レプリカント

ボヤ騒ぎもといアラート誤報から数日、ありがたくないことに五条先生も同伴しての任務が入った。虎杖と釘崎も同行だった。
任務の内容自体は手に余るほどでも拍子抜けするほどでもなかったし、祓除後に先生が虎杖に軽くアドバイスをしていたり、釘崎を褒めたり、珍しく教師然としたことをやっていた。

任務が終わると先生は俺達に万札を何枚か握らせ、「みんなでお寿司でも食べて帰りなよ」といかにも軽薄に笑って手を振った。
新宿に夜が降りてきつつある。

「先生はどこ行くん?」
「僕はこれからオトモダチと会う用事があるのさ」

すぐに分かる。これはセフレに会うつもりだ。何度かそういう相手を見かけたことが(不本意ながら)ある。礼儀として隠せよと常々思っていたが、今回一応露骨な単語を出さなかったのは、恐らく釘崎への配慮だろう。

「じゃっ気を付けて帰るんだよ。寮に帰るまでが任務だからね」

「遠足かよ」と言ったのは釘崎だった。
五条先生がほどほどに遠ざかったところで、晩飯を何にするか考えていた俺と虎杖の腕を釘崎が引っ掴んだ。「何ボサッとしてんの、行くわよ!」、ハ?

「絶対アレ、恋人に会うつもりよ!どんな美女か拝む!」

かなり真剣に辞めておけと言いたかったものの、五条先生ですら避けた『セフレ』の3文字を口にするのも憚られ、腕を引かれるまま追いたくない背中を追う羽目になった。
残念ながら上背のある白い頭は目立ち、人混みでも見失うことがなかった。

案の定ホテル街の近くで先生は立ち止まり、スマホを見て誰かと待ち合わせる体制に入った。無料案内所の看板に隠れてそれを覗き見るなんて、さっきの万札を全て渡されてもやりたくなかった。
我慢我慢我慢とひたすら頭の中で唱えた。どうせなら早く来い、この場で釘崎が好奇心を満足させれば解放される。実際相手が恋人だろうがセフレだろうが、そんなことは問題じゃない。

「伏黒アンタ付き合い長いんでしょ、好みのタイプぐらい知らないわけ?」

無料案内所の看板から顔を引っ込めて振り向いた釘崎が俺を見た。知るか、心底。ただその返事が火に油なことは明らかで、嫌々記憶を漁ってそれらしい情報を引っ張り出してきた。

「…細いピンヒールとタイトスカートが好きとか言ってたな」
「いかにもって感じね」
「それらしい人ってお店のオネーサンしかいねぇな」

早く来いと念じること数分、女性がひとり走ってくるのが見えて、アレだと直感、何せ五条先生の遊び相手ときたらいつも系統が決まってーーー

「伏黒?どした?」

虎杖の声が遠く聞こえる。
先生の遊び相手は俺の知る限りいつも同じような背丈に体つき、顔の雰囲気、髪の長さと色、前髪の流し方、化粧、意外なほど清潔感のある服装。そういう女を選んでるのか指定して変えさせるのか知らないが、とにかく同じ。
それは先生の口から聞いた好みのタイプとはまるで一致しない。
そして、ミズキさんに、よく似ている。

駆けてきた女が五条先生と合流した。

「あ、あの人?聞いてたのと全然違うな」
「…もういいだろ、飯はお前ら2人で行け」
「伏黒は?」
「用事、先に戻る」

返事を待たずに来た道を戻った。無心で高専方面のバスに乗り後方の席に座ってシートに凭れた。
外はもう暗く、窓に映った自分の顔がクッキリ見えた。妙な味のする得体の知れないものを飲み込んでしまったような顔をしていた。

ミズキさんに初めて会った時、真希さんに紹介されたあの時、既視感のある人だと思った。その答えが今回明らかになったってことでいいんだろうが、今度は五条先生がそんなことをする理由が分からない。『代わり』に手をつけるまでもなく最短で本命を丸飲みにするぐらいわけないだろうに、あの人は。

混乱してる内に高専最寄りのバス停に着いていて、バスを降りると長階段を駆け上がった。そのまま寮とは逆方向、オレンジ色の灯火みたいな明かりの漏れるミズキさんの工房を目指した。
いざ扉の前まで来てしまうと俺はミズキさんに何を言うつもりなのか自分で分からなくなって、呼吸を整えがてらしばらく扉を叩けずに立っていた。
体感で数十分だが実際は恐らく数十秒後、俺は扉を叩いた。「はぁい」、扉越しにいつものミズキさんの声。

「もしかして伏黒くん?」

呼ばれた途端に、絡まって荒れていた頭がストンと落ち着いて、ただ単純に嬉しかった。
扉を開けるとミズキさんは今日も、花の匂いのするハンドクリームを手に馴染ませながら振り向いたところで、俺の顔を見て「やっぱり」と笑った。

「任務帰り?お疲れさまだったね」
「いえ…大したことない案件だったんで」
「言ってみたいなぁそれ、尊敬しちゃう」

失礼ながらそんな台詞を言うミズキさんは全く想像出来なかった。少し笑った。

「制服ってことは、伏黒くんご飯まだ?」
「はい」
「よかったら一緒に食べようか。職員寮にもね、食堂があるんだよ」

俺が頷くのを見るとミズキさんは窓を閉め、小さい鞄を持って明かりを消して工房を出、扉に鍵を掛けた。

夜の中に沈んだような高専の敷地内をミズキさんと歩くのは、新鮮な気分だった。
勢いだけで会いに来ちまって、何を言いたかったのか、そもそも何か言いたいことがあったのかどうかすら、分からない。考えてみれば五条先生がミズキさんに似た女ばかりをセフレに選んでいようが、俺にもミズキさんにも関係ない話だ。
五条先生からミズキさんに対する拗れた執着みたいなものが垣間見えるだけの話。

「そういえば学生寮の食堂は揚げ物とかボリューム重視のものが多いけど、職員寮はそのへんちょっと控えめなの。伏黒くんいっぱい食べる方?やっぱり学食いく?」
「いえ、職員寮の方行きたいです」
「職員用だからってキャビアとかフォアグラとか出ないからね?」
「思ってませんよ」

平和な話題に安心した。
俺はミズキさんと飯が食えるならどこでも何でも構わないし、インスタントラーメンを投げ渡されても文句は無い。学食で誰かに見られて弄り倒されるより職員食堂の方がありがたいってだけだ。
俺にとって目下の関心は、ミズキさんに好きな人がいるのか、これだけだ。自分を好いてもらえる余地があるのか気になるっていう、ただの青臭い片想い。

考えても無駄なことは考えるな。
ミズキさんが、ミズキさんに、ミズキさんと、ミズキさんの、ミズキさんを、俺にとって大切なのは今、それだけだ。


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