花の庭に悪意 @

※付き合い始めた後、夏油離反以前


五条は夜蛾に掴み掛かった。何故ミズキなのかと。しかし彼女に任務を割り当てたのは1年の担任であって夜蛾ではないし、会議で聞いた限り妥当な人選だとも思っている。そのことを、五条の神経を逆撫でしないよう言葉を選びながら、夜蛾は話して聞かせた。それでも五条は納得しなかったけれど。

「何でミズキが他校に潜入なんてしなきゃなんないんですか?アイツ3級ですよ、戦闘向きでもないしリスクのがデカいでしょ」
「勿論単独任務ではない。七海が一緒に潜入する」
「大差ねーよ、つか潜入なら俺が行く」
「それは確実に無理だ」
「何で」
「潜入先が女子校だからだ」
「……………ちょい待ち、今の俺の空耳?」
「潜入先は女子校、都内有数のお嬢様校だ」

一拍置いて話を飲み込んだ五条はゲラゲラ笑った。後ろで聞いていた夏油と硝子も笑った。
婚約者の心配はどこにいった、と夜蛾は胸倉掴まれて乱れた襟元を撫で下ろしながらゲンナリした。

「先生、お言葉ですが」と夏油が笑ってしまう口元を押さえながら切り出した。

「七海も小柄な、っ、方ではないですし、気の毒、っふ、ではないですか…?」
「バレーの強豪校でもあるからな、上背のある生徒は元々多い。ギリギリ行けると判断した」
「ギリギリ…」
「ギリギリ?」
「いやアウトだろ」





「当該女学院では数年前から『無人のはずなのに視線を感じる』、『原因不明の体調不良が頻発する』等の証言が上がっている。3ヶ月前には40代の男性教諭が不可解な死を遂げた。窓の調査によると原因の呪いは目視出来ておらず、引き寄せられた低級呪霊が2体確認されたのみ…」

潜入先の女学院へ向かう車の中でミズキが資料を読み上げると、七海は軽く頷いた。

「校内に呪霊が発生していればもっと被害が拡大していてもおかしくないですから、ターゲットが呪物という可能性もある」
「そうだね、なるべく穏便に回収出来たらいいんだけど」
「ええ」
「うん…、うん」
「…何ですか」
「えっと、うん、あのね、よく似合うと思、」
「その先を言ったら自害します」

七海は助手席のシートを視線で貫いて遥か遠いところを睨んでいた。無心になることを決意したようである。
2人は可愛いと評判の制服に身を包んでいた。白いブラウスに水色の細リボン、スカートはライトグレーと水色のグレンチェック。支給されたその制服を最初に見た時、ミズキは素直に可愛いと思い、七海はカラーリングから特定の先輩を連想して文句を言いたいのをグッと堪えた。
『呪術師はクソだ』と将来彼の信条となる言葉を奥歯に噛み締めて、七海は任務に専念することを決めた。

その時ミズキに着信があり、彼女は運転の補助監督と七海に一言断ってから応答した。相手はつい今し方七海が制服から連想した先輩その人であるらしかった。

「はい、いま車の中です。分かってます、気を付けますから。悟さんもしばらく出張ですよね?怪我しないでくださいね。…?あ、制服ですか?もう着てます。可愛いですよ。リボンに名前まで入ってるの。えぇー…?うぅん、やってみますけど、期待しないでくださいね?はい、じゃぁまた」

通話を終えたミズキは携帯を折ることなく七海の方を向いた。

「七海くん、悟さんが制服の写真送ってって言ってるから写真撮っていい?」
「貴女正気ですか」

運転席の補助監督が吹き出した。





身分を偽る場合には綻びを見せないためなるべく嘘をつかないのが鉄則ということで、ミズキは本名、七海はファーストネームを七海として仮のクラスメイト達に自己紹介をした。
お互いの設定や情報開示していい範囲を念入りに打ち合わせてから学院に入ったものの、意外にも在校生達は突然の転入生にあまり興味を示さなかった。
性別を隠すためマスクを着けてほとんど声を発しない七海には、その無関心が有り難くもあった。

「なんだか意外、もう少し色々聞かれるかと思って身構えてたんだけど」
「この方が楽でいい」
「そうね。ただ聞き込みの糸口が掴めないなぁ」

何事もなく初日の昼休みを迎え、ミズキと七海はカフェテリアの一角でひっそりと話をしていた。
学院の生徒達はさすがお嬢様校とあって淑やかで上品な振る舞いをしているけれども、どことなく疎外的で新入りを値踏みする雰囲気があった。
明るい日差し、綺麗に張られたパラソル、飲食店のように美しく盛り付けられた食事、優雅な女子生徒達。それなのに、

「蠅頭が嫌に多い」

七海が悪臭に顔を顰めるようにして言った。
呑気に空中を漂っていた醜悪なそれを、彼は蜘蛛の巣でも払うように手で薙いだ。

「本当にね。ちょっと息が詰まっちゃいそう」

ミズキは七海の手を見上げて、蠅頭の体液から守らんとテーブルのサンドイッチを反対方向へ避難させた。カフェテリアのサンドイッチが美味しいということだけが、現状七海の救いである。

ミズキが皿を元の位置に戻した時、突然彼女の頭上に水が降った。

「わっ?!」
「あら、貴女どうなさったの?」

それは勿論雨などではなく、コップ一杯のアイスティーだった。前髪から水がしたたり、肩に乗った四角い氷が地面に落ちて欠けた。
ミズキの背後で空のコップを傾けて優雅に笑う女子生徒の顔に、七海は見覚えがあった。所属するクラスの中にあった顔である。彼が顔を険しくして椅子から腰を浮かそうとしたのを、ミズキが袖を掴んで止めた。

「七海」
「…」
「平気」

ミズキは椅子に座ったまま振り返って、女子生徒に微笑みかけた。

「お足元は濡れませんでしたか?せっかくのお飲み物が残念でしたね」

ミズキが上品に首を傾げて見せると女子生徒は目元をピクリとさせて無言で立ち去り、周囲でクスクスと笑っていた傍観者たちもそれぞれの食事に戻っていった。

「…すみません」
「いいよ、大丈夫。こういうのは怒ったら負けだもんね」

まったく非術師も呪術師も大差ない。蠅頭が多い理由が、2人には少し分かった気がした。
七海はミズキの手を引いて立たせた。

「とにかく一度寮へ。風邪を引く」
「あ、でもサンドイッチまだあるよ」
「馬鹿言ってないで行きますよ」

敷地内には丹念に手入れされた植物が揺れ、窓は磨き上げられ、廊下のタイルにはヒビも欠けも汚れもない。楽園のように美しく保たれたその場所は本来なら呪いとは無縁に見える。
しかし、髪から水滴を落としながら歩くミズキとすれ違った面々からクスクスと微かな笑いが起こる辺り、内面はクソだと七海はまた苛立った。

「まぁ!お姉様、どうなさったのですか?」

寮に程近くなったところで呼び止める声に振り向いてみると、可愛らしい1年生が心配そうな表情で立っていた。この学院では上級生のことを先輩とは言わずお姉様と呼ぶ。
ミズキがにっこりと笑って見せた。

「食事中にアイスティーを零してしまったの。お恥ずかしいわ」

その1年生は少しの間沈黙した後、周囲を見回してから寮へ足を進めた。

「こちらへ。着替えをお貸しします」




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