京都姉妹校交流会 中

木々は薙ぎ倒され岩は砕け地面は抉れ、穏やかな林だった場所は変わり果てていた。
中でも一際大きく抉れた擂鉢状の穴の底に、満身創痍と言って差し支えない禪院直哉が蹲っている。その穴を見下ろす位置に五条が立っていて、彼の方は傷も無ければ息だって乱れていない。

その全体を見下ろす位置の観覧席から、ミズキは身を乗り出した。

「悟さん!!」
「おーミズキ、いいとこ来たな。腕と脚どっちがイイ?」
「何の話ですかっ!それに交流会はまだでしょ!?」

五条はポケットに突っ込んでいた手を片方出してヒラヒラと振って笑った。「首でもいいぜ」と言う彼の目はサングラスの奥で瞳孔まで開き、完全にキレているのが観覧席のミズキにさえ分かるほどだった。ただ、自分のいない間に五条に何があってここまで激高しているのか、それは分からない。

とにかく五条を止めに入らなければ彼が相手を殺してしまう不安に駆られて、五条のところへ降りる道をミズキは必死に探した。そこへ、エイのような姿形をした呪霊の背に乗った夏油が、ゆったりと空中を泳ぐようにして現れた。

「夏油さんっ!悟さんを止めてください、何があってあんなに怒ってるんですか!」

夏油はわざと悠長に笑って、眼下の五条を見遣った。
「うーん」と間伸びした返事をしながら夏油は顎に指先を添え、楽しそうに状況を眺めた。

「今から丁寧に説明してる内に、悟が早まっちゃうかもね」

勿論、五条がここまで激高している理由を夏油は仔細に承知しているし、彼自身も同じ理由で禪院直哉に対しては(五条ほどではないにしても)大いに腹を立てている。


ミズキが京都校の面々のところへ向かっている同時刻、休憩室でジュース片手にだらだらと過ごしている五条・夏油・硝子の元に、コツコツと靴音が近寄った。

「やぁ、五条君」

冥冥だった。美しく真っ直ぐに伸びた髪を顔の左右に揺らしながら歩いてくるところだった。
彼女は手に持っている携帯電話の画面をちらと確認して笑みを深くした。

「君が興味を持ちそうな映像があるのだけど、見るかい?」
「冥さんそれ絶対有料じゃん」
「それだけの価値はあると思うよ」

艶やかな唇で意味深な弧を描く冥冥に対して、五条はまだ少し警戒心を解いていなかった。両側に座る夏油と硝子は完全にカモにされる未来を予見している。
冥冥は手元の操作で端末の音量を上げた。

『ーーーの皆さん、本日はようこそおいで下さいました。東京校1年のソウマミズキと申します。』

冥冥の手元からその声が響いた途端に五条は目を丸くして彼女に詰め寄った。「50払う」と投げるように彼が告げると、冥冥は端末を明け渡した。五条の左右から夏油と硝子も覗き込んで、画面の中の会話が進むにつれ携帯を持つ手に力が入って液晶を軋ませる五条を、時折「壊すなよ」と嗜めた。

一連の会話が終わり映像が途切れると、五条は携帯を折り畳んで冥冥に返却した。

「…ありがとう冥さん、明日振り込む」
「フフ、毎度どうも」

そうして3人は休憩室を立ち去った。
勿論そこから硝子はミズキを迎えに行き、五条と夏油は京都校生の控え室の扉を蹴破って「なぁーおやくーん、あぁーそぉーぼぉー」を経て、ミズキの見た惨状に至ったのである。

以上の経緯をごく簡単に夏油から説明され、エイ型呪霊の背中に乗せてもらったミズキは、地表が近付くと待ち切れずに飛び降りて五条に駆け寄った。

「悟さん!」
「ミズキ決めた?腕脚首どれいく?」
「全部ダメです、落ち着いて!」
「大丈夫、サイッコーに落ち着いてる。折ったぐらいで死なねぇよ」
「首は死にますあぁもう!」

ミズキはクレーターの斜面を滑り降り、穴の底で蹲る直哉に駆け寄った。声を掛けるのと同時に伸ばした手を彼は強かに弾き、手負いの獣の目でミズキを睨み上げた。

「触んな!同情なんぞ要れへんわ!」

確かに、彼にとっては恥辱の極みだろう。それでも、その恥辱を飲んでくれない限りはこの場を脱することが出来ないのだ。

「同情なんてしていませんよ、ざまぁみろなんて通り過ぎてますし。私は死人を出したくないんです」
「俺ひとりでどうとでも出来んねん、往ね!」

手負いの獣は危険である。しかしどうにか宥めすかして彼をこの場から引き離し治療室に放り込まなければ、五条が人殺しになってしまいかねない。
五条がゆったりとした足取りでクレーターの斜面を降りてきた。抉れて荒い地面に踵を沈ませながら斜面を下る足音は、直哉にとって死神の足音に違いなかった。それでも彼はその場を動くことが出来ない。見れば、脚から出血していることが服の上からも分かるほどだった。

「なぁアンタ、俺の婚約者に罵詈雑言飛ばして、つまり俺に喧嘩売ってさ、コレで終わりじゃねぇだろ?庇われてねーで立てよ、それともミズキにゴメンナサイするか?」
「ハッ!死んでも謝れへんわ」

五条の纏う呪力が膨れ上がって鋭さを増し、ミズキはいよいよ泣きたくなった。その時五条の背後に夜蛾が立ち、完全にブチギレた頭に拳骨を落とした。五条が濁った声を上げ涙目で頭を押さえた途端に彼の呪力の鋭さが和らいで、それでようやくミズキは息の詰まるような緊迫が緩む心地がした。

夜蛾は、交流会の枠外で完全な私闘を行ったことについて、言葉少なに五条を叱った。

「悟、お前と禪院直哉の私闘はそのまま五条家と禪院家の抗争に発展しかねない重大な問題だ。その自覚を持て」
「ハーイ」

溜息。
五条の表情は絵に描いたような『聞いてません』である。

「…硝子、禪院直哉の治療を頼む」
「嫌でーす」

溜息。
クレーターの外に立つ硝子はポワッと煙の輪を吐いた。堂々と喫煙するなという説教を夜蛾は涙と一緒に飲んだ。

「そこの狐顔がミズキの心を治せたら私も治しましょ。じゃなきゃフェアじゃない」
「え…硝子さん、好き…」
「お前俺に対しては何かねぇのかよ」
「悟さんはやりすぎです、本気で殺しちゃうかと思ったんですから」
「ナメんなよ本気で殺しちゃう気だったわ」
「それがダメなんですってば」

やっといつもの戯れ合う雰囲気が戻ってきたのを感じて、ミズキはくすくすと笑った。それから気の毒にも流血したままの直哉を振り返り、彼に合わせて膝をついた。

「…貴方の言ったことは何も間違っていません。全部図星だから、気にしてないふりしか出来なかったの。私も傷付いたからおあいこにしてくださいね。後はもう、手当てしましょ」

ミズキがハンカチを出して直哉の頬を拭いてやると、彼は瞠目してミズキの顔を凝視した。
クレーターの外に立っていた硝子は盛大に煙と溜息を吐き出してから煙草を踏み消し、いかにも不本意という顔で穴の底へ降りてきた。

「ミズキに手当てなんてさせないよ…しょーがねぇなぁ」

硝子がふわふわと空中を撫でるように手をかざすと直哉の手傷が瞬く間に修復され、肌や服にこびり付いた血が残るのみとなった。ミズキが硝子にふくふくと笑って見せると硝子も微笑み返してやり、「いい子」と傷を治したばかりの手がそのままミズキの頭を撫でた。

その時、ミズキが身体の横に垂らしていた手が唐突に握られた。彼女が驚いて見ると、直哉が頬を拭かれた時からの凝視そのまま、鋭い吊り目を丸く見開いてミズキに向けていた。

「惚れた」
「え」
「ミズキちゃん、甚爾くんの代わりに俺が見合いの話受けたるわ」

一瞬後、真横から伸びてきた五条の脚に蹴り飛ばされ直哉は新たな手傷を負った。
ミズキも今度は五条を止める気が起こらなかったので、結果的に直哉はより重傷を負うことになる。




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