもいいと思っていることを、五条は自分の幼少期から簡単に推測して共感することが出来る。
ミズキの白い手の下で、理人は満足げに目を細めた。

「それよりお前、そろそろ授業参観あるって噂聞いたんだけど?それ授業参観で発表するやつだったりして」

五条か言うと理人はぎくりと顔を強張らせた。
授業参観のお知らせは、足が付かないよう学校のゴミ箱に葬った彼である。
ふいっと顔を逸らしてしまった理人にミズキはショックを隠せなかった。

「そうなの?行きたい、いつあるの?」
「………明日」
「もうちょい余裕持って知らせるもんでしょそういうの。僕任務入ってんじゃん」

理人は父親譲りの整った口元を左右非対称に曲げて、小さく首を振った。

「父さんは来なくていい。お母さんは来ちゃダメだ」
「お前ね、怒るよ」
「だってうちの担任、お母さんのこと変な目で見るんだもん」
「おっとぉ理人くんお父さんと男同士のお話しよっか」

五条はにわかに作り笑顔になって、理人を小脇に抱えてそそくさとリビングを出ていった。理人が「離せ」と身を捩ってもビクともしない。閉じた扉の向こうで明日の任務を他に振れと無茶な電話をかけている声も聞こえた。
1人残されたリビングで、ミズキは明日の服装について、夫の分も含めて算段を始めたのだった。


子ども部屋に入ると五条は理人の頭に手を置いた。

「良くやった」
「…別に」

照れ隠しの不機嫌で小さな手がそれを払い退ける。
五条は床に胡座をかいて、やっと高さの揃った視線を真っ直ぐに息子に向けた。

「あのね、僕は自分が父親としてロクデナシだってのは否定しないよ。ミズキを妊娠させた時には、お腹の子にもいずれ人格が宿るんだって正直考えてなかった。ミズキの命の保険だったから」
「…知ってる」
「でも今はお前のこともちゃんと愛してるよ。ミズキとお前に悪さする輩がいたら容赦しない」
「…新宿ぶっ壊したヤカラが言うとシャレになんねぇんだけど」

父親に似て色白な頬は、赤らむとすぐに分かる。
五条はニッと笑った。

「よし。じゃあこっからは僕とお前の大事なミズキを邪な目で見た野郎にどう落とし前つけさせるか、一緒に考えよう」
「マジで来る気だ…」

その時、リビングから父子の大好きな声がおやつの時間を知らせた。2人はよく似た顔を見合わせる。

「「おやつの後で考えよう」」

そして競ってリビングに舞い戻った。
こんな時子どもに順番を譲ってやらないのが五条という男で、彼は紅茶をカップに注ぐミズキのところへ先に辿り着くと抱き締めてキスをした。遅れて到着した理人が父親の脹脛を蹴ったのだった。

「お母さんはどうして父さんと結婚したの?」

おやつのアップルパイを囲みながら、理人が声を上げた。

「僕のこと愛してるからに決まってんじゃん」
「父さんには聞いてない」

いつも通りの会話を、ミズキは目を細めて見た。理人は何かにつけて父親に噛み付くけれど、本気ではないしどこか楽しそうである。五条の方も然り。それを指摘するとよく似た顔ふたつが一緒に否定してくるのもまた微笑ましい。

「理人はお父さんのこと大好きね」
「げぇ…何でそう思うのお母さん…」
「理人はね、私が抱っこしても泣き止まないのにお父さんが抱っこするとすぐ泣き止んで寝ちゃう赤ちゃんだったのよ」

理人がほんの赤ん坊だった頃、五条は「徹夜には慣れてるし」と言って夜中の世話をよく買って出てくれた。その大きな手に抱かれた途端に安心したような顔になってすやすや眠り出す我が子を見ると、ミズキはその気持ちが分かるような気がした。

「悟さんの手って安心するもんね」

ミズキがこれを言うとよく似た顔ふたつが正反対の表情になって、その内大きい方は紅茶のカップを置いてやおら立ち上がった。

「ミズキ…ちょっとベッド行こっか。理人はおやつ食って爆音で映画観てなさい」
「お母さんマジでなんでこれと結婚したの」



***

子どもの名前は理人(りひと)です。無下限呪術の呪詞から連想して。
お母さん大好き。
お父さんはまぁうん(照れ隠し)

温かい光とふわふわの寝床を得た五条先生の未来があったっていいじゃないか。




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