花の庭に悪意 A

※モブ名前固定です。


ミズキがシャワーに行っている間から初対面の女子生徒と2人で残された七海は困り果てていて、どうか早く戻ってきてくれと念じていた。
そうしてシャワールームから戻ったミズキは差し出されたドライヤーに礼を言って髪を乾かし始めた。
彼女の髪が乾くまでの間、七海は声を発するわけにもいかず気まずさを噛み締め、せめて脚が開かないように膝の内側に意識を集中して、引き続き沈黙をやり過ごした。
ミズキがドライヤーを置いた。

「モモちゃん色々ありがとう。転入したばかりで一着だけだから私服になるしかないと思ってたの」
「お役に立てて良かったです」

その女子生徒はモモと名乗り、七海は彼女について『この学院に入ってから初めてまともな人間を見た』とほんの少し安堵する思いだった。

「お昼休憩もう終わっちゃうね。モモちゃんも教室に戻ろ」
「…お姉様も、戻られるのですか?」

モモが少し気まずそうに、心配の目でミズキを見た。その心配は、モモ自身が経験してきたこの学院の『文化』からきている。

「戻るよ。モモちゃんが服を貸してくれたから風邪を引かずに済んだもの」

ミズキはにっこりと笑ってモモの手を握り、改めて服の礼を言った。その美しい笑顔に、数ヶ月前まで中学生だった少女の頬がかぁっと紅潮した。
その場で夕食を同席する約束を交わして、3人は寮を出たのだった。
モモの足音が遠ざかった後で、七海はぽつりと「女誑し」と言った。

「え、なに?」
「ナチュラルボーンは手に負えない」
「うん??」





夜になって静まり返った校舎に、ミズキと七海はそっと身体を滑り込ませた。月明かりだけを頼りに暗い廊下を行く。
昼の間にミズキが術式で目星を付けた箇所を目指した。

「下から行こっか。1階は5箇所」
「1階『は』、ですか」
「うん、この校舎だけで37箇所」
「…蠅頭ではないですよね?」
「動かないし、弱い呪物って感じ」

七海は鉈を構え、頭上にふらっと現れた蠅頭を両断した。
彼は今日最後の授業を終えた途端に寮へ走ってジャージに着替えて尊厳を取り戻し、今になってやっと自然体で歩ける自由を噛み締めていた。

「あのランプ」

ミズキが立ち止まり、窓辺に置かれたランプを指差した。滑らかな曲線が美しい乳白色のガラスランプが、月明かりに青白く光っていた。
七海はミズキの前に腕を伸ばして下がらせ、先程蠅頭を斬ったように一閃した。胴体部分に一筋の線が引かれ、七海がランプの首を持ち上げると美しい断面で上下に別れた。その断面を七海が覗き込む。

「…ビデオカメラ」
「…触れそう?」
「ええ」

ランプの胴に七海の手が入り、出てきた時には小ぶりなビデオカメラが握られていた。
小さな赤いライトが点灯している。

「これ、今も録画してる?」
「そのようですね」
「埃を被ってるくらいなのに、いつから…?バッテリーってそんなに保たないよね」
「半ば呪物化してるってとこでしょう。高専から回収の指示も受けてませんし、破壊します。気分が悪い」

七海はそのビデオカメラをぽいと空中に放り上げて鉈で破壊した。破片を粗方袋に集め、さて次を目指そうとしたところで、ミズキの携帯がポケットの中で鈍く振動した。静かな廊下には思いの外大きく響き、彼女は慌てて通話ボタンを押した。

「はっはい!」
『あー俺、そっち今どんな感じ?』

詐欺か、と七海の溜息。相手は勿論五条だった。

「夜の学校でこっそり呪物回収中です」
『へー獲物なに?数多い感じ?』
「小ちゃいビデオカメラですね。この校舎で37個ありそうです」
『…ヘェ』

五条の声が一段下がったことが、横で聞いている七海にも分かった。

『お前さ、やっぱその任務降りろよ』
「もう現場にいるんです。最後までやります」
『盗撮だろ。カメラがあるってことはソレ置いた奴が近くにいるってことじゃん。モノが呪物化するぐらい執着してる奴が。ミズキが撮られるのとかマジ無理』
「すぐ回収しなくちゃ明日からも女の子達が盗撮被害に遭います」
『俺は女の子達じゃなくお前の話をしてんの』

七海は深く長く溜息を吐いて、ミズキに頼み通話を代わった。惚気と痴話喧嘩の混ざった事態が長引く前に区切った方が得策との判断である。

「五条さん、今日1日この校舎で過ごした時点で既に撮られています。回収はこちらでやって貴方の恋人には触れさせません。とっとと全部破壊した方がいい」

七海が言い終えると少しの沈黙があり、ミズキに聞こえない音量で五条が何かを言ったようだった。七海はそれに「承知してますよ、では」と呆れ声で返して通話を切り、ミズキに返した。
その後ウォークラリーのように校舎の中を巡り、ミズキが最初に言った通り37個のビデオカメラを回収・破壊して重たいゴミ袋を担いで校舎を後にした。

翌朝、2人が校舎に足を踏み入れると、ミズキは七海の袖を引いて止めた。

「七海」
「どうしました」
「戻ってる」

七海がはっとしてミズキの視線の先を見ると、昨晩両断したはずのランプが傷ひとつない姿で朝の光に輝いていた。そして目を凝らして見ると、そのランプの腹の中には、呪物と思しき塊があるようだった。




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