闇に蝋燭

任務が終わった後、補助監督の車を断ってひとりで用事を済ませて帰る…つもりだった。それを釘崎が「どこ行くのよ」と言い始め、そこで正直に言った俺も俺だが、虎杖も「じゃあ俺もスニーカー見に行く」と言い出し、『ひとりで』が叶わなくなった。

商業施設で降ろしてもらって一時解散・再集合すると、釘崎は俺の持つ小さい紙袋を見て品定め顔で目を細めた。任務の時には鞄を持たないから隠すことも出来ずに視線を受け流すしかなかった。
虎杖が悪気なく「伏黒は何買ったん?」と言いかけたのを釘崎が殴って止めたのだけは、少し有難かった。紙袋に印字された店名だけで、中身が甘いものだと釘崎には分かっただろう。もちろん俺が自分で食うつもりじゃないことも。

先日ソウマさんの護衛に付いた日のことを思い返してみると、昼を奢られ好きな本の話をし別れ際に菓子をもらって、これじゃただ普通に楽しく休日を過ごしただけだと後から気付いた。あと、完全に子ども扱いだ。
そりゃ成人した(年齢は聞いてないが)ソウマさんから見れば俺はガキに違いないが、過剰に与えられたままじゃ居心地が悪く、今回この紙袋の中身を調達した。俺の蔵書でソウマさんが読みたがってたものを添えて渡してイーブン、これが俺の結論だった。

高専に着くと釘崎に背中を叩かれて「頑張んなさいよ!」と親指を立てられ、軽くイラついた。言っとくけど誤解だからな…と言うには色々遡って説明することになるし面倒で、誤解は放置した。

一度部屋に戻って本を持って、日の落ちたばかりの高専の中、真希さんから紹介されたあの作業小屋を目指した。前方に見えてきた小屋の窓にはオレンジの明かりが灯っていて、宵闇の中で蝋燭みたいに暖かそうに見えた。
戸の前に立って2回叩くと、「はぁーい」と前回と同じ呑気な声。

「どうぞー、真希ちゃん?」
「…伏黒です」

戸を開けたのが俺と分かると、ソウマさんは目を丸くした後でにっこりと笑った。
前と同じ作業着で、手を擦り合わせる仕草からハンドクリームを塗っているところだったのが分かった。出掛けたあの日に玉犬から香ったのと同じ花の匂いがした。
俺が本と紙袋を差し出すと、ソウマさんは首を傾げた。

「読みたがってた本と…後はまぁ、礼です」
「持ってきてくれたの?ありがとう!でもお礼って…私何かしたっけ?」

俺が今回の意図を説明すると彼女は少し困ったように笑って「よかったのに、律儀な子」と言った。再びのガキ扱いに少しムカっ腹も立ったが、ひとまず飲んだ。食ってかかっちゃそれこそガキだ。

「ね、伏黒くん、ちょっとお願いがあるんだけど」

ソウマさんがワクワクと目を輝かせて俺を見た。
「玉犬ですか」と返せば何度も頷く。俺をガキ扱いする割には本人にも子どもっぽいところがある。
影絵を組んで玉犬を出すとソウマさんは大喜びで撫で回し、ついでに脱兎を出すと兎の大群に埋もれながらきゃらきゃらと楽しそうに笑った。

「あんた可愛いな」

俺が自分の言ったことを自覚したのはソウマさんが「えっ」と兎を抱いたまま固まってしまった後だった。
やべ、と思っても言ったもんは取り戻せない。となれば半分開き直って、「動物好きなんスか」と誤魔化した。

「う、うん、好きだよ。爬虫類と両生類はちょっと苦手だけど」
「じゃあ蛙は出すのやめときます」
「蛙もいるんだ?」

ソウマさんがふわっと笑った。
どうにか俺の発言を流してもらうことに成功して、その後少し話をしてから工房を出た。
寮に向かって歩く俺の背中をソウマさんが呼び止めるので振り向くと、オレンジ色の光の中で彼女は俺の渡した紙袋を胸に抱いていた。

「あの、これっありがとう!大事に食べるね」

こんな時気の利いた一言でも出てくりゃいいものを、俺の口は上手く動かず、ただ軽く会釈するのが精々だった。
何か言うことを探した挙句出てきたのは「お休みなさい」だけだったが、ソウマさんは律儀に「おやすみ」と返してくれたのだった。





それからというもの買い物に出る度、ショーケースに並ぶ菓子を見かける度、甘い匂いに気付く度、もう必要もないくせに俺はそれを買った。
最初の内は菓子を見て『ソウマさんが喜ぶだろうか』と頭を過ったのが理由、後になるにつれ菓子はただの口実になっていって、俺はただあのオレンジ色の光の中で甘い匂いのする彼女と過ごすのが好きなんだと自覚するのにあまり時間は掛からなかった。

毎度毎度釘崎の生暖かい目は少々鬱陶しいが、もう誤解とも言えなくなったのでやっぱり受け流すしかない。


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