花の庭に悪意 B

「トークンを潰しても無限に復活しちゃう場合は親を叩くのがセオリーだけど」
「トークンのどれかが親なのか、親は別の場所に隠れているのか…トークン全て同時破壊が条件でないことを願いますね」
「同時破壊は無い…多分。親をずっと探してるんだけど、気配が薄くて広いっていうか…顕現させるのに何かトリガーになる動作があるっぽくてね」

結局、昨晩潰して回ったビデオカメラは周囲の備品も含めてすべて元通りになっていた。七海が寮のクローゼットを確認すると、昨晩の残骸は煙のように消え失せ、萎れた袋だけが残されていた。

「モモちゃんの話だと、3ヶ月前に亡くなった男性教諭の亡くなり方って明らかに自然死じゃないよね?」
「被呪者と考えるのが妥当でしょう。ただ疑問は残ります。ビデオカメラは半ば呪物化していますが、触れただけで死ぬほどの呪いを帯びていたわけじゃない」
「どれかひとつがアウトだったり?」
「それなら貴女が分かるでしょう」
「だよねぇ」

男性教諭は、学院の敷地内で倒れているのを校務員に発見された。皮膚が濁った緑色に変色しており、検死では死に至るような異常は見られなかったという。
変死の現場をミズキと七海は訪れてみたけれど、呪いの残穢も確認出来なかった。3ヶ月前の出来事であれば致し方ない。

「そんな不気味な変死事件があって、どうして3ヶ月も高専に情報が無かったのかなぁ」
「学院のイメージ、隠蔽体質、そんなところでしょう。土台クソだ」
「七海お姉様、お口が汚くってよ」
「失礼。ですが頬を抓ります」
「いたいよー」

昼休憩のカフェテリアは多くの生徒が行き来していたけれど、七海はあまり声を潜めなくなっていた。校内を見回せば成程バレーの強豪校とあって七海よりも上背のある女子生徒さえいるほどだったために、隠す労力は無駄との判断だった。
今回七海はミズキをテラスの端に座らせ、人の行き来する方向には自分が背を向けていた。
その背後から近寄る気配があって、彼はミズキの頬を摘んでいた手をぱっと離して振り向いた。モモだった。

「お姉様、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん。座って座って」

モモは一瞬七海の様子を窺うように視線を滑らせてからミズキ寄りの席に座り、トレイに乗せてきたパスタにフォークを差し入れた。

「ねぇモモちゃん、この学校には七不思議とか怪奇事件の噂なんてあったりしない?3ヶ月前に亡くなった先生の幽霊を見たとか…少し怖いけど知りたいの。知らないのがいちばん怖いんだもの」

七海は嘆息した。
彼は、例えばミズキの術式が探索に適したものでなくてもこの任務には彼女が適役…というよりもむしろ、他に候補がいないと思った。
冥冥、十中八九生徒の親達を金蔓にする。歌姫、昨日のアイスティーでキレる。硝子、アイスティー以下略、あと禁煙が無理。

モモはフォークを置いて、頭の中の本をめくるように虚空を見つめた。

「幽霊を見たと仰る方は聞いたことがありませんがーーー…」





下校時刻を過ぎ人影のない校舎の中を、ミズキと七海は歩いていた。
七海はまた終業と共に寮へ駆け込んでジャージに着替え、背中に鉈を仕込んでいる。
2人は人気のない空き教室の前に立った。

「それでは七海くん」
「はい」
「検証実験を始めましょう」

モモの証言によると、3ヶ月ほど前から数件、生徒が閉じ込められる事件が発生している。場所は空き教室や更衣室、音楽室などバラバラ。扉に鍵が掛かっているのではないのに開かない。閉じ込められる人数は決まって2人。助けを呼ぼうにも周囲に声は聞こえていない様子だった。窓を割ることは出来なかった。見えない『何か』に身体を触られたという生徒もいる。1時間ほどで突然出られるようになった。周囲に犯人らしき人影は無し。
呪いの発動条件として、検証する。

2人は教室に踏み入った。呪いが動く気配は無い。

「…静かだね」
「そうですね。まだ条件を満たしていないのか」
「待ってね、今探る…」

ミズキが術式に意識を集中して口元を引き結んだその時、扉がカラカラと音を立てた。瞬時に緊張が高まり七海は鉈の柄に手を掛けた。が、それはすぐに緩んだ。昼間と同様、モモが立っていた。

「お姉様、こちらで何をなさっているのですか?」
「ごめんね、モモちゃんから聞いた話がどうしても気になって確かめたくなっちゃったの。でも何も起こらなかった」
「そうですか…」

七海は僅かに眉を顰めた。この少女、悪意は感じないけれど何故こうも付き纏うのか。昼のカフェテリアはともかく、下校時刻を過ぎた空き教室に『通りすがり』は通じない。
モモは落ち着かなげに腹の前で両手を組んだ。「あの、」と言い出した彼女の声はまだ迷っている風だった。

「ミズキお姉様と七海お姉様は、その…リボンを交換してらっしゃるのですか?」

数秒間の沈黙。
ミズキと七海は顔を見合わせて、お互いが事情を掴めずにいることを確かめた。

「あ…ご存じないでしょうか?この学校では、想いの通じた相手とリボンを交換するのです」
「あ、そういうこと…」

ミズキは納得して息を抜いたけれども、七海の方は何とも落ち着かない気分を噛み締めた。女子校とはこういうものなのか?と戸惑うばかりである。

「交換していないよ」
「そっそれなら、ミズキお姉様!私と交換してくださいませんか?」

え、とミズキが戸惑いの声を発した直後に彼女と七海は臨戦態勢をとった。

「モモちゃんこっちへ!」
「え?」
「囲まれた!」

教室が丸ごと濁色の肉壁に囲まれて、呪霊の腹の中に取り込まれてしまったような景色である。扉や窓の隙間から接着剤のように肉が室内へはみ出ていて、成程これは開かないはずだと七海は舌打ちをした。
その時ミズキが「絵の裏!」と叫んだ。

「あのカメラが今本体になってる!」

七海の目が壁の絵画を捉え背中から鉈を抜いて一歩踏み出した瞬間、目の眩む閃光が教室の半分を薙ぎ払った。光が去ってみると、七海の足の数十cm先から向こう、床の続きや壁があったはずの場所は、巨大な怪物に齧り取られたよう消え失せていた。気付けば、頭上や背後を覆っていた肉壁も消えている。

「お疲れーミズキ無事?」

窓から、というよりも窓があったはずの大穴からふわりと浮遊して床に降りたのは、やはりというか五条だった。
彼はミズキを見、ミズキが庇って抱き締めているモモに気付き、指差して、「誰ソレ?」と言った。


「つまりリボンの交換を持ち掛けたのが起動のトリガーで、その瞬間現場最寄りのカメラが本体になったってとこか。閉じ込めて痴漢したり女同士が乳繰り合うの見たりって性癖歪んでんなその教師」

一通りの経緯を聞くと五条は鼻梁に皺を寄せ、舌を出して『オ゛ッエ゛ー』の顔をした。

「悟さん言い方…って、教師?亡くなった男性教諭ですか?」
「そ。性癖と執着が歪みすぎて呪霊化する自家中毒で死んだってとこじゃね」
「とにかく今は撤退しますよ。補助監督は呼びました」

七海が携帯を畳んで長い溜息を吐いた。彼の声の低さに戸惑うモモに気付いて、ミズキがモモの顔を正面から覗き込んだ。

「モモちゃん、怪我はない?」
「は、はい…」
「私と七海くんは呪霊…お化けを退治するために潜入してたから、もうこの学院を出ていってしまうの。私とリボンを交換したいと思ってくれたこと、ありがとうね。だけどもう、さよならしなくちゃ」

ミズキがモモの手を両手で包み微笑んで見せると、モモは目元を震わせて小さく頷いた。
それを見ていた五条がミズキの背後から近付き自らの胸に彼女を引き寄せて、艶やかな髪を一房指先で遊びながらモモに視線を向けた。

「モモ?だっけ、オマエ女の趣味は悪くねぇよ。でもミズキは俺のだから諦めてね」

1年生の女の子に対して大人気ない、と七海はまた溜息を吐いて、撤退だというのに動こうとしない面々を教室の出口へ追いやったのだった。




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