三人で行こう

※本誌235話直前に怖くて書きたいとこだけパッションで書き殴りました。




広々とした五条の背中にミズキは羽織を掛けた。
五条は改まった場を嫌うので、和装の支度を手伝う機会は今まで数えるほどしかない。
ミズキは自分の頭よりも高い位置にある羽織の肩をそっと撫で下ろした。羽織紐を留めた五条が振り向く。

「ミズキ」
「はい」
「くどいようだけど繰り返すね」

何があっても戦場に近付かないこと。
硝子の傍を離れないこと。
例え五条が死ぬことになったとしても。

それは今日に至るまで数えきれないほど五条がミズキに言い聞かせてきた約束だった。
ミズキは綺麗に笑って見せた。

「分かっています」
「お前に危険が及ぶと判断したら僕はお前を優先するよ。誰が死のうが何人死のうが、僕も含めてね」
「ちゃんと言いつけ守って待ってますから」

私情の優先が許される場面ではない。けれど、危険に晒されたミズキを置いて戦いに集中するのは自分には無理だと五条は半ば開き直っているのである。
五条はミズキのほっそりとして柔らかな身体を抱き締めた。失うわけにはいかない、他の何を犠牲にしても。

「悟さん」
「ん」
「私ちゃんと待ってますから、お夕飯までに帰ってきてくださいね」

五条は目をぱちくりとして、それから屈託なくからからと笑った。

「そうだね、可愛い奥さんの門限は守らなくちゃね」
「厳守ですからね」
「うん、うん」

五条の背中に回されたミズキの手が微かに震えている。
これは呪いである。妻を失うことを許容出来ない五条が、その他大勢の命を天秤に乗せてミズキの行動を縛る呪い。
五条は彼女の髪を撫でて背中を撫で下ろし、腰で手を留めた。ミズキの骨盤の器の中、温かな内側に、小さな小さな拍動を六眼が確かめる。

ミズキが五条の胸から顔を上げた。

「悟さん、もうひとつお願い聞いてください」





画面の中で五条の腕が飛んだ時にも、ミズキは口を固く引き結んだまま声は上げなかった。
彼女の後ろで乙骨が刀を手に立ち上がった。助太刀に入るという。それを鹿紫雲が止めた。にわかに空気が刺すような緊張感に満ちた。

「そこの女、五条の嫁さんだろ」

名指しされたミズキはやっと画面から顔を上げて鹿紫雲に目を向けた。

「嫁さんが静かにしてんのに外野が騒いでんじゃねぇ」

乙骨と、参戦を是としていた虎杖がぐっと押し黙った。
ミズキは五条が高専を出てからずっと固かった表情をやっと、ほんの少し緩めた。「鹿紫雲さん」と彼女が呼ぶと、鹿紫雲が乙骨から視線だけミズキに向けた。

「ありがとう、気にしてくださって」
「別にアンタを気に掛けたわけじゃねぇ。まぁ野暮な餓鬼どもより腹括ってるだけマシってもんだぜ」
「腹を括れてるわけではないですよ」

ミズキはすぐに画面に視線を戻した。

「私が静かにしていられるのは、残される心配がないからです」

硝子がパッと顔を上げて「ミズキ」と言った。硝子の足元には数多くの吸い殻が落ちている。

「もしもの時は私も連れていってくれる約束をもらいました」

眼差しは画面の五条にずっと注がれている。五条は片腕を飛ばされてもまだ、呪いの王と互角以上に戦っている。ミズキは固く握り込んだ手を胸に当ててわずかに笑んだ。

硝子はもどかしさに髪を乱暴に掻いて、数日前に五条から呼び出された時のことを思い返した。
五条が珍しく念入りに人を払って、硝子に切り出したのだ。

「ミズキのこと孕ませたから。何かあったら頼むよ」
「………本人の同意は?」
「取ってない。帰ったら土下座する」

衝動的に硝子は五条の胸倉を掴んでやろうとして、どうにかそれを抑え込んだ。

「僕が死んだら五条家は絶対にミズキを殺す。でも僕の子がいるとなれば、しかも六眼の僕が死んだ後に生まれる直系の子なら産ませて確かめたいはずだ」
「ミズキが泣かないと思ってるのか」
「泣くよ。それを慰めるのが僕じゃないのは死ぬほど腹立つけど、ミズキの命を担保する方が優先」

担保された命は幸せだろうか。それと、そのために植え付けられた命は。
硝子は五条の倫理観には賛同出来なかったけれど、彼の決断は彼の立場でしか測れない。この世の誰も肩代わりしてくれない役目を五条は負っている。
勿論這いずってでも生きて帰るつもりだと五条は付け加えた。当たり前だクソ間抜けと硝子は悪態を吐いた。

「ミズキのことは私が責任持つ」

だからお前は生きて戻れ。『もう誰もひとりにさせない』んだろう。
五条がニカッと悪ガキめいた笑い方をした。


鹿紫雲は声を上げて笑った。

「旦那と心中か、まぁそれもいい」
「実際はそんな健気なものじゃありません。自分がクソの役にも立たない事実を噛み締めてるだけです」

ミズキの上品な顔立ちに似つかわしくない物言いに、彼は更に笑った。

「気にすんな、この戦いにおいて役立たずなのはアンタもあの餓鬼どもも大差ねぇよ」

画面の中、五条は余裕の表情を崩さない。勝つ気でいる。何しろ、夕飯までに帰るとの約束もあるのだ。

「だからアンタ、旦那が戻る前に手のひらは治しとけ」

ミズキ自身も言われて気が付いたという様子だった。彼女の手のひらには爪の食い込んだ傷が4つ並んでいる。
硝子は煙草を踏み消してミズキに歩み寄り、手を握って治してやった。それからミズキと並んで画面の五条を見る。

五条、お前よりミズキの方が一枚上手じゃないか。生きて戻って、土下座して、一緒に子育てしやがれ。それ以外許すと思うな。




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